移動開始
皆集まった所で移動を開始した。
城の前に止めてある乗り物を見て思わず口が開きっぱなしになった。馬車というか、竜車だ。
草走竜という名前の走竜種(走ることに特化した竜)を八頭並べ、その後ろに大型の車を走竜達で引かせるのだ。
草走竜は骨太にした馬に似た蜥蜴の後頭部からカブトムシの角をひっくり返したのを生やしていて、結構鬣が長い。全体が鱗に覆われている色は揃って黒、車の色に合わせたのかもしれない。
車は黒に金の装飾、そして両側に六角形の枠組みに赤い瞳を持つ金のドラゴンが描かれたものが飾られている。
タイミングよく雨も上がっており、急いで車に乗り込んだ。
「へぇ、こうなってるのか」
車の中もなかなかのものだった。
一人一人に椅子が用意され、簡易の机まである。
まさにVIP。勇者というのが凄いやつだったのだとようやくここで理解できたのだった。
前方から聞こえた鋭い掛け声と共に竜車が動き出す。
足元でゴトゴトとした音が聞こえ出した。
タイヤは木製で、その外側に革を厚く巻いてあるものの衝撃は吸収できないらしく、部屋が小刻みに揺れた。車酔いにならなければ良いが。
日差し避けの布をめぐり外を見ると煉瓦の家々が所狭しと並んでいる。
だいたいの家が二階建てで、城下なだけであって栄えていた。人々の服装はゆったりとした布を覆うものを鮮やかな帯で固定している。アジアっぽいけど、どこか違うな。
上の方を見ると、家の屋根付近からスティータ神のシンボルである神聖結晶が描かれた布が風ではためいている。
「ライハ様、埃が入りますので…」
景色を見るのが楽しくて止められなくなっているとスイにたしなめられた。少し名残惜しくもあったが大人しく言うことを聞いて日差し避けの布を元に戻す。
しばらく行ったところで食事代わりの果実を手渡され食べた。
竜車の中は揺れるのでスープ類が食べられない。
しかも何だか道が険しくなってきているのか揺れが大きくなってきた。
隠れて外を盗み見ると景色が変わってきていた。
家がまだらになり、煉瓦の代わりに木造の家が増えた。
普通の木造なら良かったのだが、あちらこちらに継ぎ接ぎが見える。
来ている服も素朴な布をただ体に巻き付けているようにしか見えない。
「……お?」
前方に大きな壁がそびえている。かなり高く、近くにいる人が豆粒のようだ。
「そろそろ街門をぐぐります。ライハ様、閉めてください」
「すんません」
スイに怒られ、それを隣の席のユイに笑われた。
本人は笑いを堪えていたが肩が揺れていた。
笑わないでください。
しばらくして竜車の速度が落ちて、停まった。
なんだろうと耳を済ますと、外では車を降りたスイが恐らく門の警備とかの人と何やら話をしていた。
あいにく何を話しているのかは聞こえなかったのが残念である。
少しするとスイが戻ってきた。
「通行が許可されました。これから先は結界の外となりますので、魔獣が襲ってくる可能性があります。いつも通りにいつでも反撃に出れる準備はしておいてください」
各自返事をする勇者達、そして斜め前に座るシンゴがこちらを振り向いて一言。
「サボり魔の一般人君は出ても殺されるだけだろうし大人しく座ってろよ」
すばらしいドヤ顔だった。いっそのこと拍手してやりたいほどの完璧なドヤ顔だった。なので。
「じゃあそうさせて貰うわ」
その言葉に従うことにした。
ろくに戦えないのは事実だし、回復魔法も効かないとなると本当にやることがない。
売り言葉に買い言葉ではなかったのだが、答えた後の中シンゴの顔が面白い事になっていた。
お前が言ったのになんなんだよ。
その様子を見ていたユイの肩が震えていた。
顔を明後日の方向に向けて堪えているがモロバレである。
門を抜け、結界の外へ出た瞬間体調がみるみるうちに良くなった。
なんか、インフルエンザで寝込んでいたのが一気に治ったくらいのスッキリ具合、さらに車酔いすらも吹き飛ぶ。
