ルツァ
湯屋から出ると、市の様子が来たときと少し変わっていた。
ピリピリと緊張した空気が充満し、道を歩いている人達の大半が剣を持ってある方向へと向かっている。
「何だろう」
「アウソ!ライハ!」
「!」
聞き覚えのある声に振り向くと、キリコがこちらへと走ってきていた。防具を身に纏い、腰と背中に得物らしきボウガンと剣を装備している。
「キリコさん、どうしたんさ?」
「ルツァが複数現れた!」
「ルツァが!?」
「ルツァ!?」
頭のなかにダンプカーサイズのルツァ・ラオラが現れ、折られた箇所が痛むような感覚を覚えた。
それが、複数。
「カリアさんは?」
「師匠は先に行ってる。いくつかのパーティと協力して一体は倒したんだけど、残ったルツァの中に姿を消したのが二体いるの。小さいけど動きが早いから、ギルドに警戒の鐘を鳴らしてたんだけど聞いてなかった?」
「……あー、湯屋にいて」
「……まぁ…別にいいわ、とにかく急いで宿に戻って。アウソは今日はこっちに来なくていいから」
「了解」
アウソの返事を聞くやキリコは走り出し、人混みの中に混じってしまった。
「走った方がいいですかね?」
「だな。急ごう」
◇◇◇
武装した人達の隙間を縫うようにして宿を目指して走り、見覚えのある曲がり角をアウソの後を追って曲がると抱えている猫の耳がしきりに動いているのに気が付いた。
「?」
宿が見え、後少しという所で猫が突然顔を上げ左側の林へ顔を向けると毛を逆立てて『フーーッ!!』と警戒の声を上げた。
猫につられて左側を向くと目の前が真っ黒だった。いや、真っ黒な体毛を持つ何かが林から飛び出し、視界を遮っている。
「え″!!」
いきなりの事で反応ができず一気に血の気が下がった。
攻撃される。
そう思い咄嗟に猫を庇った瞬間、アウソが黒い何かの前に飛び出し繰り出された攻撃を受け止めた。
「ぐっ…」
布に巻かれた棒のようなもので受け止めたのは鋭い鉤爪をもった人に似た巨大な手。視線を上に上げると黒い角をもつ大猿が牙を剥き出していた。
「おおぅ…」
体長は三メートちょっとくらいだが、アウソの体がジリジリ押されてきている様子から片手だけでも力が強いことが分かる。
「ライハ!早く宿に戻って救援呼んできてくれさ!俺一人じゃちょっとキツイ!」
「わ、分かった!」
猫を抱え直し急いで宿へと走る。
後ろから物凄い音が聞こえ始めたが振り返らずに走ることに専念した。
宿へ飛び込むと、避難してたのか作戦会議をしていたのかハンターらしき人達が集まっている所へ向かって叫ぶ。
「宿のすぐ目の前にルツァが現れました!!今一人が足止めしてくれていますが長くは持ちません!!お願いします!助けて下さい!!」
それを聞いた人達がざわめき、ハンターらしき人達から舌打ちと共に悪態のような言葉が漏れた。
「なんやと!?クソッ、救援隊送り出したばっかやぞ!」
「んなこと言っても仕方ねぇだろう。おい!今戦える奴はどれ程居るか!?負傷している奴でも多少戦えるなら参加しろ!!」
「戦えねぇ奴は上の階に避難しとき!念のためにいつでも救援の鐘打てるようにしといてくれや!」
男達が次々に武器を手に外へと飛び出し、戦えない女性や子供は不安そうな顔をしながらも冷静に上の階へと上がっていく。そのなかでも戦える女性は男達に混ざって武器を持って駆けていき、その内のボウガンや銃に似た武器を持つ女性は後方援護の為と二手に分かれ、一方はルツァの方、もう一方は上の階へと向かっていった。
その迅速な動きに呆気に取られる。
まるで訓練された兵隊のようだ。
「そうだ、オレも行かないと」
加勢をしに外へ出ようとして慌ててUターン。猫!猫どうしよう!
