侵食
目を開くと、だいぶ日が落ちていた。
「……やばい、少し寝てたかも」
目を擦る。体の傷は少しマシになっていたが、左目はまだ痛くて瞼が開かない。
「?」
何だか感触がおかしくて手の甲を目の前に翳してみると、あの黒く硬い物が広がっていた。今じゃもう手の半分以上が黒いものに覆われていて、右手も手首から手の甲の半分程を侵食されていた。関節に合わせてひび割れた所の奥には緑色の物が覗いている。
「………あーー…マジかよ……」
左の頬にも同様の硬い物があることから、きっとそちらも同じ感じになっているのだろう。
座り込んで頭を腕全体で抱え込んだ。
無理だ。オレの姿もう人間じゃない。
何この矛盾生物。勇者要素何処行った?
「……、はじめから無かったわ」
よく考えなくても、召喚された瞬間から勇者ではなかった。なら何も変わってないのかな?
フードの端を引っ張って顔まで隠そうとしていたら、目の前に水の粒が降ってきた。空を見上げると厚い雲が覆っていて、そこからたくさんの水滴が水精と共に降ってきた。
雨だ。
雨は臭いを消してくれる。
兵士達が捜索犬を使っても多少は見付かりにくくしてくれるだろう。
── げんきないね どうしたの?
水精と一緒に風精が近くに寄ってきて語りかけてきた。精霊の声を聞いたのは初めてだ。
無邪気な子供に似た声にオレは苦笑した。
「こんな悪魔みたいな姿になってるのに、話し掛けてくれるんだな」
── 汝れは みため きにするの?
── 吾れは みため きにしないよ?
二つの光が瞬きながら飛んでいる。
「君達は何を気にするの?」
── 心根だよ
── 其れによって きめるよ
── 心根きれいなの きれいに ひかってる
── 吾れは 其れで きめるよ
「オレはどんな?」
── どんなだと おもう?
「綺麗だったら良いな」
見た目がもう駄目だから、せめてってのはある。
── だいじょうぶ 其れを 心掛ければ 吾れは いつでもいるよ
優しい言葉に、しばらくなかった癒しに心が暖かくなっていると、小さい音を耳が拾い上げた。
水溜まりを踏む音が多数。
蹄と爪の音。
一瞬手が剣の柄に伸び掛けて、覚えのある気配に肩の力を抜いた。
「どんだけ移動してんだよ、めっちゃ探したぞ」
ラビにアレックス、そして灰馬達と知らない女性が現れた。
「兵士が多くて。ところでそちらの方は?助けてくれた人ですよね、ありがとうございます」
とても綺麗な人だ。誰なんだろう。
「…素直に礼を言われるのも良いわね、なんだかめっちゃ愛でたくなってきた」
「え?」
「あー…こいつは気にしないでくれ。後で紹介するから、まずはこの街を脱出するんだぞ」