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ホールデンの勇者達②

湯井は走る。


出来るだけ森に紛れ、自然に溶け込むように。

湯井は逃亡することを決意した。


「ゼェ、ゼェ」


しかし、なかなかに逃亡は難しい。

どの村も兵士がり、移動魔法が盛んな為、連絡はすぐさま届く。


湯井はそこで逃亡する場所にクローズの森を選んだ。

勿論リスクがないわけではない。

此処には高危険ランクの魔物がまだ湧き出しているし、兵士だってたくさんいる。

しかし、だからこそ湯井はそこを選んだ。


移動魔法で連絡が行き届くと言っても、それはそれなりの装置がなければ発動できないのを湯井は知っていた。

伊達につい最近までクローズの森で戦い通しだったわけではない。


顔見知りになった兵士もいるし、地形だって把握している。


騙すのは気が引けたが、湯井はこの国が出したライハを逆賊として始末するという方針には大反対だった。しかしシンゴはそれに賛成。コノンも反対していたが、何でだかそのうち考え方が変わっていき、まるで親を殺された仇のように考えるようになっていた。ノノハラはまだ洞窟から戻っていないが、使者が洞窟へ向かったという。


そして湯井の所にも使者が来て説明を受けた。












「あなたの耳に是非とも入れておきたい話があるのです。大事な話なので耳を済ませてよく聞いて、考えてから答えてくださいーー」


不思議な話の始め方だと思ったが、湯井はその使者の話を聞くことにした。だが、その時、湯井は不思議な感覚に陥り始めていた。

意識がボンヤリするような、夢の中にいるかの様な感覚だった。知らずに思考が鈍り、話に聞き入ってしまっていた。


そして使者が話の同意を求め、それに頷こうとした時、ガシャンと大きな音が聞こえて我に返った。

きちんと立て掛けていた愛刀が倒れていた。


そこでようやく湯井は己が正常じゃなかったことに気が付いた。

使者が刀を無表情で見詰め、聞き取れるかどうか怪しいほど小さな声で「邪魔が入ったか」と言うのを湯井は聞き漏らさなかった。


使者の感情のない瞳を見て湯井は悟った。

今俺は何かの契約を交わすところだったのだと。しかも思考を鈍らせる細工をしないと交わせないようなものをだ。


日ノ本にもこういう術を使うものはいた。

もっとも日ノ本では真名まなを奪い操る術だったが。


使者は無表情等無かったの様な穏やかな笑みを浮かべると、軽く会釈をした。


「と言うことです。近々詳細をお知らせしますので、よろしくお願いいたします」


では、と、使者は去っていった。


湯井は倒れた愛刀を手にし、小さく震える手を見て驚いた。

今俺は危険な目に遭っていて、愛刀が助けてくれたのだ。日ノ本では長年愛用している物に命が宿り助けてくれるという話をよく聞く。

湯井はまさかそんな馬鹿なと思っていたが、ついさっき起きた事実が体を震わせていた。


刀に助けられた。


刀を抱き抱えながら、湯井は思った。

この国にいれば、俺もいずれ先程のように何かの術を掛けられ操られてしまうと。

そこでようやくコノンの豹変の事を思い出した。

恐らく、コノンも何かの術を掛けられたのだろう。


ギリリと噛み締めた奥歯が鳴る。


舐めた真似をしてくれる。


「日ノ本の侍を怒らせるとはな」


ゆっくり立ち上がり、湯井は携帯端末を起動させた。


素早く気配を探り、湯井は文字を打った。

文字を打つことによってこの怒りを、混乱を沈めたかった理由もあっただろう。現に頭の熱が徐々に治まり、冴えていく感覚がした。


「よし」


文字を打ち終え、宛先を指定する。

返信は無いが、それでも生きているならば伝えておきたい情報だ。


送信ボタンを押し、完了の文字が表示されるとすぐさま湯井は今まで送った電子手紙を削除した。


これは一つの覚悟だ。


湯井はその場に座り、刀を縦に持つと鞘から刃を少しだけ引き抜いた。そして感情を声に乗せた。


「必ず、侍を怒らせた事を後悔させてくれようぞ」


ーーチンッ


刀を鞘に納める際の音が部屋に響いた。


これでもう後戻りはできない。


湯井はすぐさま行動に移った。頭を最大限使い、どの道をいけばこの国から逃げられるのか。

コノンやノノハラを置いていくことに躊躇いはあったが、まずは己の身を守らねば他人を守る余裕などない。

それに二人も勇者だ。

きっと自力で術を解いてくれるだろう。







そうして、湯井は城を飛び出した。

湯井は様々な情報をスイから貰っていた。

スイは湯井の才能を見て、後見人に仕立て上げようと思っていたのかもしれない。


もっとも、あの事件以降スイの姿を見てないから推測でしかないが。


「あった…」


城の隠し通路は把握済みだ。

この通路は緊急事態の時王を都から逃がすためのもので、出口は都の外まで続いているものもある。


その通路を気配を消しながら進む。


そして不眠不休で数日掛けクローズの森へと辿り着いたのだ。


「雨の勇者だ。城にいるんじゃなかったのか?」


「気分転換だ。城にいたら腕が鈍っちまうし、何よりもお前らが頑張っているのに安全な城の中で生活できるかよ。ま、今回は城のやつらに黙ってきたんだけどな、言ったら兵士に任せておけと止められるし」


「はっはっは!確かに!まったく、本当に今回の勇者は兵士達に優しいな!!」


顔見知りになった兵士達が笑いながら話し掛けてくる。


それに心の中で謝りつつもっともな事を言って笑った。


「今回は少し奥の方まで行って来ようと思うから、恐らく1週間は戻らないだろう。悪いが携帯食料を分けてくれるか?」


「ああ、いいが、装備はいいのか?いつもとは違う装備だが」


「これか?大丈夫だ。実は前の奴は摩耗したところがあってな、直している途中なんだ。でもこれもそれなりに動きやすいから前のように重さでへたったりはしないだろう」


「お前さんすぐ無理するからな。今回も頑張りすぎずに程々にしておけよ」


「ああ、ありがとう」


食料を分けてもらい森へと入っていった。

いつも通りに。



いつもと違うのは、もう戻らない事か。



「さて、今日の内に行けるところまで行かないとな」

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