「……」
猫は安定のドニャ顔でこちらを向きため息をつく。まるで、お前どうすんだ?ん?と言っているような気がする。いや、幻聴が聞こえる。
おそらく此処に置いておいても何故か着いてくるような気がする。てか、着いてくるな。絶対。
「お前フードから落ちるなよ」
「ニャッ」
猫の返事を聞きフードへと入れると外へと駆け出す。
外は、ちょっと凄いことになっていた。
大角猿を武器を持った人達が取り囲みボコスカ殴っている。いや、アウソを中心にして、大角猿の背後の人が隙をついては攻撃し、攻撃し終えると即時撤退を繰り返していた。人達の動きが異様に慣れている。
魔物が出る頻度が高いのだろうか?
というか、地面にできているあのたくさんのクレーターは何だ?どんな怪力?
そう疑問に思うと、クレーターの謎はすぐに判明した。
「おい!来るぞ!!撤退!!」
取り囲んでいた一人がそう叫ぶなり人達が一斉に大角猿から逃げるように駆け出し、次の瞬間大角猿が両腕を振り上げ地面に叩き付けられる。
拳が地面に着いた瞬間地面が大爆発。何人か逃げ遅れた人達が巻き込まれて空を飛び、アウソさんは爆発をうまく回避して再び攻撃に移っていた。
こちらも攻撃に迷いなく慣れているのが分かるが、そんなアウソも爆発をいくつか喰らっているのか腕から血が出ている。
爆発って、なにそれ超怖い。
援護したいけど、どうしたらいいんだ。
「うーーーん…」
オレの出来る攻撃は精々身体強化と人間スタンガンくらいで、それすらもあのルツァ・ラオラの時のように水で濡れてないしどのくらい痺れさせれるのかも分からない。
アウソには悪いけどほんの少し離れて大角猿の動きを観察すると、厄介な攻撃は両拳爆発と片手ずつの爆発連打の2つ。
それ以外は力が強い事くらいで、人達は暴走すると逃げ、動きが遅くなると群がるように攻撃を開始しているらしい。
せめてあの大爆発の時に痺れさせて動きを止めれれば攻撃出来る機会が増えるかもしれない。
「物は試し」
一旦ちゃんと魔法が発動出来るか確認してから大角猿のタイミングをはかる。
「爆発来るぞぉ!!」
大角猿が咆哮上げながら両腕を振り上げ人達が逃げ出すのと同時に身体強化を施し思い切り地面を蹴った。
逃げる人との衝突を避けるため大きく跳び、すぐさま身体強化を解除。感電してしまうといけないからフードから猫を鷲掴みにすると遠くへ放り投げ雷魔法を発動した。
「うわっ!?」
上手いこと大角猿の頭へしがみついた瞬間、野太い悲鳴を上げながら大角猿が暴れまくる。
動きを封じるまではいかなかったが相当この雷が痛いらしく振り落とそうとしてくる。この高さから振り落とされてはかなわないと黒い角をがっちり掴み放電し続けているとキレた大角猿が両手を高く上げ、叩き潰そうと拳をオレ目掛けて降り下ろしてきた。
(やべえ潰される)
「ライハ!飛び降りろ!」
「!!」
拳が届く寸前、角を手放し声の方向へと飛び降りた。
地面には数名の人が腕を互いに掴みハンモックのようにしており、そこへと落ちる。次の瞬間物凄い爆発音と大角猿の悲鳴が聞こえた。
見れば大角猿の頭から煙が立ち上ぼり、角も片方根本から折れていた。特に酷かったのは先程までオレのいた場所。ゾッとしつつもあの猿は自分の頭を爆破したのかと思うと内心よっしゃとガッツポーズ。
口から煙を吐き出しつつ大角猿が地面へと崩れ落ちると同時に避難していた人達が猿へと襲い掛かり袋叩きにし始めた。
「兄ちゃんナイスガッツや!」
「後は俺等にまかせとき!」
腕ハンモックしてくれた人達が皆爆破されてボロボロであるが素晴らしい笑顔でグッジョブ。
つられてオレもグッジョブ。
そしてオレを地面へと下ろすと悶絶している大角猿へ武器片手に駆けていった。
うん、なんかもう色々すげえな。
「グニャアアアウ!!!」
「え?うわああ!!」
倒れた大角猿の向こうから黒い影が凄いスピードでこちらへと迫り、こちらへ向かって大跳躍。大角猿に負けないくらいに恐ろしい顔の猛獣が顔に貼り付いた。
途端頭に激痛が走る。
側頭に爪が食い込み、頭頂には牙が食い込む。
「あだだだだだだ!!!!」
引き剥がそうとする手を猫が尻尾で妨害してくる。
(なんで怒ってんだこいつ!?