改めて神聖魔法がオレにとって毒だというのが痛感させられたのだった。
「やばい、超楽だ」
「なにが?」
訊ねてきたユイにオレは答えた。
「結界抜けたから体が軽いんですよ」
そう言えばユイはハッとした顔をした。
「そういや、確かになんか空気が違うな。そんなに変わるのか?」
「ずっと背負ってた五キロの重りを下ろしたくらい違う」
「…反転の呪いって怖いんだな」
憐れむ目で見られたが今はそんなの気にしない。
久しぶりのスッキリ感を味わいつつまた外を覗き見た。さすがに三回目ともなるとスイは何も言わなくなった。
これ幸いとばかりにあちこちを観察する事にした。
日は少しばかり低くなっているが良い感じに温かく、道の脇は草原が広がっている。
草の丈は膝ほど、そのなかに草食獣がゆったりと草を食んでいた。牛…ぽいけど、ホルスタインみたいな体型ではなく角はゴツく長く日の光を浴びて白銀に輝き、闘牛よりも逞しい焦げ茶色の体躯だ。
美味しいのかな、あれ。
「あ…、あの…」
「!」
頭の中に牛丼が浮かび食べたいなと思っていると後ろから弱々しく声がかけられた。振り替えるとコノンが居た。
「はい?」
「……え…と。これ、どうぞ…」
差し出されたのは木のコップで、中に茶色の液体が入っていた。中の液体からなんとも言えない甘い臭いが鼻をくすぐる。
「ありがとう」
コップを受けとるとコノンは急いで自分の席へと戻った。
なんとなくコノンの耳が赤くなっている。人見知りかな。
手の中のコップを軽く揺らしてから少し飲む。
口のなか一杯にふんわりとした香りと共に甘い味が広がった。蜂蜜を薄めてそこにレモンと牛乳を入れた感じの味で、オレはほぼ無意識に体の力を抜いて息を吐いた。
コップを眺めて呟く。
「なんて名前だろう」
その呟きに、ユイが答えた。
「ラコって飲み物だ。コルノフって樹液を牛乳で割ったやつ。美味いだろ」
「へぇ、これ樹液なんですか」
もう一口飲む。やっぱり樹液とは思えない美味さだ。
しばらく代わり映えのしない風景が続き、まだらに木が生えてきた所で日が沈む。
当たりに明かりがないので視界は真っ暗だが、その代わり真上の空一杯にラメを散らしたような星が綺麗に輝いていた。
ここまで見事な星空は始めて見た。見ているだけで宇宙旅行している気分だ。
「ほら!手が止まっているぞ!」
「はーい」
オレ以外の方には興味なんて無かったみたいだが。
枯れ枝を組んでキャンプファイヤーみたいなものを作る。
どうも火を着けるらしいのだが、この作りで火がちゃんと回るのか心配だった。
普通は種火から徐々に火を育てる過程を経てキャンプファイヤーにしていくものだけど。
「《蔓火》」
そんな心配は杞憂だった。
ノノハラの一言で炎が薪の中心部分から火が吹き出し、その先っぽが蛇のように周りの枯れ枝に巻き付いてあっという間に呑み込んだ。
なんと立派なキャンプファイヤーでしょう。着火から約2秒。驚異的なスピードです。
(…これ、巻き込まれたら逃げる暇なく丸焼きだな…)
火炎放射機並の威力に鳥肌がたつ。
キャンプファイヤーから種火をもらい、車の周辺に小さな焚き火を作る。
これで野生の危険な生物は寄ってこないらしい。
夜の移動は危険なのでここで一晩明かすことになった。
ちなみにさっきの焚き火の中に虫除け効果の葉も入れたので虫の心配も要らないらしい。助かる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
従者の方から配られたサンドイッチを頬張る。
ここら辺のパンはあちらと違い固めだけど、それでも美味しい。
中身はレタスと甘辛いタレに漬け込んだ鶏肉。うめえ。
スープも玉ねぎが数個溶かし込んだ中に香辛料をふんだんに入れたもので、こちらも飲む度に体が温まってきた。
あまりにも美味しかったので作った人にお礼を言うと何故か驚いたような顔をされた。
その後照れ臭そうにどういたしましてと小さく返される。
お礼されなれてないのかな。