隠密.3
眼下で繰り広げられる大混乱を見守る。
目の前にいるのは、チヴァヘナだ。
性格にはチヴァヘナに化けたアーリャだ。
先程までラビの姿で走り回り、兵達に贄が逃げたと知らせ、すぐ様チヴァヘナとなって、どういう特徴の贄が逃げたのかを伝えて回っている。
桃色の髪の贄。
チヴァヘナの宝物庫を覗いたことのある者なら知っているだろう。
最近加わった、人間の軍を全滅させたときにフォルテが持ち帰った戦利品である。一番損害を与えていた軍の強者の一人という理由か、それとも好みの顔だったのかは知らないが、やたらチヴァヘナがお気に入りだったのを知っている。
だからチヴァヘナが普段と違い、焦りを滲ませた表情で探し回っていたとしても疑問に思う者は誰一人としていなかった。
いや、チヴァヘナに対して疑問に思うこと事態、畏れ多い事なのだ。
故に、兵達は血眼になって探し回った。だが、残念なことに、もう桃色の髪をもつ青年などこの城の中には居ないのである。
遣いという言葉に驚く。それはライハから聞いたことのある言葉だった。
それがまさかこんな頭のおかしいアーリャもだとは。
「フォーやエイト、ナインとは違って、私はちゃんと魔術師ではなく魔法使いなので、マーキングさえしとけば移動もなんて事ないのです。使い捨てなのでもう一度マーキングしておいたので、また良い働きを所望しますよ。
ああ、そういえば一度死んだので魔力は枯渇状態なので、今使うとまた死ぬから使わないでくださいね。役に立ってからならいいですけど」
いちいち感情を逆撫でしてくる。
女性は大好きだが、アーリャはどうしても好きになれない。女性とは認識できない。鳥兜とかの毒草と認識している。
さらに今治見た目は俺。更にテンションが下がった。
「返事は?」
「はい……。ってか、アーリャさん。なんでその姿?」
「この城に張られた結界をなんとかするために。
この結界、入るのは容易くても出られないんですよ。内部の人間なら道具かなにか使って出ているっぽいんですけどね。ま、せっかくなんで、神から言われている仕事もあるので、城の内部を把握しながら引っ掻き回してきますよ。幸い、今城は手薄らしいので」
「?」
「知ってますか?事情を知るのは何もあなた方だけではないのです。上の人が今リューセから攻撃を仕掛けているんですよ」
意味深に笑むアーリャ。
「そうそう、髪の色、元に戻しておきましたから、貴方は裏から結界とか、あと仲間を見付けておいてください」
「仲間?」
こんな敵陣真っ只中に仲間?
「いえ、味方、ですかね?」
アーリャが何かをこちらに投げて寄越した。
それは魔力回復薬と、光彩魔法陣が掘られたペンダントだった。
「私が殺される前に、なんとかしてくださいね、結構此処にいると辛いので」
何とかっていってもな。
天井の隙間を匍匐前進をしながらラビは思う。
前方を僅かに照らす光彩魔法陣の光を受けて、前髪が見える。
懐かしい色だ。
最も最近じゃ、あの色もお気に入りになっていたんたが。
頃合いを見て戻しても良いと思った。
回復薬で魔力が少しだけ戻ったが、いつもと同じように戦うにはまだ足りない。せめて武器が欲しいが。
「!」
背中側に何かの気配を感じた。
ぬめりとした粘つく視線。ペンダントをそちらに向けて確認すると、そこには一匹の腕ほどもある大きなヤモリがこちらを見ていた。
ヤモリの目が赤紫に変色し、口を開いた。
攻撃かと身構えた瞬間。
『ケケケケケケ、ケケ、オマエ、人間カ?人間カ?悪魔ニ仇ナス人間ナラバ頼ミタイ事ガアル、ガアル』
突然話し出した。
酷いノイズが混ざった声だが、なんとか聞き取れた。
頼みたい事だと?
『安心シロ、我々ハ人間ノ味方ダ、ダ』
ヤモリはペロリと舌を出して、こちらを見ている。
『頼ム、主人ヲ助ケテクレ』




