080 真実
クライマックス……のはず。
「エスペランサ、いたいた」
「んぅ? どうしたんですかシルバさん」
エスペランサは、食堂近くのベンチで本を読んでいた。
何を読んでいるんだろう、とのぞき込んだら魔術書である。
この世界には魔法という技術があるが、魔術という概念も太古にはあったらしい。
しかし、それが失われて今は魔法しか残っていない、らしい。
「さきほど、古代魔法を使っていましたね」
「ん? ということは、俺とランの喧嘩を見ていたって事か?」
「ええ、だって私が与えた力ですもの、そばで見てみないと、分からないでしょう?」
その言葉に、俺は違和感を覚えてしまう。
ん? エスペランサが、俺に与えた力?
古代魔法? あの、頭の中に入り込んできたあの呪文のことか?
「ここでは他の人に訊かれてしまう可能性もありますし、場所を移しましょうか」
「おう……。エスペランサ、君はいったい?」
「それも、外で話をしましょう」
そういうと、エスペランサは俺の手を引いて進む。
向かう先は、学園の外……ではなく。
学園の門の近くにあった、校舎裏だ。
「ここなら大丈夫でしょう。人は寄りつきませんし」
「えっと、エスペランサ?」
俺が彼女に問いかけると、彼女はふふと笑った。
「まだ気づいていないのですね。たくさんヒントは与えたはずなのに」
「ん? 何の話をしているんだ? エスペランサはエスペランサじゃないのか?」
腕獣族の、と俺が言い掛けたところを、エスペランサは人差し指を俺の唇に当て、黙らせる。
その動作は、あまりにも自然で。
同時に、エスペランサの姿はどことなく大人びて見えた。
「おかしいと思いませんでしたか?」
「……?」
「たとえば、私が名字を持たないことです。この世界はどんなに貧困した村でも、たとえ奴隷であっても。名字と名前というのはセットになっているのですよ」
そうやって考えると、確かにそうだ。
エスペランサは、この世界で唯一名字をあかしていない人物、ということか。
いや、今のエスペランサの話をきくと最初からないと言うことなのか?
「おかしいとは思いませんでしたか? 私が希有な存在である龍眼族の種族平均値を知っていたこと」
「……いや、博識なだけかと」
「違いますね。あんな情報が図書館にある訳ないじゃないですか」
エスペランサはこれも否定した。
つまり、……ん? ということはどこか特別な存在、なのか?
たとえば、この世界の範疇を超えた、とか。
「おかしいと思わなかったのですか? 貴方がこの世界に転生して、貴方の行動が【すべて】、正しい方向に向かっていることを。気づいていませんか?」
たしかに、それは感じた。
しかし、これは俺にとって待ちかまえている運命、とか。
そういう、何か必然的な事だと思った。
ヴァーユ先輩やアイライーリス先輩と仲良くなったのも、それが原因だと思っていた。
「何も気づいていないのですね。本当に鈍感なんですね。……エスペランサ、とは前の世界でどこの国の言葉で、なんていう意味でしたっけ?」
エスペランサ?
俺は、自分の記憶から答えを探し出す。
エスペランサ……『ESPERANZA』。
スペイン語で、意味は。
「……希望。つまり、エスペランサの正体は」
「そうです。私の正体は、希望神ホープです。やっと気づいてくれましたね」
エスペランサが光に包まれる。
光がやんで、俺が目をあけたとき。
目の前にいたのは、転生前に俺が魂の状態でみた、背の低い金髪美人だった。
……神々しい。
「なんだか、シルバさんって鈍感ですね。本当に今まで気づかなかったんですか?」
「……いや、普通は分かるはずないでしょう?」
あ、今までどおりでかまいませんよとエスペランサ、もとい希望神ホープは笑った。
うーん、なんていうか複雑な気持ちだな。
「はい。今までは私が貴方の異世界生活を頑張ってコントロールしていました。つまりはチュートリアルです」
彼女は、右手を開いて俺に見せる。
しかし、神とかって聞くと手のひらからビームが出そうだな。
「ビームなんて出ませんよ」
「うぉ」
「そのくらい分かりますよ、神の権能を使わなくたって」
もう、これだから男子は、とホープ。
しかし、その顔は本当に楽しそう。
「私は、今まであの場所で何万、何億と魂を転生させてきましたが。シルバさんの魂を一目見て、びびっときたわけですよ」
「希望神のお墨付きか」
「そういう意味です。だから、【引斥制御】も【魔武具創造】も、今回の古代魔法も与えた。ここまでは分かりましたか?」
とりあえず、だいたいの意味は分かったため俺は頷く。
ホープは、ふふとうれしそうに笑った。
「私がコントロールしていたのは、ちょうどラン・ロキアスが目覚めるところまでですね。そこでシルバさんがランさんと共闘してレイカー家の双子姉妹を救っていたなら、私はすぐにでも存在を無かったことにしたのですが」
そこでシルバさんのとった行動は違った、とホープは続ける。
「よりによって、神である私でも予想できなかった事が起こった。なぜかラン・ロキアスと喧嘩して乱闘がおこる」
「うっ」
「でも、双子姉妹が死んだらどうにもならない。だから私は古代魔法をシルバさんに教えたわけです」
まあ、喧嘩を売ってきたのはどう見てもラン、なんだけど。
さすがにそんなことは口に出さず、俺は頷く。
「おっけー?」
「おっけー」
こほん、と可愛らしく咳払いをするホープ。
「思った以上の事が起こった私は、とりあえずシルバさんに正体を伝えることにしました、ちゃんちゃんっ」
「え、滅茶苦茶端折ったな、今」
「意味のない説明は時間の無駄ですからね。ところでシルバさん、ここで2択の簡単な質問です」
手を、ちょうどピースのような状態にするホープ。
「私はこれからも、貴方の。この世界の人生に必要ですか、必要ではありませんか?」
「必要だな。これからもエスペランサとして、俺のそばにいてほしい」
俺は即答した。
ほぁ、とホープは驚いたような、うれしいような変な顔をする。
俺が即答するとは思っていなかったのだろうか。
うーん、俺はホープが思うほどにエスペランサのことが大切だったからな。
「いいんですね? 神様がそばにいたらやりづらいですよ? 色々と」
「その神様を、どうやって操っていくのかが俺の仕事。俺の人生は、エスペランサというパーツがそろわないと始動すらできないからな」
ただし、と俺は一つの条件を提示してみる。
んぅ? と首を傾げるホープ。
「エスペランサでいるときは、神の権能を出来るだけ使わないこと、いいか?」
「はい。分かりました」
両手を広げ、俺の方につきだしてくるホープ。
いや、エスペランサか。
俺は、その意図を理解し。
彼女を、抱きしめた。