戦場へ.8
鹿と目が合う。
違和感がある。だが、何が違和感なのか分からない。
鹿の口がモゴモゴと動き、飲み込んだ。次の瞬間。
「…………え?」
鹿の毛がざわつく。腱が切れ骨がずれ肉が膨張し、角が色をどす黒く変え、体の構造が入れ替わり別のものへと変質する。
「…おいおいおいおい、嘘だろ」
モノジカがルツァへと変質した。
──ヴォオオオオオオオ!!!!
咆哮したルツァがオレ目掛けて角を振りかざし襲ってきた。
「!!!?」
咄嗟に横に転がり回避する。ルツァの角がオレの近くにあった木に深く突き刺さる。角が刃物のように鋭くなっており、目が蜘蛛の様になっていた。
なんでだ!?なんで普通のモノジカがルツァに変質したのか!?そもそもモノジカは魔物ではない、ただの動物なのに、ルツァになるなんて本来あり得ない事なのだ!
『ヴヴヴゥ。グアア!!!』
ルツァが角を振り上げれば、木が呆気なく地面から引っこ抜かれて宙を舞う。モノジカであれば考えられない力だ。
咄嗟にこのルツァに似ている魔物を思い出そうとするが、その前にルツァが猛攻を仕掛けてくるので思い出せない。それよりも前にただの動物がルツァになった事実に驚きすぎてそれどころではない。
「おっと!」
ルツァが小屋に突っ込み穴を開けた。
それは先ほどネコが入っていった壁であった。ネコは大丈夫か?巻き込まれていないだろうな?
左目には柵だらけの部屋が映っているから無事らしい。
ネコは無事だ。
安心すると、一旦視覚共有を切り、目の前のルツァに集中することにした。
もうもうと立ち上る砂煙からルツァが立ち上がり、こちらを向く。だが、またしてもルツァの外見が変わっていた。黒々とした角が細かく枝分かれして、その先から赤い花を咲かせる。頭から背中にかけて紫色の豹紋模様が走り、蹄が四つに割れる。
『グルルルルルルルル……』
「……ヒョウモンジカ」
のルツァ。ヒョウモンジカだけでも危険ランクBの猛獣なのに、そのルツァともなればどれだけなのか。
いや、それよりも前に、変異した。
角が伸び、四方八方から突き刺そうと襲ってくる。すぐさま黒剣で倒そうと思えば倒せたが、目の前で起こったこの意味不明な出来事を解明しようと様子を見るためにあえて逃げ回った。
頭を一振りする度に木が、小屋の壁が細かく切り刻まれ、その欠片が頭から降り注ぐ。
なんで変異したんだ?
そもそも動物がルツァになるなんて有り得るのか?
『ーーーーーーーー』
グルグルと考えていれば、明後日の方向から光の弾が飛んできて肩を貫いた。
焼かれる痛み、飛び散る血を見て初めて悪魔達が小屋の方からこちらに向かって銃を構えているのに気が付いた。
『撃て撃てぇ!!』
悪魔達からの一斉射撃。飛んでくる大量の弾を避けきれずにいくつか被弾したが、すぐさま防御魔方陣を展開し、跳弾を使って悪魔を倒していく。被弾した腕や太ももが痛い。
切られたり裂かれたりのはすぐさま治せるが、何故だか被弾した傷が治らない。何でだ?弾が体内に残っているからか?
『効いてるぞ!もっと撃て!覚醒体には当てるなよ!!』
「ちっ!」
降ってくるルツァの角を避けつつ、飛んできた弾を弾き返しているが、ギリギリだ。こんなことならルツァをさっさと倒せば良かった。
止まれば弾に当たる。だからといって止まらなくても弾は飛んでくる。
もう少しルツァを観察していたかったがやむを得ない。
足元に魔力を集め地面ごと凍らしてやろうとした瞬間、小屋から出てきた悪魔が持ってきた機械を見て血の気が引いた。それはあちらにいた頃に漫画なんかで目にしたとあるものにそっくりで。
『喰らえ!!』
ごつい体躯から伸びる銃口が火を噴いた。
「機関銃!?」
なんでそんなものが此処に!?