あれか!?フードから落ちるなよとか言った奴が放り投げたからか!!)
「何やってんさ」
「いってええ!!」
バリッという音と共に猫が引き離される。その時に爪が食い込みながらスライドしたので別の激痛も発生。思わず座り込みつつ痛い箇所を手で押さえると薄く傷が出来てた。
(うわぁ、また傷が)
猫を見るとまだ怒っているのか尻尾が苛立ったように揺れている。
「すいません。しばらくそいつ持ってて下さい」
猫の怒りに恐怖を覚えつつ大角猿がボコ殴りされているのをみていると歓声が上がる。仕留めたらしい。
しかし、歓声が次第に困惑の声に変わり始める。
「どうしたんだろ?」
「さぁ?」
確かめるべく近付いていくとこちらに気付いた人が道を開けてくれた。そこで聞こえた声。
「こいつぁ、ルツァじゃねーぞ」
「ああ、角が黒いから騙されてしもーたが、煌班が無ぇな」
「なんだこいつ。新種か?」
「見た感じテレモト・モノやけど、角なんて無かったで?」
「分からん。誰かギルド長連れて来い」
大角猿をつつきながらあちこち調べる人達。ルツァじゃない、なんだこれと言いつつ一人が宿の方へと走っていき、残った人達が大角猿、テレモト・モノを解体し始めていた。
はてなを飛ばしつつ角を見ると確かに前見たルツァの角とは違う。真っ黒。しかも角がやたらボコボコして形が悪く、折れた方を見てみるとかすかにだが黒い靄が出ているように見えて気分が悪くなってきた。
「確かに、最初色違いの大角猿…マテラでいうテレモト・モノのルツァと思ってたからなぁ、まさか起爆猿とは思いもしねーし…」
オレのフードに猫を置きつつアウソが言う。途端猫が頭にかじりついてきたが、それよりもアウソの言葉が気になった。
「その、大角猿と起爆猿は何が違うんですか?」
「ん?ああ。両方猿種のマヌムンだけど、大角猿はこいつみたいに体がでかくて立派な角が生えてんさ。けどあいつらは怪力だけで、魔法は使えん。起爆猿は特定の部位を自発的に爆発させることが出来るけど、ここまででかくなくて角も生えてんばーよ。しかも尻尾が長いはずなんだけど…」
ちらりと見れば、尻尾が途中で千切れたのか短くなっていた。
「しくったさ。キリコさんにバカにされそう。練習棒も折れたし」
うり、と見せられた棒がど真ん中からボッキリ折れていた。
「真っ二つじゃないすか」
「正直ライハが動き止めてくれんかったらヤバかったさ。ありがとな」
さらっとお礼言われた。
「いえ、オレあれしか攻撃方法無いので役に立って良かったです」
ぶっちゃけ最後は自爆だったし。起爆猿なだけに。
「というか、手当てしなくて大丈夫なんですか?それ。めっちゃ血が出てますけど」
「あ、忘れてた」
未だに血が出ている腕を見てうわぁ、という顔をしたアウソから折れた棒を預かり一旦宿へと戻ることにした。その途中でギルド長が慌てて駆けつつ『まだ解体してはならん!!』と焦ったように叫んでいた。そういえばギルド長連れて来いとか言ってた割には流れるように解体作業に移ってたな。
宿にはあの医者も避難していたらしく、観て貰った。幸い怪我事態も大したことなく、解体していた人達も手当て目的に次々に戻ってくる。それぞれの手に剥ぎ取ったものを持って。思わずモ●ハンかと突っ込みを入れそうになるが、ホールデンで同じことをしたので何も言えない。
その後、逃げた二体の内の一体が討伐完了の報告が無いのでハラハラしながら宿でいつでも迎撃準備をしていたのだが、襲撃してくる気配は全くなくそのまま時間は過ぎ。
カリア達が戻ってきたのは日がとっぷりと暮れた後だった。