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悪夢.4

巨人の平手打ちって、きっとこんな感じだろう。もしくはトラックに跳ねられたらこんな感じかなと暢気に考えながら、全身の骨がバラバラに砕かれる程の衝撃で一瞬意識が飛びかけ、気が付いたときには視界がグルグルと回っていた。


「ネコ!!ネコ!!」


『ヘアッ?……意識飛んでた』


物理が効かないネコでさえ、軽く現実逃避するほどの衝撃だったらしい。

すぐさまネコが体制を立て直し、視界が安定する。

薄暗い、灰色の壁が時折白く、青く、赤く点滅する。風の精霊(フーシア)が笑いながら縦横無尽に飛び交い、雷の精霊(ラーディア)がオレの行く先を照らしている。

きっとシンゴには真っ暗闇のなかでビカビカと雷が走り回る光景が見えているのだろうが、オレにはこの竜巻の中は風の精霊(フーシア)雷の精霊(ラーディア)で満ちていて、蛍の飛び交う渦巻きの中にいるようだ。


『ライハいたよ!!』


「!!」


上空で揉みくちゃにされながら飛ばされているシンゴを見付けた。自力で体制を立て直そうとしているようだが、最早人では(あらが)う術がないほどに膨らんだ竜巻の中では、焼け石に水だった。

これが自然発生のものだったなら何とかなっただろう。

しかしこれは、風の精霊(フーシア)雷の精霊(ラーディア)が作り出した意思のある竜巻だ。立て直しかけてもすぐに風を変える。


もっとも、オレもその余波を受けているが、辛うじてネコのお陰で何とかなってる。


「ネコ無理すんな!」


『今しなくていつするの!?いいからはやく構えて!!』


男前や。


ネコの叱咤で黒剣を握り直し、風の力も利用してシンゴがどんどん近付いてくる。

すれ違えるのは一瞬だ。集中しろ。


ぐぐっと風のせいで剣がしなる。剣先が風の膜を裂いて、か細く音を放つ。その音にシンゴが気付いた。


だが、その時には既にオレとシンゴの距離はとても近く、シンゴの大剣では風の抵抗で防御もままならないだろう。だが、シンゴはオレを見て口元に笑みを浮かべた。


風を纏ったシンゴの大剣が風を切り裂き迫ってくる。


お互いにもう止まれない。


交差する剣が互いの獲物に食らい付いた。


「ぐっう……」


脇腹から噴き出す血が風に揉まれて飛んでいく。

致命傷にはならなかったものの、傷は深く、出血が激しい。


シンゴの姿が遠くなる。あちらも黒剣を食らった箇所から出血をしているのが分かった。


『大丈夫!?』


「大丈夫だ!すぐに治る!」


だが、いつまで経っても痛みが止まらない。それどころか治る気配がない。


何故だ?


「!!」


バラバラと目の前を土塊(つちくれ)が横切っていく。その欠片の一つが人の形をしていた。左側の形が大きく崩れ落ちていたが、それはコノンそっくりであった。

本物ではなかったのか。


『!!、落ちるよ!』


「うわ!!」


ネコが大きく高度を下げた。すると先程まで居たところに岩が3つ飛んできて弾き出された。来た方向にはシンゴの姿が。オレと同じく脇腹を押さえながらも、変形した大きな腕でコノンの残骸を掴み取り投げてきたらしい。


風に揉まれながらもシンゴはバランスを取り、岩を投げ付けてくる。それを両断し、岩を凍らせ蹴り返す。それをシンゴは殴り砕き、再び交差する瞬間を見極め、剣を構える。雷をシンゴはその剣でもって消滅させる。何の能力なのかは分からないが、気を付けなければならない。


出血は未だに止まらない。

シンゴの剣で傷つけられた所はオレの回復能力で治らないらしい。つまり、致命傷を食らえば終わる。


ネコも体制を立て直すだけで風の中を自由自在に飛び回れるわけではない。

次で決まるかもしれない。


『またいくよ!!』


ネコはオレの出血に気が付いてはいない。だが、オレは再び構えた。剣先にチリチリと雷が纏わりついている。

シンゴの顔がしっかり見えるようになった距離で、叩き付けるような悪魔の気配が強くなってきた。


「!?」


シンゴの瞳が赤く輝き、体の形状が変化していた。


腕の変形は肩にまで及び、耳が獣のモノになり、頬には鱗の模様。口から見える犬歯は大きく鋭く、肉食獣を連想させる。角こそ無いが、その姿はまさに悪魔のもの。


「悪役の癖に、悪役の癖に!悪役の癖に!!生意気にもこの僕に傷をつけるなんて許さない!!許さない!!許さない!!!殺す!!!ライハァァァ!!!!」


ギョロリと目玉がこちらを向き、牙を剥き出し大剣を振りかぶる。


その瞬間にもシンゴの変化は止まらない。


裂けた服の間から真黒の尾が伸び、毛の間から白い刺が伸びる。シンゴから吹き出る魔力が形状変化を起こし、風の刃となって襲って来る。風の精霊(フーシア)の風が押し負けている。


襲ってくる風の刃が、不思議と全て何処に来るのかが分かった。


見えるはずのないものが見えている。それは魔力の粒子が見えているわけでも風の帯が見えているわけでもない。もちろんシンゴの攻撃の際に薄く見えてはいるが、やつはその帯の流れを無視した動きを見せるために役に立ってなかった。なのに、今回は風の刃の来る方向が全て読めた。

ネコは飛ぶのに必死で何かをしている訳ではない。ならばエルファラか?いや、違う。

だが、それがわかるだけでもありがたい。


黒剣が風の刃に呼ばれているようにスルスルと動き、ぶつかり風が方向を変える。時折ぶつかり損ねた風の刃が作り出した真空の渦に吸われて傷付くが、最早オレの目はシンゴしか見ていなかった。


お互いの魔力がぶつかる。


風と雷の魔力が混ざり、そこに渦が生まれる。黒い、不穏な渦だ。だが、それが成長する前に風の精霊(フーシア)雷の精霊(ラーディア)の能力に掻き消される。ぶつかるまでの時間は数瞬だっただろう。とても長く引き伸ばされた時間が経過し、互いの刃が胸を狙い貫かんとした次の瞬間、オレとシンゴの間に黒い壁が割り込んだ。


『!!!?』

「は!??」


なんだこれ。


そう思う間もなく壁に衝突し弾き飛ばされた。


『痛ったああー!!!』


ネコが衝突の衝撃でバランスを崩して落下する。いつの間にか風の精霊(フーシア)の作り出していた竜巻が消え去っていた。


壁の上に立つ者がいる。

男だ。そいつが動かないシンゴを担ぎこちらを見下ろしていた。


目が合った瞬間、エルファラの意識が一気に浮上した。頭の中一杯に憎しみの感情が送り込まれる。


──アイツだ!!!ゲルダリウス!!!アイツが殺した!!!!


意識の中にいるエルファラがゲルダリウスと呼んだ男を指差した。


あいつが?


ゲルダリウスがニヤリと口許を歪め、笑った。人にしては可笑しな笑い方だ。だが、ゲルダリウスはそれができた。耳近くまで裂けた口が原因だ。


『…あなた、もしかしてエルファラ様ですか?』

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