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04.非行に逃避行



 学校からの帰り道、少女はいつも通りに手頃な店を選んで犯行に及んだ。

 買い物のふりをしながら店内を物色しては適当な物を盗む。特に金銭で困っている訳ではなくて、少女からすればちょっとした悪戯感覚でしかないものだ。発覚するかも知れないスリルと世間への反抗心を満たしたいが為の手段であり、それ以上の意味は持たなかった。

 商品をいくつか学生鞄に入れてトイレへと移り、そこから“とある方法”で外へと脱出する。なるべくいくつかの路地を経由してから街中へと戻るとまた標的となる店を探す。

 基本的に一日三回、一度入った店は一週間は立ち入りを避けて目星をつけられないようにする。今のところ、彼女はこのやり方で捕まらずに済んでいるので、この先も続けていくだろう。犯罪が露呈したとしても逃げ切る自信もあったから。

 しかし、この日は途中から予定を変更せざるを得なくなった。一件目を済ませて二件目を選んでいた矢先、人混みの中から送られてくる嫌な視線に勘づいた為だ。


(またアイツか…)


 少女はちらとそちらを見て確かめた。頭一つ分抜きん出た長身に黒づくめの立ち姿や変態じみた薄ら笑いなどから、以前からよく付きまとってくる男だと断定する。

 いつもなら無視していた。決まって少女が遊んでいるところに現れては、まるで“お前の悪事はお見通しだ”と言いたげな雰囲気を醸して、それが嫌らしくて気持ち悪かったが、遠巻きからあざとく視線を送ってくるだけで何もしてはこなかった。なので油断した。


(え、なに。…こっちに来る?)


 男はそれまでとは打って変わり、少女と目が合った途端に早足で近づいてきた。完全に意表を突かれた彼女は出遅れ、我に帰って逃げ出す頃には、二人の距離は道路一車線程しか開いていなかった。

 人の合間を縫って進む速度は明らかに向こうが速く、姿を紛れさせるには人の数もやや足りない。前提として捕まるのだけは避けたい少女は、消去法で路地裏へと逃げ込んだ。


(もう、どういうつもりよ。腹が立つ…っ)


 背後から追っ手の威圧感が迫る。普通に逃げたのでは易々と捕まってしまうことは分かりきっているので、少女は出し惜しみなく“とある方法”で撒こうと決めた。

 いくつか角を曲がった先、男の視界から外れたのを機に建物の壁を目前に控える。埃で薄汚れた壁に両手の平を這わせ、息を整えて集中ーー。


(伝わる感触から思い浮かべる。…一つの塊がいくつも繋がって形を整えているのが解る。その一つ一つを“断ち切って揺り動かすイメージ”)


 具体的な理論は当人にすら分かっていない。ただ触れた物体の緻密な構成を把握できて、肌で触れている限り操ることも可能だと気づいてから。


(ゆっくり、ゆっくりと、塊を押し退けて、全部が崩れないように留めて、)


 硬い壁に両手が埋まっていく。肘を過ぎて二の腕へ、制服の袖に差し掛かるとさらに慎重に進めていく。初めの頃は着ている服まで崩して大変に困ったものだが、今ではそんなヘマはしない。

 そして全身が壁に埋まって反対側へと移り、男が追いつく前にすり抜けた。


(よし! …て、うわー)


 壁の内側は手狭な倉庫となっていて、抜けた際に積まれた段ボール箱を二、三巻き込んでしまった。壁の方は通過しながら元の形に直していったが、細かい造形の物体にまではどうしても気が回らない。

 少女は顔をしかめて衣服の隙間から砂屑と化した残骸を溢し、手で軽く叩いて綺麗にした後に辺りを確かめた。ここが中小企業のビル内であることを知り、誰にも見つからないように注意しながら出口を探しにいく。

 それにしても、と少女は溜め息を漏らす。あの男、一体何の目的があって追って来たのかが分からない。自身が犯罪者でなければストーカーで通報しているところだが、当面はこのやり方で振り切るしか方法はない。それとも敢えて奴に捕まって真意を訊ねるべきか。どちらが最善となるだろうか。

 考えが纏まらない内にロビーに辿り着いた。受付に二人の女性が立っているが、もう面倒臭いので、少女は素知らぬ顔で誤魔化して出ていこうとした。

 呼び止められたらまた走ろうか、などと思案しながら全面ガラス張りの出入口付近を見て、足を止める。

 あの男が待ち構えていた。


(冗談でしょ)


