マヌムン
「オーラ。調子はどうや?」
朝食を食べ終え部屋でゆったりしていると昨日の医者がやって来た。
すぐに姿勢を正して答える。
「はい、おかげさまで傷の痛みもそれほどありません。ありがとうございます」
「ほうか。じゃ、包帯変えるから脱いで」
医者が白衣の裾ををぱたぱた上下に揺らされたので、言われた通りに脱いだ。
邪魔にならないように腕を上げ、医者が慣れた手つきで包帯を取るのを眺めていると腰辺りにフワッとした感触がした。猫だ。
昨日のように邪魔はしないらしく大人しく座って医者を見ている。
ガーゼを剥がしたところで医者が驚いたような顔をした。
「どうしたんですか?」
「ワシも長いこと医者をやっていたが、ここまで治りが早いのは初めてや。見てみ」
「?」
示された傷跡に視線を下ろし、オレも医者と同じく驚いた。傷が小さくなっている。
傷の端のところは薄く色が変わっているが何処も生々しい肉は見えず、残っている傷にも薄くではあるが皮が張っていた。
「ザラメの薬すげー」
最早魔法の薬だ。
異世界の不思議物体に感動したのだが、医者に違うと否定された。
「いやいや、あれは単なる痛み止やさかい、新陳代謝を上げることはせん」
え、違うの?
「しかし、うん。この分だと明日にはもう動けるようになるな。湯浴びももう大丈夫やろ」
謎を残したまま医者は傷を消毒をして、処置は終了。
「ほな、また明日な」
そう言って医者は去っていった。
扉が閉まり足跡が遠ざかると試しに体を動かしてみる。
ゆっくり動かしてももう引きつったりもしない。ちょっと乱暴に体を捻ると少しだけ痛むくらいだ。
「日常生活くらいなら全然余裕だな」
動きを確認して顔を上げると、机の上に置いてあった瓶が消えていた。
不思議に思い視線をずらすと、床に落ちた瓶から転がり出たザラメを食べる猫の姿。
「!?」
慌てて駆け寄り猫を抱き上げてベッドへと放った。
「バッカ!!お前…これは薬!!お前のお菓子じゃねーの!!」
残ったザラメを拾い、瓶の中身を確認すると、既に半分消えていた。
猫を見る。
なんでもなかったかのように猫はベッドの上で毛ずくろいをしていた。
「…………薬、こんなに食べて大丈夫なのか?」
ちょっと心配で猫にそっと手を出すと邪魔をするなという風に尻尾で叩かれた。
イラッとした。
「もう知らん!」
机の上に置いておくと危険と分かったので引き出しの中に仕舞う。
これで勝手に食べられることは無いだろう。
「しかし、暇だなー」
窓から外を見てみると林が広がっていた。
それほど深くはないが、舗装された所はなく、自然そのままである。
何か面白いものは無いかと目を凝らすと遠くの方で黒く光る靄が見えた気がした。
といっても一瞬の事だったので、もう一度確認したときには靄は跡形もなく無くなっていた。
「んー?」
場所が変わったのかと探していると、後ろから扉の開く音が聞こえて振り返る。そこには猫にじゃれつかれているアウソがいた。
アウソが足元の猫を抱き上げこちらへとやって来る。
「お医者さんから聞いたぞ。もう湯浴び出来るんだってな!」
「ああ、もう大丈夫って言われました」
謎現象は起きていたけれど。
「近くに良いユヤがあるばーて、一緒に行かん?」
「ユヤ?」
「湯浴み出来るところ」
銭湯的な所だろうか。
思えば長らくお風呂に入っていなかったことを思い出した。
「行く!」
◇◇◇
軽く荷物を纏めて腰の鞄へ入れ、黒木刀擬きを持っていこうかしばし迷って、いつ何があるか分からないので念の為とベルトに差した。
「………」
問題は猫だが。
「……置いていくか」
銭湯に猫連れていってもと思って置いていくことにした。
留守番よろしくと皿に水を入れてから部屋を出る。しばらく扉の前で中の様子をうかがうと、しばらく扉付近でウロウロしていた気配がしていたが、その内諦めたのか扉の前から気配が消えた。
よし、行こう。
先程の食堂前でアウソと合流。
「お待たせしました」
「じゃあ行くか」
食堂を通り過ぎ、ギルド受付前を通ろうとしたところで、何やら人が溢れ返っていて通れない。
なんだ?
「マヌムンが出たらしいさ。だから、うり」
「ん?」
アウソが指差す方向に紺色の頭を発見。あのアホ毛はカリアだ。
さすがはジャイアントクォーツだ、女性なのにムキムキ率の高い人混みから頭1つ分飛び抜けている。
ちなみにジャイアントクォーツはジャイアント、巨人の血が4分の1入っている人種。巨人の血が2分の1入っているのはジャイアントハーフと呼ばれていて、背は巨人種程ではないが物凄く高く、寿命も長いんだとか。
「もしかしてキリコさんもあそこ?」
「せいかーい。あの二人は戦闘狂だからさ、おかげで今日はまったりできるばーよ」
やれやれといった風にアウソが肩を回す。
その背中に何やら布が巻かれた長い棒のような物があった。
「さ、見つかる前に移動するぞ。見付かったら連れていかれるからな」
見失うなよと言ってアウソは人混みが薄いところへと突入したので、それを追って慌てて突入した。