目撃
「なにこれ」
目の前に差し出された物騒な物を見て思わず出た言葉だ。本物の短刀だ。突き出しているのは同い年の緑髪の青年、タゴスだ。
おかしいな、友達ではなかったのだろうか。
ちょっとの悲しみを感じながら素直な疑問を口にすると、タゴスは何でもないように答えた。
「なにって短刀。しかも使い勝手のいいやつで、もちろん切れ味は折り紙つきだ」
「それは分かるよ。見るからに超切れますオーラ放っているし。
で、オレがなにこれって言ったのはその切れ味抜群の短刀をオレに突き出しているのかってことだよ」
「これあげようと思ってさ。ライハまだ武器支給されてないんだろ?オレのお下がりだけど、短刀一つ携帯するだけでも何かあったときに便利だから。一応勇者様なんだし」
なんだ良かった。刺されるのかと思った。
思わず脳内銀行強盗のイメージで一杯だったから、ホッとした。
まぁそれはそれとして、タゴスにこれだけは言っておこう。大事なことだ。
「ああ、そうなのか。ありがとう。てかさ、タゴス。刃物とか渡すときは刃を相手に向けて渡したらいけないんだぞ。お前に刺されると思っただろ。あと一応って言うな」
そうだったのか、とタゴスは短刀をひっくり返して柄の部分をこちらに向けて渡してきた。ありがたく受け取る。
模造品なんかと違いずっしりと重く、なおかつ柄が掴んだ時しっかりと掌に馴染んだ。
刃は日本刀とと同じ片刃で、綺麗な波紋がその短刀の美しさを際立てている。
「でもいいのか?こんなに高そうなの。いくらお下がりとはいえ」
視線をタゴスへ戻すと、タゴスは何やら更にピカピカの格好いい短刀を片手に持っていた。
「ああ、大丈夫大丈夫。オレ新しく支給されたの持ってるし。それ、うちの身内で作られたものだからそんなに高くないし」
そう言ってニッコリと笑うタゴス。
「……そうか、わかった。ありがとな。じゃあ、お礼として」
ポケットから飴玉を取り出してあげる。マスカット味の喉飴だ。
この飴はつい先日上着の内ポケットから転がり出てきたものだ。結構前に放り込んで忘れ去られていた飴玉だが、味はおかしくなっていないはず。
「なんだ?」
「飴玉」
しばらく袋を弄っていたが、なかなか開きそうになかったので代わりに開けてやった。ちょっと溶けて形が歪になっていたけど、特にベタつきもなかったから大丈夫だろう。
珍しそうに眺めていたタゴスに食べ物だと教えると早速口の中に入れた。次の瞬間タゴスが固まった。
「……」
「…あれ?甘いの駄目だった?」
フルフルと頭を横に降るタゴス。
「めっちゃ美味い…。なにこれすげえ、今まで食べた甘露のなかで一番うめえ!なにこれ!やばい!!」
タゴスが興奮気味に感想を捲し立ててきたところを察するに、よほど飴玉がうまかったと見える、良かったな。
カロカロ音を鳴らしながら舐めるタゴスは本当に幸せそうだ。
まるでケーキをあげたときのウコヨとサコネの様だな。
「まじでこの世のものじゃないみたいだ」
「オレの元居た所のお菓子だからね」
「お前のところの世界の人は幸福者だな…」
羨ましいといった顔で見られた。確かにそうだね。
「これがお礼だったらオレのあげたのじゃ釣り合わないな…」
「いやいや、それ110円だから」
「その “ひゃくじゅぅえん” がどれくらいなのか分からんが、めちゃくちゃ美味いのは真実だ。よし、じゃあこれもあげる」
本当にいいのに。
タゴスは腰に付けてる小さい鞄から赤い丸石を取り出しオレに手渡してきた。
少し透けた真っ赤な石で、石の中心部分が光の反射具合でそう見えるのか、炎が揺らめいているように見える。
「撃炎石っていって、それを固いところに投げ付けて衝撃を加えると火種が生まれる。
火を着けるのに便利なものだ。持ってて損はない」
「なんかありがとうな、大切にする」
おう、と返事したタゴスの頬っぺたが飴玉の形に変形していた。
部屋に戻りタゴスから貰った短刀に誤って切れないように布を巻き付けてから腰に付ける鞄に入れる。
兵士達とも交じり訓練をしているので、そこの教官から貰ったものだ。曰く、俺の訓練を受けてる者は皆俺の生徒だから支給する。だそうだ。
武器以外の主に装備品とか専用木剣とかだけど。
おかげでオレの部屋はもはや勇者様の部屋というより完全に兵士の部屋と化してきている。
勇者様用の装備は全て神聖魔法が付いているんだから仕方ないとはいえ、なんだかな~という気持ちにはなる。
一回だけ勇者の剣を持たせて貰った事があるのだが、当然のごとくオレはぶっ倒れ、何故か勇者の剣の柄が溶けかけていたという。
しかもうっすら手形状に。どんだけ反発してんだよっていうね。もう笑うしかない。
何となくスマホを手に取り窓から身を乗り出して写真を撮ってみる。この景色ももう慣れた。
「………ん?」
ふと、城のあまり人の寄り付かなさそうな建物の裏側に複数の人っぽいものが見えた。
黄色のマントの人が黒フードの人達に囲まれている。
ここに来てやることが限られていて良く遠くを見てたからあちらに居たときよりも確実に目が良くなってはいるけれど、それでも微妙に見えづらい。
スマホのカメラを再起動とすと、その人物達に標準を合わせてズームアップする。
「……シンゴか」
豪華な服装であるが、ボサボサの髪は相変わらずなのですぐに誰かわかった。更にズームして黒フードの連中を見てみる。
胸元にこの国のマークである牙の長い獅子の頭に鷲の体の幻獣が描かれているネックレスが下がっている事からこの城の関係者であることは間違いない。
そして左腕に虎に鎖が巻き付いたかのような刺繍が入っていた。
その人達が何やらシンゴと話し合い、白い包みを手渡した。
なんだろ?
