鷲ノ爪
新しくなった鞄に無事だったものを全て突っ込み、真っ黒な棒を木剣代わりにと腰に差していざ出発。猫はもちろん連れてきた。残しておくのもなんか怖いし。
カリアに連れられ辿り着いたのは食堂。
「…広い」
今まで見た中で一番広い。
宴会とか普通にできそうな位に広く、ウズルマのギルドよりも広いんじゃなかろうか。そして人も多い、見たかんじ村人率が多いけど。
「そー?」
「ここらじゃこれが普通よ」
そう言って近くの空いている席にカリアとキリコが座ったのでオレも座る。因みにアウソは何処かへ行ってしまった。
「あの、アウソさんは何処へ?」
「あいつは店員呼びに行ったよ。その間ちょっとお話ししようか」
お話し。何でもない言葉なはずなのに、何故だろう、いい笑顔のカリアが言うと怖い意味に聞こえる。思わず喉を鳴らすと、キリコが大丈夫と声を掛けてきた。
「ちょっと確認するだけ。で、えーと、ライハは召喚されたんだったっけ。ちなみに何処の国か覚えてる?」
「ホールデンですけど。ホールデン…皇教国?とか、なんとか」
「ホールデンね。呼ばれたのは一人だけ?」
「いえ、オレの他に四人いました」
「四人。出身は一緒?」
「バラバラですね…」
と、言ったところでシンゴの出身を知らないことを気付いて「……多分」と付け加える。
「勇者になることによって何か特別な事とかあった?なんか、凄く力が湧くとか」
「スティータ神からの祝福があるそうです。具体的には身体能力が上がったりとか、強力な魔法が使えたりとか…」
カリアが何故か頭にはてなを浮かべた。
「…?、なんか変な言い方するね。人から聞いたかのような」
「ああ、オレ呪われた装備着けていて祝福の恩恵を一切受けれなかったんですよ」
「へー、そう。……………呪われた装備?」
一度スルーしかけてキリコが聞き直す。
「このピアスです」
耳を指差しカリアとキリコが見る。その瞬間キリコがうわぁと言いたげな顔をした。
「なにこれめんどくさそう」
「あ、分かります」
「何となくね」
キリコが目もとを揉みながら答える。見た瞬間分かった人はウロ以来だ。
「何の呪い?」
「反転の呪い」
「うわまた掛かりたくない呪いの上位じゃないか」
「そんなに呪いの種類ってあるんだ…」
そしてそんなにも嫌われてんのか、この反転の呪い。いや、確かに回復魔法効かないのは辛いよね。
「あるのよ、てか、それで召喚勇者やっていけてたのに驚くよ。今までの話し聞くかぎり結構苛酷って聞いたよ」
「いや、実は解呪で忙しくて殆ど勇者活動してないんですよ」
「そうなの?」
「なんだ、一人でいる召喚勇者なんかレア中のレアだから参考になると思ったんだけど」
明らかに落胆し始めたカリア。
なんかごめんなさい。
「そうだよねー、大抵ソロの召喚勇者って、乗っ取られてるか死んでるかだし」
ため息を吐きながらキリコがとんでもく物騒な言葉を呟いた。乗っ取られてるか死んでるかって、なに。
「お待たせ!いやー、混んでて参ったよ」
人を掻き分けてアウソが戻ってくるとオレの隣に腰をおろし、カリアとキリコの落胆している様子を珍しそうに見ていた。
しばらくして店員であろう人がやって来る。15歳くらいの少女だ。
「お待たせしましたぁ!!飲み物はお決まりですか?」
机に薄い本を起き、メニューを訊ねてくる。カリアが本をペラペラ捲ると何かを注文し少女が手元のメモ帳に注文を書き込むと去っていった。
出てきたのは苦いが香りの良いお茶と軽い天ぷらみたいなもの。その時にカリアが追加で更に頼めばあっという間に五品ほど出てきた。
「さ!食べるか!」
