山脈越え.3
雪崩。
生まれてこの方実際に遭遇したこともなければ、神からの記録にもない。あちらにいた時の映像やニュース、そしてカリアから雪崩に飲まれたときの体験談くらいしか知らない。だけど、今になって、その話を聞いておいて良かったと心から思った。
「はしれ!!」
咄嗟に走り出す。目指すは少し離れたところにある岩だ。そこの下に潜り込むか、掴まるかでも生存率か上がる。雪崩の時は横に逃げろと言われた。だが、雪崩の速度が思ったよりも早く、間に合いそうもない。
くそっ、と、思ったときには雪崩に巻き込まれていた。
物凄い衝撃が全身に襲い掛かり、視界が白黒青とランダムに変わっていく、グルグルと体が周り、もはや何処が上なのか分からない。それでもめげずに明るい方へともがきながら手を動かすが、本当に上を目指して泳げているのかわからなくなってきた。
「がっ!!」
頭に何か硬いものがぶつかってきて激痛が走った。
力が抜ける。
あ、ヤバイ意識飛ぶと早々に悟り、オレは顔と胸元を手で覆った。
ゴポリ、口から気泡が溢れる。
目を開けると何処までも冷たく透き通った水で、それなのに向こう側には何も見えない。上を見れば明るい光が射してきているが、そこには行けないと知っていた。
原因は分かる。
足首から腰にかけて黒い靄が絡み付いていた。
それが邪魔で上へと上がれない。
どんなにもがいてもこいつは驚きの吸着力で離れない。速攻ボンド並だ。
なんか見覚えがあると思ったら、シルカの時と同じ夢か。
あの時はあまりにもリアルでビックリしてもがきまくったらこの下の靄に呑まれた。現に今も下の方でたくさんの黒い靄がウゴウゴしている。でも、あの時よりはだいぶ度胸も付いたのか冷静にいられて、水中なのに呼吸ができるのもわかったし、思考も巡らせられる。
こいつは何なんだ。
見たところ黒い靄が質量を持ってて、動くのはわかった。かといっても、ぶっちゃけ潜って調べる勇気もない。潜って戻れなくなるのはさすがに…、夢でも嫌だ。
しかし、この底の方から聞こえてくる泣き声どうにかならないものか。
実際に聞こえているわけではないが、オレに向かってではないにしろ、悲しい辛いという感情が溢れてきていて、気になる。
一応行ってやるか。
このままでは止みそうもないので、仕方なく底の方へと泳ぎ始めた。
「こっちだこっちだ」
「なんだこの黒いの」
「まだ生きてるぞ!死にそうだけど」
「良かったやぁ、見付かって」
「これ引き上がるか?」
「手伝ってくれるらしいや」
ゴソゴソと耳元で何かの音が聞こえ、目の前が明るくなった。その瞬間ズキンと頭が痛み、手を頭に持っていこうとして動かないのに気が付いた。
なんだ?
何が起きてる?
「おぉ、おぉ、皆!こいつ目ぇ開けたや!」
「まって、なんか雪んこめっちゃ赤いけど、どっか血ぃ出てるんじゃない?」
「急げ急げ!」
ぼんやりとした視界の中で、目の前に人影がいくつも見えた。丸々とした感じで、頭の上に飾りが二つ付いている。
「待ってろぉ、今掘り出してやるからな」
「体冷たくなってるから、まだ動かすなよ、でもちゃんと呼吸をしとけ」
「この黒いのどうする?」
「出せるなら一緒に出そうや」
「いくぞぉ!せーや!」
ズルズルと体が引き摺り上げられる。そこでようやく頭以外にも腕や足が痛いことに気が付いた。いや、痛痒い。
「動かすなよぉ!後で後悔するぞ!!」
「縛っとけば?」
「そうしよう」
何かされている音は聞こえるが、感覚がない。
そして凄く眠い。
そこでようやく首筋が温かく感じ始め、うとうとと睡魔がやって来た。冬山で寝たらダメだと抵抗していると、人影がこちらを向いた。
「寝とけ寝とけ。あとはオラたちがなんとかすっから」
「…………が……とぅ……」
なんとかお礼を言うと、意識が睡魔に負けた。