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イヴァンはみた.2

激しく上下左右に揺すぶられる視界。腹の底から突き上げられる振動。目まぐるしく変わる景色もあいまって、イヴァンは先程から意識を飛ばしそうな程気持ちが悪くなっていた。


なにこれ。


既にこの感想しか出てこない。


意味のわからない速度が容赦なく体を揺すり上げ、胃がひっくり返り、その上捻れているような感覚がする。冷や汗と脂汗が止まらず、頭の芯が雪のように冷え、お腹の辺りが悪いものを食べた時の様に混ぜ込まれている感覚、喉がヒクヒクと痙攣したかと思えば頭の中一杯に『吐きたい』の文字で埋め尽くされた。


なにこれ。


本当に意味がわからない。


生まれて始めて体験する速度に体が勝手に拒絶反応を起こしている。

既に日が沈み辺りは闇に包まれてる中、ホヅキの明かりのみを頼りにひたすらにエルトゥフの森を目指して駆け抜けている。


昼間でもきっと笑いたくなるほどの恐怖だろうに、夜だから更に割り増しになっている。ここで落ちたらきっと助からないだろう。

通常の駿馬の速度でも落馬すれば死ぬ人がいるのに、この速度ならば間違いなく即死だ。

今はライハに言われ、嫌々ながら胴体に巻いた縄が文字通り命綱となっている。笑えない。


「流石、人一人増えても全く速度が落ちないなんて、尊敬を突き抜けて呆れるわ」


「でもそのお陰で三刻で往復できるから大活躍ですよ。戻ったらたくさん食べさせてやらないと。キリコさんの駿馬も結構持ちますね。マテラで乗り換えた駿馬でしたっけ?」


「そうよ、アンタ達がやらかすから。それなりに高くて良いの買ったのよ。お陰で鍛え甲斐がある」


「その節は本当にすみませんでした」


それなのに何故この二人は軽やかにお喋りができるのか。何故舌を噛まない。何故平気そうにしている。そもそも三刻で往復できるってなんだ?片道三刻の間違いだろう。


グロッキー過ぎて半分意識が飛んでいるのに気付いたのか、ライハが声をかけてきた。


「イヴァンさん大丈夫ですか?まだ意識ありますか?」


「……グ……ッ」


やべぇ、気持ち悪すぎて声出そうとしたら違うものが出てき掛けて、慌てて堪えたら変な音が鳴ってしまった。

なんて事だ。レディーにみっともないところを見せてたまるか。粉々になった理性をかき集め、俺は精一杯の強がりを見せた。


「……ま、まだいける……こんなのへでもねぇよ……」


大丈夫。俺はまだ大丈夫。へい、男イヴァン。お前はまだ大丈夫だ。いける、いける。


必死にそう暗示していると、ライハがホッとしたような気配がした。


「良かった、まだいけますか。キリコさん!もう少し速度上げても大丈夫みたいです!」


「本当に?良かった、だいぶ気を使って落としてたからね。よし!なら全力で走らせるよ!!」


「了解です!!」


「……!!?」


突然体に掛かる圧が増し、ググンと体が後ろに反り返った。


うそだろ。まだ速度上がるのか?


この時、イヴァンは学んだ。

意地を張るにも場を考えなければ悪化する、と。











いつの間にか、意識を飛ばしていたらしい。


我に返るとエルトゥフの森に着いていて、駿馬から倒れ込むように地面へと降りると、俺は清々しい空気を胸一杯に吸い込み、その場に嘔吐した。








大丈夫ですか?と、金髪の天使が心配そうに背中をさすってくれていた。ああ、ここは天国か。


「いいえ、エルトゥフの森です」


朦朧としていた意識が急浮上してきた。


「あ、すみません。レディーのお手を煩わせてしまいました。もう大丈夫です」


汚物にレディーを近づけてはならないと、理性の声をようやく聞き取ることに成功。

手渡された紙で口元を拭くと、ようやく生を実感した。


良かった俺まだ生きてる。


「ライハさん。この人もう平気みたいです」


エルトゥフの女性がある方向に声を掛けていた。


視線の先にはライハとレディー・キリコ。

なんで二人とも涼しい顔をしているんだ。


「良かったぁー!危うく店長さんに顔向けできない所だった!大丈夫ですか?立てそうですか?」


焦った顔のライハが安堵したように胸に手を当てて息を付いた。それを見てレディー・キリコ。


「大丈夫よ、あんくらいで死にはしないわ」


「死にはしなくても馬酔い死ぬほど辛いんですよ」


レディー・キリコ。強いですね。


エルトゥフの女性の手を借りて起き上がると、イヴァンは村の光景に思わず溜め息が漏れた。

飛び交う無数の蛍の光。自然と見事に共存している家にはホヅキが飾られ、村を優しく照らしている。


レフの町と比べ、なんと幻想的で優しいのだろう。


そのせいか目の前のエルトゥフの女性がとても美しく女神にすら見える。光の効果は凄いな。


「まだ辛いなら横になってた方が……」


そこにライハが視界の横に入る。

邪魔だ。


「いえ、一応これも仕事ですから。何処ですか?火種蟲というのは?」


足がまだガクガク震えるが、バレないように力を入れてしっかり立つ。男の手なんざ借りるものか。


「あの、駄目そうならすぐ言ってくださいね。こっちです」


ライハとレディー・キリコの後を、チラチラ様子見しているエルトゥフの女性と共に付いていった。

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