カリアの一言で食事が始まる。
頂きますと言ってから箸を手に取った。
そう言えば箸を使うのは凄く久しぶりな気がする。ホールデンではパン主流だからフォークとかスプーンだったしな。
もちろんスプーンはあるけど、箸を思わず取ってしまったのは日本人の癖だろうか。
まず海老やトマトの炊き込みご飯を食べてみる。めっちゃうまい、米最高。
続いてジャガイモにマヨネーズに似たソースを絡めてあるサラダにピリ辛に煮込んだ鶏肉、色んな野菜と魚の身が入った汁を無我夢中で食べた。
美味い、美味すぎる。
あまりにも美味すぎたので泣けてきた。
「ちょっ!!え!?何で泣いてんの!?」
「いや、なんかもう美味すぎて…。久し振りですわ、こんなの。どれだけ寝てたのか知らないけど…」
なんか、乾ききって砂漠と化した心に雨が降ってきたように満たされている。
そうか、此所が天国か。
「軽く一週間くらいじゃなかった?」
「そんなだっけ?」
幸せすぎて昇天仕掛けている横でキリコとカリアがそんなことを言っていた。一週間寝てたのか、そうなのか。
「まぁ、食欲があるのは良いことさ。うり、どんどん食べろよ。カリアさんの奢りだから」
そしてアウソはオレのところへ食べ物を寄せてくる。ありがとうございます。
その時、膝に乗せていた猫が起き上がり大きく伸びをするとこちらを見上げてニャーと鳴いた。そうだ、忘れていた。
猫は新品の服に爪を立てて早くくれと催促してくる。
「ちょっと待て、今やるから」
箸を置き、猫が食べれそうなものを小皿に乗せて床に置こうとすると、それよりも早く机に飛び乗り腕をがっしりホールド。
「………おい」
腕が動かせない。
猫ってこんなに力強いの?
「なんだお前、机に置けってか」
猫の癖に生意気だと拘束を解いて下に置こうとするが、猫は段々爪を食い込ませていた。物凄く痛い。
仕方なく机に置くと猫は皿に飛び付きがっつき始める。
ウマウマ言いながら食べている。
猫って喋るのな。
「おお!良かった食べた!」
猫が美味そうに食べているのをほほ杖つきながら眺めていると隣でアウソが椅子から半立ち状態で喜び始めた。
何が?という視線を向ければアウソが猫を指差す。
「こいつずっと水しか飲まなかったんだよ。いやー、良かったさ」
「へぇ、そうなの」
道理で、がっつき方が尋常じゃないわけだ。
再び猫に視線を移すと皿は既に空となっていた。食べ終わるの早いわ。
空になった皿を嗅いで何もないことを確かめると猫は舌舐めずりをしてこちらに来た。
「満足したか?」
話し掛けると猫は無言でそっぽを向く。何で来たんだよお前。
「ん?」
いや違う、何か見ている。
猫の視線を辿ると、更に鶏肉が盛られていた。
「なるほど食い足りないってか」
甘辛いソースかけられているけど大丈夫かなと心配しつつ、ひときれ摘まんで猫に持ってくると、ソースを先に舐め取り肉にがぶり。
やたら引っ張るので皿に入れると、これもウマウマ言いながら食べ始めた。
こうして見ると猫可愛いけどライオンとかと近いのがよくわかる。目が完全肉食獣だ。
「おおー、こいつが例の奴か?」
猫が半分ほど肉を平らげた辺りで野太い声が聞こえて顔をあげると、カリアの後ろにゴツい男性が三人ほどがいつの間にか居た。
カリアが箸を下ろし相手を確認するやため息を漏らした。
「あんたらか。だったら何だって言うんだい?」
カリアの声がとても冷たく聞こえたのは気のせいだろうか。
「こいつはもう私の“預り”だよ。手ぇ出したら………分かってるね」
そんなカリアに肩を竦めつつやれやれといったようにリーダーらしき男性が答えた。
