侍と中二
「おお!」
気付いたら思わず写真を撮っていた。
偶然通り掛かった訓練所にて、あの中二勇者、シンゴと初日以来姿が見えなかった黒髪の勇者、確かライハという名前の青年が模擬戦をしているらしい、というのを近くの少年兵から聞いた。
ほんの気紛れで観客に混じって観戦してみたら、なかなか面白い事になっていた。
相変わらずの猪突猛進型のシンゴ、今回も理不尽な力業で相手を叩き潰すのかと思ったら、相手は初撃をなんと耐えきり力業ではなく場を利用する戦い方に切り替えてきた。
観客に紛れて虚を突き、一気に懐へと潜り込む。
日ノ本にいた身軽な特殊部隊の『鴉』の戦い方に似ていた。
闇に紛れ気配を消し、無駄な斬り合いはせずに相手の隙を全力で突く。
「へぇ、面白そうなのがいましたね」
口角が上がるのを感じながら、キレたシンゴの次の一手を予測してシンゴが木剣を振り切る前に広めに距離を開けた。
ほら、やはり。シンゴがぶちギレた。
前方に展開された球状の竜巻に取り巻いていた兵士達が慌てふためいて逃げ惑うが対応が間に合わずに巻き込まれて空中に巻き上げられている。
舞い散る兵士、その服装もあいまって日ノ本の春に良くみられる光景に少し似ていたからだろうか。
気付いたら撮っていた。
その横を、物凄い速度で駆け抜けた一兵士がいたが、湯井信明はそんなことよりも目の前の光景を写真に納めることに忙しく、気にすることすらなかったのだった。
□□□
あの野郎、と池谷慎吾が歯軋りをした。
侮っていた、見くびっていた。そしてまんまとしてやられてしまった。
あいつは一般人のくせに風の塊が暴走する直前に僕の脛と脛の間に木剣を噛ませて動きを封じ、僕が木剣を振り切った勢いを利用して後ろへ蹴り飛ばした。
重心は後ろへ流れている最中、木剣の重さもあって左後方へ捻る力も乗り、さらに足はあいつの木剣で封じられて踏みとどまることができなかった。
回る視界に青空が広がった。
次の瞬間に《風乱舞》が発動して関係のない野次馬兵士達を巻き込んで空へ飛ばしていた。
頭が真っ白になった。
事態が急転しすぎて理解が追い付かない。
整理ができたのは魔法が終息して、辺りを見回したときに奴を見つけることができず、なおかつ脛にアザと、頭にタンコブが出来ていたのを知ったときだった。
僕はあいつに負けた……?あの一般人に?
「…ゆるさないッ!!」
振り下ろした拳が机にめり込んでまっぷたつになったが、僕の苛立ちは治まらない。
ふざけるなよ、お前はただの脇役なんだ!この物語は僕のもので、僕が主役なんだ!閉じ込められていた空間から出られて、勇者になった。同じ勇者の仲間ができて、訓練して、神様の加護を受けて……、僕は力も魔法も桁違いに強い!
これが主役の資格だ!
なのにあいつは召喚された勇者にも関わらず帰りたいなんてふざけたことは言うわ!訓練サボるわ!勇者として何一つ、何一つ!
素質もなくのうのうと城でだらけてやがる!!
同じ勇者だから、少し痛い目を見せて真面目に僕の仲間として鍛練をさせてやろうと思った。
それなのにっっ!!!
憤りに任せて再び慎吾が拳を振り上げ割れた机に叩き下ろそうとしたところで、何かに気付いたように動きが止まる。
拳が静かに膝の上に下ろされた。
「…そっか、なるほど。そういうことか…!」
慎吾の顔がみるみるうちに笑顔になる。
「忘れていた。そうだ物語は主役と仲間だけで紡がれるものではない。物語には必ず主役が倒すべき絶対的な悪役も存在したはずだ!なんでそんな大切なこと忘れていたんだろう!」
あいつは決してイレギュラーな存在なんかじゃない!あいつは僕にとってなくてはならない存在なんだ!
慎吾は喜びにうち震えながら壊れた机から離れ、ベッドの上に飛び乗って転がる。そして枕に顔を押し付けて思う存分笑った。
いいよ、一般人。
僕は役割に乗っ取ってきちんと君を徹底的に潰してあげるから、楽しみにしてなよ!