ルツァ・ラオラ①
ノノハラとユイが身を低くして進む。
シンゴでは攻撃範囲が大きすぎるため予め迎撃地点で待機してもらっていた。もちろんスイのお供付きで。
「…いくぞ。さん、に、いち…」
草影から赤く熱せられた小石がラオラの体に激突した。
触れた瞬間にじゅっと嫌な音と共に焦げた臭いがし、当たったラオラが竿立ちになって悲鳴ともとれる鳴き声をあげる。
それに気付いた残りの二匹がどうしたのかと言うようにこちらを向くと、水色の矢が幾つもラオラの体すれすれを掠めて地面に突き刺さり霧散する。
そこでようやく攻撃の来る方向を理解すると三匹の中では大きめのラオラがこちらに向かって突進してきた。
「きた!走るぞ!!」
「はい!」
「コノン!捕まって!」
ユイの合図で一斉に走り出す。
コノンを小脇に抱えたノノハラが器用に腕に装着した片手弓を起動させて空へ向かって放つ。
やや短めの矢には赤色の玉がくくりつけられており、矢がある程度の高さにまで達するとそれが花火みたいに弾けた。
あれでラオラ誘導開始の合図を送ったのだ。
後は彼方の合図で方向を確認しながら走るだけ。
「大丈夫か?」
「なんとか、走り込みしていて良かったです」
タゴスから、何かあったときに逃げ延びる為の走力と体力はつけておけと言われていた為、筋トレで一番力を入れていたのは走り込みである。
元々走るのは得意だし、速さもそこそこあったために本気で兵士に混じって訓練していたら相当のスピードが出るようになっていた。
とりあえず、普通の勇者の走力に対抗できるくらいにはなっているので安心している。もしこれでオレが一番ノロマだった場合泣きたくなるからな。
もし、本当にもしもの時があった場合の隠し技は持っているけどね。
「ノノハラさん!ラオラのスピードが思った以上に早いです!このままじゃ追い付かれます!」
後ろ向きでノノハラに抱えられたコノンが追ってきているラオラを見て警告する。
想定していたよりもラオラの足が早かったのだ。
「ラオラのスピードをゆるめられるか?」
「や、やってみます」
抱えられたノノハラの腕から身を捩り腕を引き抜き地面にかざすと、コノンの手から湧き出た光の粒が地面に吸い込まれるように消えていく。
コノンが大きく息をすった。
「いけ!《跳ね石》!」
カタカタ地面の小石が震えたと思うと、それらが一斉に先頭のラオラに襲い掛かった。
小石は狙ったようにラオラの眉間やら鼻などのダメージが大きいところへとぶつかり、先頭のラオラのスピードが落ちると後ろの二頭のスピードも落ちた。
「よくやった!」
「せ、成功してよかったです…」
胸を押さえてコノンが言う。
心なしか冷や汗をかいてるように見えたから自信がなかったようだ。
「あ!」
上空に白い煙がまっすぐ上がっている。
スイの合図だ。
「上空にスイさんの合図が上がりました!このまままっすぐです!」
「よし!このまま突っ走って──」
「!!?」
左側から突然木が飛んできた。
その木は前方を走っているユイの前をギリギリな距離を回転しながら通過し、他の木をなぎ倒していく。
いったい何が?そう思い木が飛んできた方向に視線を向ける。
答えは簡単だった。
『ヴォオオオオオ』
大型トラック並の巨体が雄叫びを上げながらこちらへ突っ込んできていた。
「──っ!?飛べぇえ!!」
ユイの声で反射的に前方へと飛んだ。
途端に後方に轟音ととんでもない横風が起こり、後方にいたコノンとノノハラが飛ばされて近くの木に叩き付けられていた。
「ノノハラ!コノン!」
地面を転がり急いで立ち上がると、ユイが腰の刀を抜き二人へ向かって走っているところだった。
ユイの前方をトラック並のラオラが駆け、木に叩き付けられてうずくまっている二人へ向かっている。
