剣は奮えずとも
大陸北部、ウォーローとドルイプチェの県境に緊急時に使うことが出来る様にと建てられた町に、一人の男が新聞を睨み付けながら椅子に腰掛けていた。
今回の襲撃で避難を用いられた彼は、ギルドが配布する新聞を何度も何度も読み直しながら唸り声を上げていた。
そこに記載されているのは、悪魔との戦況が淡々と記されている。
『ルキオ戦線正体不明の巨大生物と戦闘で、戦闘員の死傷者半数以上』だの。『リオンスシャーレ南部戦線、大多数の死傷者を出したがらも勝利』だの。『悪魔の実、黒い種に注意』だの。『四国が悪魔側に寝返る』だの。『慣れない環境でか?体調不良者続出』だの。
なんともきな臭い見出しが並ぶ。
彼の名前はパウリノ。戦争が始まる前は修理屋をしていた。今は殆ど休業中である。
息子が戦争に行っていなきゃこんな新聞を読む気にもなれないが、少しでも息子がどうなっているかを知るためには読んでおくのが一番だ。心の平穏の為でもある。
もっとも、まだ息子が死んだという通知が来ていないから生きてはいるのだろうが、死傷者多発という文字を見て、パウリノは内心ヒヤヒヤしていた。
何故息子は自ら志願して軍に入ったのか。
喧嘩が強いわけでもなく、魔法の才能があったわけでもないのに。次は息子かもしれないと思うと気が気でない。
「はぁーー……」
そして今日も新聞を握り締めながら盛大に溜め息を吐いた。
「元気じゃなさそうだな」
「!」
突然声を掛けられ、客かと思って慌てて顔をあげて声を掛けてきた人物を見て驚いた。
「ルーイ、お前生きてたのか」
「おいおい失礼だな」
ルーイと呼ばれた男が近くにあった木箱を引き寄せて腰掛けた。ウォルタリカ最南端にある、ウォルタリカの癖して雪と縁がないレフ街の友人だ。大工をしていたが、ここ最近めっきり姿を見なくなって、おまけにレフ街に瓦礫が落ちたのを見て死んだと思っていた。
「家も無事だったよ。もっともレフ街は今は空っぽだけどな 」
「そうか、良かった生きてて。でも何処行ってたんだ?探しても見付かんなかったら、別の町にいるのか?」
「いや、実は……エルトゥフの森にいてな」
てっきり冗談を言っているのかと思った。エルトゥフの森と言えば、精霊と会話できるエルトゥフ達が守る森で、人でさえ立ち入ることが難しいと言われている。
「冗談だろ、笑えない」
「冗談じゃないさ。じゃあもっと冗談みたいな事を教えてやろうか?俺の息子がエルトゥフの娘と結婚した」
「………………え、本当?」
ここまで信じられない事を言われれば、逆に本当なのかと思えてくる。そう思ったのは、ルーイが冗談を言うときとは全くちがう顔をしていたからだ。
「だから無事だったんだがな」
「わかった。それは信じよう」
人生信じられない事は起こるものだと、誰かが言ってた気がする。現に、悪魔が宣戦布告してきた所からパウリノには信じられない事ばかりであった。
「で、エルトゥフの森で何をしてたんだ?」
その質問を待ってましたとばかりにルーイは顔一杯に笑みを浮かべ、懐から黒い欠片を取り出した。
「なんだそれ」
「エルトゥフの森に現れた悪魔の脱け殻だ」
「……突っ込むと脱線しそうだから敢えて突っ込まないでやる。それがなんだ?」
「こいつは面白い性質を持っていてな、熱を浴びせると強くなるんだ」
だからなんだという言葉は飲み込んだ。
「石に詳しい奴に訊いても、そんな性質のある石は知らないと言われた。それで俺はこれにエルトゥフニウムと名付け、とある組織に加入しようと思っている」
「組織?」
「対悪魔用の武器を作る組織だ。最近立ち上がり、協力者を募っている。何でもドルイプチェ、パルジューナ、ギリス、ノーブル、コーワから次々に技術者が集まっているらしい。剣を奮えなくても、戦うことは出来るってさ」
パウリノの心臓が高鳴った。
確かに剣をふるえないから、ただ新聞を読んでハラハラをするしか出来ないこの現状が嫌だった。息子が頑張っているのに、俺は後ろで見ていることしか出来ない。
だが、剣をふるえぬならば、それ以外を奮って戦おうとしているもの達がいる。方法は違えど、共に戦うことが出来る。
パウリノの心境を察してか、ルーイが立ち上がり手を差しのべた。
「お前の手の器用さと知識は絶対に役に立つ。俺と一緒に組織に行こうぜ、パウリノ」
「ああ!悪魔のやつらに一泡吹かせてやる」
手をしっかり握り、パウリノは立ち上がった。
その数日後、対悪魔用の武器を開発する組織は、国境を超えて巨大化し、『防衛軍』『連合軍』に並ぶ第三の組織として名を轟かせることとなった。




