063 魔剣鍛冶
いつもと比べて、少々長いです。
最後まで読んでいただければ光栄です!
カレル先生の準備室を出て、俺はわき目もふらず工房棟に戻った。
ヴァーユ先輩がどこにいるかなんてわからないが、彼女のオーラは幸いなことに他の人と違う。
いや、この学園はそもそも特異なオーラの人が多すぎる。
さっきカレル先生の部屋にいたランやウスギリ・ゲンやリンセルさんアンセルさんまで、全員が何らかの違うオーラを放っている。
例にもれず、エスペランサまで。
「仕方がない……」
とりあえずは工房棟だな。
今俺がいる座学棟、そこから工房棟へは距離が遠く、代わりに全ての階には連絡用通路が設けられている。
ここは2階だ。勿論連絡用通路はあるから大丈夫だろうが。
それよりも心配なことは、そこに先輩がいるかどうかということなのだがな。
正直、リンセルさんたちに引っ張られてから30分以上たっている。
しかもその時、すでに本日の最終授業は終了しているのだ。
帰っていてもおかしくないし、この学園でどんな集団クラブ活動が行われているのか俺にはわからない。
おそらくは入学式、しいてはほかの説明ガイダンスなどで紹介はされているんだろうが、俺は全て頭の中に入れていなかったのだろう。
あの時は入る気がないから不必要なのかと思ったのだが、今考えてみると必要みたいだ。
一見無駄な知識だとしても、思わぬ時に必要になるか……。
しかし、もし彼女がそれらに関与していないとしたら、この公開も必要がなくなるのだが……。
と、俺は工房棟の前で忙しなくあたりを見回している一人の少女を見つけた。
女の子にしては短く、荒削りな赤い髪の毛。
烈火のごとく噴き上げるような赤い眼。
ヴァーユ先輩はおしとやかな女の方だとすれば、差し詰めこの少女は野性的過ぎる。
俺を視認したらしいその少女は、こちらへずんずんと近づき。
不意に俺の胸ぐらをつかんだ。
「ヴァーちゃんをどこにやったの!?」
声はワイルドな外見に反してとてもかわいい。
いや、そんなことを考えている場合ではなく、一体どうしたのだろうか。
おそらく、彼女の言っている「ヴァーちゃん」というのはヴァーユ先輩のことなんだろうが。
「えーと。誰?」
「……はぁ。私の名前は【アイライーリス・ホムラ・アマテノヴァル】。この前名乗ったよね?」
半分呆れ気味に彼女は名乗った後、「で、ヴァーちゃんは?」と鋭い目を向けてきた。
ああ、先日倒れた俺をヴァーユ先輩と保療室に運んでくれた先輩らしい。
しかし、一体どうしたというのだ?
「……現在の状況が判断できない」
「は? とぼけないでよ」
「いや、今さっきまでカレル・アテラット先生の準備室にいた。なんなら確認をとってもいい」
そもそも、リンセルさんが俺の異変に気付いて無理やりヴァーユ先輩と引き離したのを、彼女は見ていたのではなかったのか。
彼女は少し戸惑ったようだが、思い出したように髪の毛をガシガシと掻いた。
髪の毛が傷つくことを気にしていないあたり、相当焦っているらしい。
「ヴァーちゃんが、行方不明なの」
「は? でも、連絡とかとれないの……んですか?」
「取れたらこんなに慌てないでしょう!?」
アイライーリス先輩がヒステリックに叫ぶ。
と、俺の手を引っ張って工房棟の方に歩き出した。
……今日は美少女に腕を引っ張られることが何だか多いな。
流行りか何かなのか?
