山脈越え.2
その後、いくらかの魔物と戦闘になったが、だいたい灰馬蹴り飛ばして戦意喪失か、服を脱いだネコ(大)がじゃれついてネコパンチ(威力最大)で撃退したりと、体を暖めるにはもってこいの運動だった。
オレも魔方陣の練習にと、あらかじめ地面に描いておいてネコに誘導してもらって魔方陣罠に嵌めようとしたが、心を読まれたのか、それともオレの視線を察知したのか避けられた。
難しいな。
上へ上へと登り、ようやく道が平行になってきた。地図を見れば目的地はもうすぐ。
『気のせいかもしれないけど、風吹いてない?』
ネコがぶるりと身を震わせてこちらを見た。
髭の先が貸すかに揺れてる。
「もう感じるか。じゃあ外まですぐだな」
『まって、外に出るの?なんで?』
「外に出ないと、向こうに辿り着ける通路が見当たらなかったんだよ」
『マジか』
「マジだ。だから今のうちにカイロ貸せ」
『うぅぅー』
カイロに火を入れ直し、予備のカイロも装備しておく。そして、灰馬には練習しまくってギリギリ描けた体を暖める魔方陣を体に当ててやると、疲れが和らいだように元気になった。それを見てネコが『ずるいー!!』というが、「君は寒いとオレの服の中に潜れるけど、灰馬は潜れないだろ」と言うと、納得した。
オレ的にもネコ温かいから、カイロ代わりにしている節がある。お互いカイロ代わりか。
突然道が広くなり、奥の方に光が見えた。そこからは冷たい風が吹き込んできた。なんとも言えない空気の甘い臭いと水の臭いが鼻を擽る。この臭いは嗅ぎ覚えがある。ウォルタリカの臭いだ。正確には雪の臭いだが。
早速ネコが服の中に潜り込み、襟から顔を出した。服が伸びる。
「……思った以上に雪があるな」
外に出ると、一面雪が覆っていた。眼前には何処までも続く山脈が。右側には襲撃を受けた大地が。左には壁のような山の斜面。
足で雪を踏むとキュッキュッと音がして、粒が細かいのか、滑りやすい。
「一応買ってて正解だったかもしれん」
靴に雪用の滑り止めの装備を取り付ける。そして灰馬にも。始め嫌がって蹴られそうになったが、何とか取り付けた。
地図を確認する。
そして雪の様子を確認してから、灰馬を引いて歩き始めた。
灰馬は雪道を走れるが、今回は斜面だ。気を付けるのに越したことはない。実際、雪が滑りやすい上に、思ったよりも沈み混む。これは穴が開いていたら危険だな。定期的に粒子モードで確認を取りながら進んでいった。
当たり前ではあるが、雪の中では移動速度はどうしても落ちる。
それでも確実に安全を確認しながら進んでいったのだが、それでも、人にはどうやっても免れないものがある。天候だ。もし、氷精と縁があったならもう少しマシになったのだろうが、残念ながらオレは風精と雷精としか縁がない。
風の向きが変わった、
空は重い雲が覆い尽くし、山頂の風が強くて、雪が吹き飛ばされて白い尾をたなびかせているのが見えた。
雲は黒く、下がってくる。
肌を指す冷たい風が吹いてきたと思えば、目の前を白いものがヒラリと舞った。
上を向けば、視界一杯に白いものがたくさん落ちてきている。雪が降り始めた。
「…………しまったなぁ」
『髭が凍る』
「服の中に仕舞ってろ」
『うーい』
フードを深く被り、灰馬に体を覆う防寒衣を被せた。
これは駿馬用の雨具に似た物で、雪を弾いてくれる。内側には動物の毛皮が張り付けてあって、保温効果がある。
オレもチャックを首まで上げ保護すると、これから来るであろう自然の驚異に備えた。
視界が白に染まる。
露出した肌がチリチリと痛み、吐く息が白い。確かにこんなところを徘徊する魔物は少ないな。一度、馬鹿デカイ雪豹に似たやつに出会ったが、様子を伺いながらジリジリと迂回していったらなんとか戦闘にならずにすんだ。
こんな雪の中ではオレのが不利だから助かった。
風が強く、体が冷えてくる。
それでもカイロとネコのおかげでまだ動けている。灰馬はというと、魔方陣が効いているのかまだ元気だった。やっぱりあの魔方陣は覚えておくべきだ。
これなら岩影で一度身を隠して魔方陣を体に貼っておこうかな。
適当な岩がないか視界が悪いなか探していると、不意に、耳が不穏な音を拾い上げた。地鳴りのようなものと、キシキシという高い音だ。
なんだと、その音の発信源を探していると、突然体が浮き上がりそうなほどの突風に見舞われた。目も開けていられないほどの風に耐えていると、上空で何かの羽ばたく音が聞こえた。
風が止み、空を見上げると、山頂の雲に切れ間があって、そこから青空が顔を除かせていた。
「?」
何だったのかと首を捻ってると、灰馬が焦ったように嘶く。どうしたのだと灰馬を見て、正面を見ると、焦っている原因がわかった。
「おいおいおい、マジふざけんなよ!!」
雪崩が発生して、こちらへと突っ込んできていた。




