086 送迎
次の日。
俺とエスペランサが、指定した場所に向かうとそこには身軽な荷物で俺たちを待っていた二人の姿があった。
勿論、その二人とはヴァーユウリンス・ヴァン・フロガフェザリアス先輩とアイライーリス・ホムラ・アマテノヴァル先輩だ。
ヴァーユ先輩は少々不機嫌な顔で、アイライーリス先輩は逆におどおどしている。
一体何があったというのか。
「むぅ」
「?」
むぅ、とかっていうセリフが彼女の口から洩れるとは思わず、俺は一瞬吹き出しそうになった。
と同時に、彼女を思い切り抱きしめたい衝動にも駆られて俺は一瞬立ち止まる。
エスペランサは、そんな俺の状態を不思議に思ったかのように首をかしげたが、そのまま前に進んだ。
しかし彼女も、ヴァーユ先輩の口から洩れ出た「むぅ」という声のギャップには驚いているようで口が少々にやけている。
「ああ、ヴァーユ先輩に渡すものがあった」
「……」
アイライーリス先輩、戦々恐々としすぎです。
正直、おそらくヴァーユ先輩がこれを求めているんだろう、と思うもの。
そう、魔剣である。
「これを……私のものに?」
「ん。実際は結構前から出来ていたんだが」
俺は、一本の大剣を先輩に渡した。
見るからに重そうな剣だな、と呟きながら先輩は受け取った瞬間、目を大きく見開いた。
そう、その剣は羽のように軽い。
金属でできているにも関わらず、ほぼ彼女の手に乗せているという感覚がないような感じだろうか。
「……質量ないんだが、この剣ってちゃんと使えるのか?」
先輩の説明によると、質量があったほうが普通は勿論パワーモデルらしいが、どうなんだろう。
今回、この剣に使ったものはその名の通り【羽翔合金】という金属でできているものをいつもの魔剣鍛冶作業台で作ったものだ。
使用した属性は、ヴァーユ先輩の使う【氷】属性……ではなく、敢えて【風】属性も注入している。
「しかも属性不一致?」
「軽さという使いやすさに、【風】属性の切れ味をプラス。先輩の持っている本来の【氷】属性とで」
一応、意思発動で吹雪を起こせるようにはした。
「……ふむふむ」
「属性不一致だから最初の方は使いにくいかもしれないけど、そのあとなら十分だろう」
「なるほど」
納得してくれたようで何より。
実はアイライーリス先輩から貰ったお金の一部を使って取り寄せてきたものだし、この合金。
合金ンおサンプルはあったんだが、どうしてもヴァーユ先輩に似合いそうな大剣にするためにはもう一つ分ほどの質量が必要だったのだ。
質量、というのは少し違うかもしれないが。
「で、こっちが鞘」
「おお、ぴったりだ」
「魔剣の名前は……先輩がつければいいんじゃないか?」
「いや、シルバにつけてもらいたい」
あっ、はい。
と、俺の隣でエスペランサも鞘に入った短剣をひっくり返したりまた表向きにしたりしていた。
……あ、エスペランサの方もついていないんだな。
「あとでちゃんとつける。……えっと、じゃあ出発しようか」
「……そうだな」
「ね、あれ」
エスペランサが指差したほうを見ると、そこには数人の姿があった。
……リンセルスフィア・フレイヤ・レイカーさんと。
カレル・アテラット先生と、リンナイデル・パン・リーフさん。アイゼル・ベラキオスも久しぶりに見た。
ラン・ロキアスはいないか。
不自然だと思ったらアンセリツティアさんもいなかった。
ランはいなくても全然かまわないが、アンセルさんがいないのは嫌だな。
「ごめんね、ラン君なんか怒ってたから」
「いや、別に送迎なんて必要な」
「いいの、私たちがしたかったことだし、そもそも出頭命令を出したのは私のお父さんだし」
リンセルさんが、天使のような微笑みで俺に言ってくれた。
後ろの方で、ヴァーユ先輩がちょっと険しい顔をしたんだが、リンセルさんは気が付かない。
アイライーリス先輩は、「可愛い、きゅんっ」とか意味の解らないことを口走っている。
……それほど可愛いということだ。
本当に天使のような微笑みを讃えている少女。
それがリンセルさん。
「エスペランサちゃんも、頑張ってねっ」
「はいっ」
私は全部知ってるよ! とそんな視線をエスペランサに向ける彼女。
俺はリンセルさんのことをよく知らないからわからないが、この人はどうも……っていうようなオーラを確かに漂わせているのだから少し怖いな。
エスペランサが希望神ホープだということはさすがに知らないとは思うが、普通の人ではないということくらいは分かっているかもしれない。
「ええと。……ヴァーユ先輩、アイライーリス先輩も気を付けて。特に寒い場所ですので」
「……」
「うん、ありがとうね。リンセル嬢」
ヴァーユ先輩は返事をしなかったが、それをフォローした感じになったアイライーリス先輩であった。
それにしても険しい顔だ。本当に大丈夫なんだろうか?
「……んー、そろそろ行かないとだね」
「そうだな」
今日の夕方には、アイゼルの住んでいた「レジリナ」に到着しておきたかったりもするが、さすがに無理か。
「鍛冶屋に献上する剣はできたか?」
「ばっちりだ。帰ってきたら、今度はアイゼルと今度は旅にいこうか」
どうも、最近はずっと魔剣鍛冶の方ではない普通の工房の方に籠りっきりだったらしく。
元気はなさそうだが、来てくれたんだから感謝はすべきだろう。
「……さて、行くとするか」