絶望の淵で.5
レーニォの姿を見た瞬間、体が硬直した。
謝らなければ。
その言葉だけが頭一杯になり、咄嗟に手を着こうとした、その時。
──ドゴオオオオオン…ッッ!!!!
何故かレーニォは拳を壁に勢いよく叩き付け、盛大にヒビを入れた。
「…………くそっ、そんな憔悴してる姿見たら、怒るに怒れんやろーが!!!!!」
「!!?」
吃驚して顔をレーニォから逸らせずにいると、怒った顔のまま、何とか呼吸を落ち着かせようとしている。殴られたり蹴られたりすると思ったのに、肩透かしにあった気分だ。
どう声を掛けたら良いか分からずにいると、レーニォがズルズルと崩れ落ちていき、顔を手で覆った。
「わかっとるんや……、お前に怒ってもどうにもならんことくらい……。今お前を殴って殴って殴り殺したとしても、ラビは……帰ってこーへん………」
聞こえてきた声が震えている。
「…………レーニォさん…あの、すみま──」
「謝んな!!!」
「!!」
「謝らしてどうにかなるんやったら何千回頭を地面に叩き付けて謝らせたるわ!!けど……っ! …………ラビも男やった。兄としては、はよう軍人なんか辞めて平穏な生活を送って欲しかった…、だけど、それは俺の想いなだけであって、ラビの人生をどーこーできる訳やない。人の人生を決めてはアカン…、あいつは覚悟をもってお前に付いとった。いずれはこうなる覚悟もきっとあったと思う。臆病やし…。だから、…そんなラビを止めることすら出来んかった馬鹿兄が、お前を責め立てる権利はないんや……」
ズズッと鼻を啜る音。
そういえば、ラビも戦場が激化していくなかで、冗談混じりに明日死んだらどうするみたいな話をしたことがあった。オレは、できるならば死にたくないって答えたけど、ラビは、一応覚悟はしてるけど俺も死にたくないなって、もしかしてあの時から、いや、もっと前から覚悟をしていたのかもしれない。
レーニォが立ち上がってオレを見下ろした。
目元や鼻が赤くなっていた。
「けどな、ここで終わるわけにはいかんのや。ライハ、お前はこれからどないするんや」
「これから…」
「せや!こっからや!まさかここで終わるつもりなんか?」
「………」
頭になかった。
これからの事を考える余裕も無かった。
ただ亡くなった皆に懺悔して、……懺悔してその先どうするつもりだったのだろう。
死ぬつもりだった?償いとして…?
「『レーニォさん、諦めないでください』」
「!」
「この言葉、覚えとる?俺がラビを連れ去られた時、悲しすぎて死のうとか思ってた時にお前に掛けられた言葉や。意気消沈して死にそうになっとる人間に何ゆーとんのやコイツって本気で思ったわ。でも、動ける人が立ち止まってしまったら、それっきりって言葉でハッとした」
レーニォは自分の手を、足を見下ろした。
「あいつは今動けへんかもしれんが、俺には正常に動く手が、前に進める足があることに気付かされた。悲しみに暮れてここでグズグズしてても事態は好転せーへん。物事を動かすには、進まなってな。正直、お前があん時どんな意味を込めていったのかも分からんし、言わんくてエエけど、俺はあの言葉に救われて此処にいるんや!ええか、ライハ!!!お前よりも俺がいっちばん辛いねん!!!!分かるか!?この気持ち!!?」
バンバンとレーニォが自分の胸を叩く。
「お前も辛いだろうが!!俺も二重で辛いしムカつくんや!!!!誰にって!!?だいたいこうなった原因は、あのくっそムカつく悪魔どもやろうが!!!!そーだよ!!!原因あの野郎共だよ!!!あいつらのせいでこうなったんや!!!!」
再びラビが壁に向かって拳を叩き付けた。今度は逆の手だ。
一度目の攻撃で入ったヒビが広がる。
「……後悔させたる」
ボソッと聞こえた言葉に思わずゾワリと鳥肌がたった。
壁から拳を引き抜き、レーニォは息を吐いた。そして、先程とは違う覚悟を決めた顔でこちらを向いた。
「俺は悪魔どもに復讐をしに行く。そしてラビの体を取り戻す。奴等に死ぬほど後悔させたるわ。で、お前は?」
「…お、オレは……」
突然振られた質問に停止した頭では最適な答えが見付からずに口を開閉していると、ふんっとレーニォがオレの前にしゃがんだ。
「別にどう行動しようが、ライハ、俺はお前の人生に口出す気はさらっさら無いが、これだけは言っておく。
死んで償いになると思ったら大間違いや。
じゃあ、俺は悪魔の本拠地にハルバート突き立てる為に行ってくるわ」
じゃあな。手を振り、レーニォは一度だけ俺を見ると部屋を出ていった。