慌ててスイに手渡された片手弓を起動させて空へと発射させる。矢は馬のいななきに似た音を発しながら空に赤色の煙の柱を立てた。
緊急信号。
これは万が一にというときに放つように言われていたヤツだ。
これに気付き次第スイがやって来るだろう。
『グオオオオ!!』
ズズンと大地を揺らす衝撃に視線を戻すと、ユイが巨大な水の塊をラオラにぶつけ体制が崩れたところに斬りかかっていた。
しかし、思いの外ラオラの毛が固く刃が入りずらいのか薄く切れ目が入るくらいで大したダメージが通ってるようには見えない。
「ちっ、やっぱりアイツを持ってくればよかった…。アマツ!」
「は、はい!」
片手弓を戻した後どうしたらいいか分からずオロオロしているとユイに呼ばれて慌ててそちらを見る。
体制を直した大型ラオラの角や牙を使った猛攻をユイは受け流しながらラオラの進行方向を少しずつ倒れた二人から逸らしていっていた。
「ノノハラとコノンを連れて先に行け!」
「ユイさんは!?」
「俺はここで時間をできるだけ稼ぐ!スイさんが来るまでだが…もつ筈だ!いけ!」
「っ!わかりました」
急いで二人へ駆け寄り状態を見る。二人とも気絶しているようで、ノノハラがコノンを庇うようにして倒れていた。
二人、担げるか?いや、やらないと。
目をつぶり集中する。
光を手足に集めるようイメージし、徐々に体が熱を持ち始め手と足に集まってくる。
ヂリヂリと体内で電流が流れているのを感じられるようになるとゆっくり目を開いた。
先程よりも色彩が鮮明になり、視力が上がったように感じる。よし、成功した。
後ろを見るとユイが押され始めていた。急がないと。
コノンを抱え、ノノハラを背負うと立ち上がる。
いける!
強く踏み込むと足の内部がバリバリ放電したような感覚が駆け巡り、次の瞬間にはユイの姿が後方へと消え去っていた。
踏み込む度に足が悲鳴をあげ、明日なるであろう酷い筋肉痛に憂鬱になりながらも足を止めない。
視界を前方から後方へと流れる景色を強制的に上げた動体視力で迫る枝を退けながら目的の地へと走る。
外に出す魔法が出来ないなら体内で循環させるのはどうかというウロの助言で偶然出来た技はちょっとした肉体強化魔法にまさる性能だが、負担がすさまじい。それこそ、全身筋肉痛で約3日は熱が出るほどだ。
しかし、熱が出るのを嫌がれる事態ではないのは分かってるので発動したけど…、出来るならばさっさとスイと合流したい。
「!」
その時、空から光の筋が幾つも絡まった矢が飛んできてすぐ横の木の幹に突き刺さった。その瞬間、矢に絡み付いていた光が瞬時に肥大し、その光の中からスイが飛び出してきた。
「スイさん!!」
「!、ライハ様!」
慌てて足を突きだし急ブレーキ、あちらも走り出そうとしていた足を止めて急いでこちらへと向かってきた。
「コノン様にノノハラ様…。何があったんですか」
「ラオラを引き連れて走ってたら、いきなり巨大なラオラが襲い掛かってきて…、二人は直撃しなかったけど吹っ飛ばされて木に凄い勢いで叩き付けられたんです!」
スイが眉を潜めた。
「…予想異常にルツァの反応が早いですね…。ちょっと失礼します」
そう言うと背負っていたノノハラとコノンの様子を見るとスイは手を合わせた。
「水よ、淀みなく巡り自浄しろ。《純渦》」
光の塊がスイの手を包み、それをノノハラとコノンに近付けると光の塊が二人の体へと吸収される。
何となく二人の顔色が良くなったような気がした。
「二人の自己回復力を上げました。ライハ様はこのまま広場へと向かって二人を安全なところへと運んでください」
「はい!あの、あとユイさんが今一人で足止めをしています!」
「大丈夫です。私に任せて行きなさい」
ほら早く、とスイが手を振る。
これでユイは大丈夫だと安堵すると、空に立ち上る半分ほど消え掛けた広場からの白い煙を確認するとまた全力で駆け出した。