「!」
フードの人の一人がこちらを向きそうな体制になったので急いでしゃがんで身を隠す。
心臓がバクバクと鳴っていた。何となく、こちらを見ている気がする。
そろりそろりとハイハイ状態で移動して、窓から大分離れたところまで移動するとようやく息を吐けた。
知らない内に録画モードになっていたようで、先程の人達が何処の人なのかウコヨ達に教えてもらおうと思い保存した。
「あれは何だったんだろう」
どう考えても怪しさしかない。建物の裏側というだけでもう怪しい。手渡した包みは賄賂とか?
「………、…?」
視線を感じて振り返る。何もいない。
「………なんか嫌だな」
言い表せない不安が襲う。
その不安を振り払うために腰の鞄に色んな物を詰め込んで抱き抱えてベッドに座る。ホラー映画を見た後みたいだ。
気休めの魔法の練習をしながらウコヨとサコネが遊びに来るのを待った。
しばらくするとウコヨとサコネがやって来た。
「マンガ見に来たよー」
最近の目的は漫画のみになってきてしまっている今日この頃の二人は、先日漫画ののめり込んでいるところを正面から堂々と写真を撮っても気付かないほどだ。
そのうち漫画読まれ過ぎて擦り切れるんじゃなかろうか?
現にこいつら漫画内の台詞を丸暗記し、少しあちらの文字が読めるようになっていたけど。
恐ろしい。
今度日本語五十音ひらがなカタカナローマ字一覧表でも作ってあげよう。
でもその前に先程の事を訊ねたい。
「漫画読む前に見せたいものがあるから、ちょっとこっち来て」
「?」
なんだ、どうしたと二人が近付く。
念の為に周りを見て三人しかいないのを再確認すると画像ファイルを開いた。
「今から見せるのはついさっき起こった事なんだけどさ。見たことがない奴らだから、誰なのか教えてくれないか?」
オレの含ませた言葉に二人は怪訝な顔をする。
「知ってたら教えるけど…」
「まず特徴を言えよ」
「待って、今見せる」
ムービーファイルを選択して、さっきの動画を再生した。音声は切ってある。さすがに遠すぎて聞こえはしないけど。
動画はズームアップした直後から始まり、シンゴの姿もフードの連中もばっちり録画されていた。
「この黒フード。見たことのない刺繍を腕にしてるからさ……あれ?どうした?」
動画を一時停止してその部分を画像として抜き取り拡大している最中に一言も喋らない二人を見て驚く。
今まで見たこともないくらいに険しい顔をしていたからだ。
「……シクス・ガディエン………」
「しくす?…なにそれ?」
「ホールデンの六大貴族。それぞれの貴族が専門の部隊のトップを担っていて、コイツらはその内の一つ、エデン卿のシスイと呼ばれる部隊だよ…」
「ほら、翼の生えた虎、天虎に鎖が巻き付いてるでしょ?これがそのシスイ部隊の印なんだよね」
翼なんか何処に?と思ったが、良く見ると鎖と鎖の間に白いのが生えていた。これが翼か。
「シスイ部隊の専属は外交なんだけど、たまに勇者の移動の際にも出てくる…。でも、勇者に直接会っているのは気になるね…」
「うん…。気になる」
黙り込んでしまった二人。目は画像をガン見である。
なんだか空気も気まずいし、下手に話し掛けられないその雰囲気にある結論に達した。
「…………、なんか良くわかんないけど…、オレひょっとしてヤバイシーンを目撃しちゃった?」