「分かっとる。分かっとるってアオーニ、ワシ等はちょっと見に来ただけや。そないな怖い顔せんといてや。なあ?」
「どうだかね、前もそんな事言って横取り仕掛けたのは覚えてるからね」
「堪忍してや、あれは間違ったんやって」
カリアの睨みにリーダー以外の男どもは焦ったようにしているが、リーダーは睨まれているくせにどこか楽しげだ。何だろう、商売敵とかなんだろうか。
そんな事を思っているとアウソが近付いてきた。
「無視しとけ、無視」
「……はい」
良くわからんが関わっても良くない感じみたいだ。
「ま、手に負えんようならいつでも引き取るさかい、仲良くしよーや。もちろんアスレィもな」
「断る。さっさと行くよ」
あっちに行けとカリアが手を振り、キリコが『ヴェテ・アラ・ア・チンガーダ !』と吐き捨てるような言いながら男達に向けて右手の中指を下向きに立てたものを勢い良く地面へと振り下ろした。
それを見てリーダーが笑いながらおお怖い怖いと腕を擦る動作をし、またな、と言うと他の男達を連れ去っていった。
「……」
一体何だったんだ?
◇◇◇
食事を終えて部屋へと戻る途中、さっきのは何だったのかと訊ねたらとんでもない答えが返ってきた。
「あれは“鷲の爪”といって、いわゆる人売りよ」
「人売り!?」
なんでそんな人達が来たの。
「じゃあ、さっきの見に来たとか何とかってのは…」
「品定めね。あんたみたいなのは珍しいから」
キリコが不機嫌そうに言う。
「珍しいって…、オレなんも珍しくも無いですよ。こんなの何処にでも居るでしょう」
「似てるのはいるかもだけどあんたのはそうそう無いわよ」
「だな、強いて言えば昼間の医者が言ってたグランガト・ラーサとか、あと何かいたか?」
アウソが腕を組んで考えているとカリアがちらりとこちらを見た。
「目の色だけならコーワ人に似てるね」
「コーワ?」
「遥か東にある国の名前。大きな島で、神秘的な所だってさ」
「へぇ」
頭のなかにファンタジー的な島が再生される。あれ?そういえばなんかコーワって聞き覚えあるな。何処でだっけ?
フードの中で丸くなっている猫が尻尾を首に巻き付けようとするのを阻止しながら思い出そうとするが、喉元まで出かけているのに出てこない。
何処でだっけ?
「じゃあ、アタシ等はこっちだから」
「よく寝るよ」
途中キリコとカリアが部屋の階が違うということで別れ、アウソと二人で歩く。
途中、物凄い睡魔に襲われふらついては壁にぶつかり掛けたのをアウソが引き戻してくれなかったら今ごろ頭にたん瘤がたくさんできていたかもしれない。
「じゃあ俺こっちだから、何かあったらいつでも呼んでくれさ」
「ありがとうございます。じゃあお休みなさい」
「おう、おやすみー」
隣の部屋の扉が締まるのを見送ってから部屋へと戻る。
ベッドに倒れ込もうとしたとき、机の上の瓶が目に入る。
「そうだ薬飲まなくちゃ」
ザラメを掌に出して飲もうとすると、突然手を何かに叩かれザラメがすっ飛んだ。
「……?」
視線を上げると目の前を猫がニャー言いながら横切る。この野郎。
「あ」
しかも床に散らばったザラメを食べてしまう。
「あーあ、オレ しーらね」
あまりの眠さに怒るのもめんどくさく思い、猫を無視して再び取り出したザラメを口に入れると、残っていた水で飲み込んだ。
服を着替え、ベッドに潜り込みさあ寝るぞと目をつぶる。
(…なんかモゾモゾするな)
薄く目を開けると猫が胸元で丸くなって寝息を立てている。まったく、猫ってのは。
再び目を瞑れば意識は泥沼に沈むかのように消えていった。