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エルトゥフの森での攻防.22

最初に異変が起きたのはクユーシーだった。


「え、うあ…!?」


ガクンと足の力が抜けて地面にへたり込む。

手を地面について何かに耐えるように体に力を入れていた。


「クユーシー?どうした? !!」


ついで、ようやくオレ達の体にも凄まじい重圧が掛かり始めた。

それは先程のよりも強力で、少しでも気を緩めるとクユーシーのように動けなくなってしまう程のものだった。


しかし不思議なことに、周りにはその影響がないようで、クユーシー以外のエルトゥフ達やゴーレムなんかは今までと変わりなく動き回っている。


「ふっ…く……」


カリアから小さな声が聞こえる。

視線をそちらに向けると、カリアが地面に手を付いて、クユーシーのように動けなくなっていた。もっともクユーシーはそれすらも不可能のようで倒れ込んでしまっていたが。


「ちょ…は?待て、なんだこれ?」


ギリギリ耐えてるアウソが何が起こっているのか分からず困惑しているが、倒れているクユーシーを心配しながら辺りを警戒している。


そうか、アウソは経験していないんだったか。


「…これは…やばい…」


「!」


カリアの呟きと共にキリコがハッとして下を向く。


クユーシーが青ざめて体を震わせながら、悲鳴のように叫んだ。


「くる!何か来る!」


カリアを中心に波紋のように黒い光が地面から溢れ出ている。そして、地面が激しく縦揺れし、オレはキリコのように足元を見た。


粒子の目で見た地面の深い所から、大きな蛇の頭がこちらに向かって迫ってきていた。

リューシュを見ると、頭が減っている。

さっきの違和感はこれだったのか!


「退避ィ!!!」


カリアの号令で各自動き出す。


アウソはクユーシーを抱えてその場から離れようとし、キリコは周りのエルトゥフに向かって異変を伝えながら。オレもまたネコと共にエルトゥフや精霊に警告を出しながら退避しようとしたとき、はたと思い止まり振り返った。


カリアはまだその場にいた。


「…カリアさん?」


いや、その場から動くことが出来ないようだった。


黒い光が狂ったように弾け、カリアのいる地面にヒビが入っていく。


まさか。


「はやく行け…!」


声を出すのも辛そうに、しかしカリアはこちらを向いてしっかりと言った。

その目が、コッチに構うなと言っていた。


見捨てろというのか?


喉の奥が絞られるかのように痛みを訴える。


カリアの異変にキリコもアウソも気付いた。

だが、二人は既に周りの安全の確保に動いていた為に離れた場所にいる。


揺れが激しくなっている。


蛇の頭はもうすぐ側だ。











──「人生を全うしてくれ」











ダンの最後の顔が甦る。


また、見捨てるのか?

また、力が無かったからと言い訳するのか?


噛み締めた歯がギリリとなる。






無理だ。






気が付いたときには駆け出していた。


無意識に身体能力向上を発動し、カリアに向かって手を伸ばす。


驚きに染まるカリアの顔。周りの感覚が薄れつつ、目の前のカリアと足元の驚異に全ての感覚が集中した。


時間が遅く感じる。


頭の片隅にカウントダウンのように数字が刻まれる。


──3。


カリアの服を掴み、地面を踏み締めた。


──2。


突然、体が火が着いたかのように熱く燃え上がり、その力を腕に集中させて狙いを定めた。


──1。


カリアを範囲外へと全力で投げた。場所はアウソ達がいる場所。きっと受け止めて貰える筈だ。


「ライハ!!!!」


誰の声か、名前を呼ばれた。




──0。









凄まじい衝撃が襲い掛かって、体が空高くへと投げ出された。


足元には口を開けた蛇の頭。


ゴーレムの巨体さえも超える高度から眺める森の向こうで、リューシュ本体がこちらを睨み付けていた。


口許に笑みが浮かぶ。


オレで残念だったな。


身体中に痛みとは違う感覚で満たされる。相手を出し抜いた時の感覚だろうか。悦びに満ちている。


このまま落ちれば蛇の口の中だ。


それなのに恐怖は全くなく、むしろ楽しくなってきた。何かの感覚がハイになって麻痺しているのは分かったが、今はとても助かっている。


恐怖で動けなくなるよりもずっと良い。


今残されている魔力を全て出し切るつもりで雷の矢を造り出す。


ザラキでの魔力暴発事件から力を調整し全力を出すことを控えていた。全力を出すとコントロールが利かなくなり、こちらにもダメージが来てしまうのだが、今はもうどうでもいい事だ。


ゴロゴロと、オレの感情を表すように雲の中で雷鳴が轟き始めた。


浮遊していた体が落下を始める。


雷の矢が細かく振動して早く射てと急かしていた。


「お返しだ」


指先から矢が離れ、空へと滑り出した。


その軌道は真っ直ぐ、リューシュの本体を狙って迷いなく飛んでいく。と、次の瞬間。雨雲からおびただしい数の雷が放たれた。


それはオレの放った雷の矢に次々に纒わりついて、まるで一匹の生命体のように唸り声を上げながらリューシュへと襲い掛かった。


挿絵(By みてみん)


『ーーーーーーー!!!!?』


リューシュが叫びながらのたうち回るが、雷の生命体は嘲笑うかのようにリューシュを覆い攻撃を浴びせた。雷が消えても、火花がチラチラと舞っている。


それを確認しながら落下する体。


下では蛇の頭が、本体と同じく感電したように痙攣し、倒れ掛けていた。


(これは…、てかこの高度はヤバイな。どうしよう)


リューシュに仕返しができてスッキリしたからだろか。今更ながら着地どうしようと考え始めた。


本当にたまに後先考えないで行動する癖止めなきゃな。


『ライハ、その木に落ちろ。そしたらダメージが小さくて済む』


「うわあ!!吃驚した!!」


突然首もとからネコの声。お前いつからそこにいたんだ。


突っ込みたい気持ちはあったが、あいにくそんな余裕は無いようで。指定された木に落ちるために体制を変えるもうまくいかない。このままだと蛇の頭に激突する。


「お?」


雨混じりの風が吹いて、体はうまいこと流されて木に近付く。

いける!


そこからはほぼ条件反射のように体をくるりと回転させ、関節でクッションを作りながら手を前に出した。

視界が葉に覆われ、耳元で枝が激しく折れる音が鳴り響く。しばらく枝をクッションにしながら落ちて、ようやく止まった。


ポツリと雨粒が落ちた。


そしてすぐさま雨は豪雨となり視界を白く染めていく。

植物と、灰の臭いが鼻を擽る。


「ネコ、無事?」


『まーね』


耳元だが、半分頭に響く声。

胸元がモコモコと膨らんで、服の中からネコが頭を覗かせた。


『ライハは?』


「オレも平気。てか、完全融合して助けてくれただろ。ありがとな」


カリアを投げ飛ばす時の熱はきっとこいつが融合したときの熱だ。


『どーいたしまして』


雨は降る。


雷で動けなくなっているリューシュの熱を奪い体を水蒸気と黒い石に変えながら、燃えた森を少しずつ洗い清めていく。

エルトゥフ達が体が動かないオレを見付けて助け出してくれるまで、この雨を見続けた。


エルトゥフの森での攻防シリーズやっと終わった…、疲れた。

でもやりきりました。後悔はしていない。

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