水面下
荘厳な作りの部屋に蝋燭の明かりが部屋の中を柔らかく照らしている。
蝋燭の明かりは光属性魔法が掛けられており、時折蝋燭から小さな光が分裂すると小さな光は蛍のように舞っては幻想的な光景を作り上げていた。
そんな幻想的な風景とは裏腹に、部屋の空気は張り詰めている。
その部屋の中心に大きな机を囲んで6人の人物が椅子に腰掛けて向き合っていた。
座っている人物達はこの国の貴族達だ。その証拠に皆服の左胸にホールデン国の紋章が入った金の装飾がなされている。
その中のでっぷりと肥えた男性が最初に声をあげた。
「今回の勇者どもは優秀であるが、その中に不良品が紛れ込んでいたことは皆知っておるな」
うむ、と皆頷く。
次に見事な髭を蓄えた男性が言う。
「しかもよりにもよって呪われてるなど、勇者にあるまじき事態だ。それに魔法も使えぬ、戦えぬという。今まで魔法が弱い奴は居ったが今回の奴は最悪である。何せあの隷属の首輪すら効果が薄く、反応が鈍い。正常に作用さえすれば楽に処分することが出来るものを」
「それに解呪の儀でウロが怪我をしているんでしょ?出来損ないの癖に許せないわ。私の愛しいウロの顔に傷なんか付けた暁には私が直々に殺してやるから」
男性に同意するように派手な装いの女性が大きな胸を揺らして腕を組む。
それを隣の老人がホホホと笑った。
「ウロはそちのではなかろうが。戯言も大概にせぇよ。さて、その不良品だが、どうするかの」
老人の言葉にフンとがたいの良い男性が鼻で笑う。
「知れたこと。役立たずには用はない。早々に処分するべきだ!」
声を荒らげる男性を宥めるように隣の若い男性が二度手を打った。
「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。その件についてはこの間決まったではないですか。
今回は、どう処分するか、ですよ」
にこりと笑う男性が他の貴族達を見渡す。
「表だって処分するわけにはいかないでしょう」
他の勇者の目もありますしね。と、若い男性が言った。
「あら、私は公開処刑も良いと思いますけども?そうすれば勇者だけでなく兵士達も気を引き締めると思うわ」
女性が机の上に所狭しと置かれたご馳走へと手を伸ばし、皿に盛られた木の実を手に取り口に含む。歯に挟みほんの少し力を加えると、木の実はいとも簡単に皮が破け赤い果肉を飛び出させた。
「前にもそうやって役人を公開処刑して兵士達の士気を下げたのを忘れたのか。皆が皆、お前と同じ感性を持っていると思うなよ、ブラッディ・クイーン(血塗れの女王)」
「あら、そう?貴方も好きじゃないの?ドワソ卿。いいえ、磔の貴族様?」
「やめろ、その字は好きではない。確かにオレは罪人はもれなく磔にするが、それを見せびらかす趣味はない」
男性は髭を撫でながら女性を睨む。
「ドワソ卿の言う通りじゃよ、アナシア卿。今回は対象が勇者、処分するにもそれなりに準備をしなくてはならない」
老人が言う。
「スジョ卿の言う通り。しかもこの不良品の掛かっている呪いは厄介なもので、反転の呪いだと言う。故に、魔法や呪いの暗殺は全て反転されて無力化されてしまう。全くもって忌々しいが、直接手を下さなければならぬ」
肥えた男性がワインのグラスを手に取り一気に飲み干した。
「確か…ナラザ卿は呪術師による暗殺が主でしたの。ちなみに手を下すことの出来る者はいかほどじゃったか?」
スジョ卿が肥えた男性、ナラザ卿へ訊ねる。
「………基本魔術師で固めておるからな…。武力でどうこうできる者は少ない」
「なら、ワシがいこうか。武力なら有り余るほどある!」
先程声を荒らげていた男性が椅子に深く腰掛け直した。
それをアナシア卿が不機嫌そうな目で睨んだ。
「テヴォル卿、貴方は派手に動きすぎるのよね。覚えてる?貴方のご自慢の部隊が私のお気に入りをうっかり殺してしまったのを。今でも怨んでおりますのよ?」
「はて?あったかな?そんな事」
「これだから筋肉馬鹿は嫌いなのですわ。巻き込まれで今度はウロまで殺されたらたまったものではないの。もしやったら貴方を迷わず公開処刑するわ。だから貴方は動かないで欲しいわね」
「では、どうするか」
ドワソ卿が皆を見渡しながら言うと、若い男性がクスリと笑った。
「どうした、エデン卿」
エデン卿と呼ばれた若い男性が手を組み含み笑う。
「皆さん、ちょっと私面白い事を考え付いたので、この処分は私に任せていただけないでしょうか?」
エデン卿が五人を見渡すと、五人はエデン卿へ視線を向けた。
なんだ?と、そういう視線だ。
「安心してください。兵士達の士気を下げず、なおかつ勇者の士気を上げる良い方法ですよ」