タララララと軽い音を立てて幾千の光の弾が追ってきた。
近くの木に隠れれば、その裏側に弾が着弾し木の幹を削っていく。だが、すぐさまそこにルツァの角が迫ってくる。跳ね返せる魔方陣は一回跳ね返せば破れるから、角を避けて木から出れば蜂の巣だ、ならばとる選択は一つ。
掌を角が貫通する。痛すぎて何故か肩まで痛いが、それで角の速度が落ちた。その瞬間掌から電撃を飛ばした。雷はルツァの角を伝って本体に達し、悲鳴を上げる間もなくビクビクと痙攣すると倒れた。
『なんだ!?ぐわあっ!!』
『ぎゃあああ!!』
「!」
悪魔の悲鳴が聞こえる。いつの間にか機関銃の音は止んでいて、静かに様子を見るために木から伺い見れば、黒い帯が鞭のようにしなりながら悪魔の首を飛ばしていた。
『ライハー!大丈夫?』
「……ネコ」
ホッと息をついた。
『もぉー、返事してよぉ!!』
「ごめん、ちょっと忙しくて」
『だろーね。て、どうしたの?血だらけじゃん』
未だに着弾した所からだくだくと血が流れ出ていた。
「……わかんないけど治らない。スッゲー痛いんだけど、もしかしたら弾が入っているから治らないのかもしれない。悪いけど取ってくれる?」
『えぇー……』
心底嫌そうな顔をしながらも、ネコは尻尾の先を使って傷口に入れ弾を取ってくれた。
弾を取るときも激痛で、出てきた弾を見て思わず「うわぁ」と言ってしまった。オレの知っている弾とは違う。体に入っていた弾の形はまるで毬栗で、明らかに傷が治りにくいよう形状をしていた。
さすがは悪魔だ。えげつない。
『これでさーいご』
「いってぇ」
ズボッと音を立てて最後の弾が抜ける。
計11個。どうやら機関銃の弾も知らずに当たっていたらしい。弾が抜ければ体が勝手に治癒を始めた。
「さて、このルツァをどうしようか」
是非とも持って帰りたいところだが。
『ねぇねぇ、ライハ。部屋のなかに家畜みたいな動物がたくさん居たんだよ。牛とか豚とか犬猫』
「犬猫は家畜じゃないだろ」
『だよねぇ?』
オレと一緒にネコが首を傾けた。
「で、それがどうしたんだ?」
『さっき拾った種があったじゃん。黒いの』
「うん」
『それを粉にしてあげてたの。入った部屋は種が入った袋山積みにしてたよ』
「ほう……」
あの種は悪魔の物だったのか。
それにしてもそれを餌にしているのか。だとしたらなんであんなところにも種があったんだ?
疑問は残る。
「オレんところは、普通のモノジカが突然ルツァになった」
『ハァ?』
ネコの何言ってんだの顔とガチの『ハァ?』が傷つく。
『どういう意味?モノジカって魔物じゃないじゃん』
「そうなんだよ。なのにルツァ化したんだよ」
『意味わかんない。…………ねぇ、もしかしてあんな感じ?』
ネコの視線がオレを飛び越え、その先を見ていた。
振り返る。
小屋から出てきた豚達が一歩歩く度にボコボコと形を歪ませ、ラオラになると、そこから体が巨大化し、懐かしのルツァ・ラオラへと変貌を果たした。
「……うん。あんな感じ……」
──ヴフ、グォオオオオ!!!
ルツァ・ラオラ達は竿立ちになって吠えると、そのまま突進していった。
「ヤバい!!追わないと!!!ネコ行くぞ!!!」