 男は人を馬鹿にしたような笑みを湛え、抱き締めてあげようかというように腕を広げて、建物の前を陣取っていた。

 先回りできる時間的余裕はないし、そもそもビルの中に逃げたことを向こうが知る術もない。それなのに奴は場所を特定して先んじてみせた。

 有り得ない。と思う一方で、一つの可能性にも行き当たる。

 アイツも同じなのかも知れない。私のように特異な能力(ちから)を持っているのだ、と。


「チッ」


 憎々しげに舌を打って踵を返す。ビル内の奥へ戻りながら少女は思いを巡らせる。

 自分の仲間が他にもいるのではないかと、何度か思い浮かべたことはあった。だが確かめようがなかったし、出会いたいとも思わなかった。この能力に関して、これ以上に知ったり関わったりしてもろくな目に遭わないと確信していたからだ。


(こうなると多分向こうも私の体を知っている。近づく理由が気になるけど、どうあれ益々捕まる訳にはいかなくなった)


 入り口とは出来る限り反対の方へ移動し、誰にも見つからずに壁抜けを行う。後処理が多少雑になっても構わずに手早く済ませて、すぐに路地裏を抜ける道を探し出す。こうなれば、寧ろ人目につく場所の方が相手にとっても不都合だろうと。

 見透かされ、またも先を越されてしまうが。


「…ッ」


 路地裏の出口を塞いだ男が、わざと歩みを遅めて近づいてくる。少女は焦りを抑えながら逆方向へと逃れるが、薄々気づき始めていた。

 こちらの動きを捉えた上、有り得ない速さで行く手を遮られるのなら、どう足掻いたって奴からは逃げ切れはしない。


(どうしよう。いっそのこと、もう対峙しちゃおうか。でもアイツの持ってる力がわからないんじゃ、太刀打ち出来ないようなものだったら? やっぱり危険過ぎるよね。だからといって逃げられる保障もないし。どうしたら良いのよ。あぁ、もう…!)


 八方塞がりの状況にまとまらない思考、迫り来る追っ手。

 次第に焦りも表面化しかけていった少女は、行く先がどうなっているのかも確かめもせずに角を曲がり、そこが行き止まりだと気付いた時には手遅れとなった。

 引き返す余裕もなく、壁抜けを行う時間もない。あったとしても、結局先回りされて時間を浪費するだけ。

 少女は観念して振り返った。

 両手に凶器を携えた危険人物が姿を現す。




 灼童は十字路を曲がってナイフを構え、そこにいるであろう少女へと突きつけた。

 そこは袋小路。両側は窓のついたコンクリートの壁で、奥に錠前の掛かった鉄柵の扉が設けられている。

 追い詰めていた筈の少女は通路の何処にもいなかった。鉄柵の扉は開けられた様子もなく、窓にも鍵がかかっていて開けられない。肩透かしを食らった灼童はナイフを下ろして首を傾げ、しばらく悩んだ後に鉄柵を飛び越えて表通りへ走っていった。

 その様子を、


「…、」


「静かにして下さい。ここにいることを気付かれてしまいます」


 木之本心と少女の二人は建物の窓から覗いてやり過ごしていた。

 少女が逃げ場をなくしたのと同時に、左の建物に潜んでいた心が窓を開いて彼女を招き入れた。端的に、奴に捕まりたくないのなら僕に従って欲しいとだけ告げて。


「なんで居場所がバレなかったの…?」


「貴女の行動は予めシミュレートされていた。そこに僕が割り込んだので、あちらは対応できなかったんです」


 零れ出た疑問に心が答えた。前もって用意された、嘘の解答だ。

 実際には灼童と打ち合わせを行い、こちらで標的を追い込むから適当に騙して相手をしてくれと頼まれていた。少女の動向の把握については、灼童の同僚である《地獄耳》と呼ばれる常逸者によるものだが、詳しい内容は聞かされていない。

 要領を得づらい頼み事をされたものだが、心は特に異を唱えることもなく引き受けた。今、目の前で息を整えている少女を相手に、灼童の合図があるまで足止めをしなければならない。


「それで、アンタは何者? アイツはなんなの? どうして私が狙われているの。知っていることを全部教えて」


 懐疑心に満ちた目が心を射抜く。たった今怪しい人物に追い回されたばかりなのだから当然で、しかしそれが今回に限ったものではなく、より根深いものであると心は即座に見抜く。


「僕の名前は木之本心。貴女と同じ力を持った者で、同じく僕も彼らに追われています」


「狙う理由は?」


「その前に名前を教えてくれませんか? 僕は貴女をなんと呼べば良いでしょうか」


 心はすでに彼女の名前を知っていたが、疑われないように自己申告を促した。

 少女は憂鬱げに溜め息を吐き、焦げ茶色の短く真っ直ぐな髪を掻き上げて答える。


「佐藤…、佐藤千代子(さとうちよこ)よ」


 同じ学校に通う同年齢の少女と、あまり好ましいとは言えない出会い方をした心だった。


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