007 雪原
「ぐっ」
空から降ってきて、地面にたたきつけられたような感覚がした。
目をあけて周りを見ると、距離感がつかめなくなるほどの白一色だった。
どうやら、雪原の真ん中に落下したらしい。
そこまで考えて、俺は自分の呼吸を確認した。
身体を作り変えられているとは言え、ここは異世界『アルカイダス』。
空気はあるか、または空気に有害物質は含まれていないか。
どうやら大丈夫らしい。何か胸につっかえている感覚もあるが、それも徐々に消えていった。
「よし、と」
俺は次に自分の身体を確認した。
顔などは確認できないが、身体に目立った変化は……。
あった。
手の甲に、黄緑色の鱗が数枚張り付いていた。
これが、龍眼族の特徴か。さすが龍人、といったところ。
尾などは見あたらないが、どうなんだろう。
龍神とは、流石に仕様が違うのだろうか。
立ち上がり、周りを見回す。
特に先ほどと変化はなく、津々と雪は降り積もっていく。
不思議なほどに、寒さは感じられなかった。
「と。……とりあえず、歩いてみるか」
独り言のように呟き、俺は前に歩き出す。
広大な、先の見えない雪原の、出口を目指して。
数時間後、俺は座り込んでいた。
「……終わりが見えねぇ」
地平線まで真っ白。すでに5時間ほど歩いたのだろうか、体力を消耗はしていないようだが、心が飽きたのだろう。
一度座り込むと、立ち上がる気持ちもなくなってくるのが人だ。
俺は食糧問題を考えることにした。
「……周りにはなにもなし。……いや、あれは何だ?」
俺は、白い塊がこちらに向かってくるのを視認して、身体が震えるのを感じた。
決して怖さからのふるえではないことは、分かっていた。
武者震い、という前世の東洋地方の言葉を思い出す。
俺だって、そこには3年間通っていたのだ。その国での言葉も、現地の人と大差ないくらいにまでコミュニケーションはとれるだろう。
……いや、今の俺にこのような思考は必要ない。
必要な物は、たった一つだけだ。
素手と手に入れた特殊能力で、どのようにアレに打ち勝てるか、ということだ。
目の前に現れたのは、壁かと錯覚するほど巨大な熊だった。
いや、熊っぽい生き物と判断した方がいいだろうか、白い毛は氷で出来た針山のように逆立ち、目は赤い。
牙は肉食動物のそれであり、血で赤く染まっているのが迫力を際だたせている。
体長は3メートルだろうか。のし掛かられたらひとたまりもないだろう。
……戦えと?
「……悪いが、俺も腹が減っているんでね」
無意識に、そのような言葉が口から漏れ出た。
異世界の動物が、どれほどの物なのか、調べるにはもってこいだ。
「グルゥ……」
その熊擬きは、涎を垂らしていた。
「今すぐお前を食らいつくしたい、骨も残さない」とでも言っているかのようだ。
実際、前世で俺は……武器を使っていたとはいえ、猛獣を殴り殺したこともあったような気がする。
……何年も前のことだ、それがライオンだったか豹だったか、それすら忘れかけているが。
軽くジャンプして、俺は身体がいつも通りに動くことを確認する。
身体に今までの疲労は殆ど残っておらず、空腹が目立ってきたこと以外は問題なく全回復している。
そして俺は。
うなり声をあげる巨大熊に向かって、拳を構えた。