カレル先生の部屋の次は、工房棟内の工房へと連れてこられた。
【龍眼】でオーラは感じ取れないのだろうか、【白い腕輪】を展開して説明を見るに、可能なようだ。
しかし、アイライーリス先輩もかなり特殊だからな、彼女の影響を受けて……とかでは面倒なことになる。
そもそも、なぜここまで連れてきたのかも聞かなければならないし。
「……剣を一本、打ってほしいの」
「はい?」
「私に、ヴァーちゃんを守る力がほしい」
俺、1年なんだが。
「技術も何もない、無名の俺に頼むんです?」
「……たった2分弱で魔剣を一本創り出したあなたが、技術がないなんて言わせないわよ?」
……やっぱり覚えてるのか。
でも、創るべきなんだろうか。
そもそも。魔剣を創れるほどの材料はここにあるのだろうか。
前回俺のやった方法は、あくまでもやっつけでしかない。
普通そんなことをしていたら、失敗する確率は100だろう。
俺が【魔武具創造】の能力を使っていたからこそ、あの時は可能だったのだ。
「お願い、創って。魔石ならここにあるから……」
取り出されたのは、手のひらほどの巨大な赤い宝石だった。
魔石、という限りは魔力が中に含まれているのだろう。
魔剣、は魔法で打った剣全般をさす。
仕方がない、今ヴァーユ先輩がどうなっているのか、無事なのかわからないから、創って万が一に備えたほうがいいのだろうか。
「わかりました。……剣材は自由に持ってきてください」
「はい」
差し出されたのは、なぜかわからないが脈動している真っ赤な金属だった。
手で持っていると分かる。中でどく、どくと動いているのだ。
まるで、生きているように。
「【脈動赤金】」
「……とりあえず、創ります」
俺が言うのと同時に、アイライーリス先輩が一枚の紙を差し出した。
どうやら、取引確認票らしい。
そこに書かれていた取引値段は、200,000,000イデア。
2億である。零が8つも並んでいるのが確認できた。
「いやいやいやいや!」
「いいから! 今はそんな時間ない!」
彼女に急かされ、俺はそばにあった一つの魔剣鍛冶用作業台に【脈動赤金】のインゴットをセットする。
そして傍に合った棚から、蓄魔器のチューブを作業台と繋げる。
これは頭の中に埋め込まれた記憶を頼りにやっている。
そのため、魔剣鍛冶用の作業台、それの各機能はしらないし、蓄魔器はいったいどんなものなのかは知らない。
まあ、後者は名前からして魔力を溜め込んでいるのだろうとは想像できたが。
魔剣鍛冶には、剣を鑿で叩く必要がない。
魔力で形を作る。
魔力で能力を宿す。
魔力ですべてを、創り出すのが【魔剣】なのだ。
作業台には、正五角形の模様。頂点部分には小さな穴。
五角形の真ん中に大きな窪みがあり、適当な場所にインゴットを入れると同時に、蓄魔器から魔力が流れ出す。
そして、頂点の小さな穴から少しずつ青色の魔力が流れ出し、インゴットを溶かしていく。
すべて融け終わったら、次は魔力が黄色に変わった。
真っ赤な【脈動赤金】に、黄色い魔力が振りかけられると同時に、わずかな虹色の火花が散る。
「……綺麗……」
となりで、アイライーリス先輩の感嘆した声が聞こえた。
確かに、美しい光景だ。
しかし、美しい薔薇に棘があるのと同じで魔剣はそもそも危ない代物である。
この後が俺の仕事だ。
頭の中で思い浮かべた魔剣の形を、5つの穴から流れる魔力の量を調整することによって少しずつ調整していく。
まあ、この場合先輩が望んでいるのは両刃剣であるから、多少ざっくばらんに作ってしまってもいい。
緑色の魔力が、俺のやった少々荒削りな魔剣の形を整えていく。
ゆっくりと、しかし目に見える変化を先輩は惚けたような顔で見つめていた。
「……これが、魔剣鍛冶」
形が整うと、次に俺は先輩から受け取った真っ赤な魔石を作業台の上にのせるごとく、落とす。
魔石は落下の途中で減速し、完成途中の魔剣から上に5センチメートルほど離れた空中で静止した。
魔力の色が赤に変わる。
紅い魔石を、これまた赤い剣の柄部分に融合するよう、ゆっくりと降りていく。
柄の部分が僅かに広がり、魔石が剣に触れると周りの部分が包み込むように動いた。
融合したのと同時に、魔剣から火が噴き出し、魔剣が宙に浮いた。
朱色(ヴァ―ミリオン)の焔が龍のように。
二重螺旋を形作る。
そして、二重螺旋は全て魔石に取り込まれ。
5つの穴から流れ出す魔力は紫に代わった。
「完成した……な」
俺は宙に浮いたまま、紫の魔力に支えられて鎮座している魔剣を手に持ち、重さを確認する。
女性の腕にも馴染みそうな柄。
全体的に紅い、というよりは全てが赤だった。
俺はそれを、アイライーリス先輩に渡す前に。
形に合いそうな鞘を選び、収納して不備がないか確認する。
不備はない。完成である。
「どうぞ」
「……できた?」
俺が頷くと、先輩は少しだけ心配そうにそれを受け取り、鞘から抜き放った。
煌々と燃え上がる聖火を、掲げているようなイメージが頭の中に湧き上がる。
「この魔剣の名前は?」
「……【守護者の炎】」
さあ、魔剣は完成した。
はやく、ヴァーユ先輩を探すとしよう。
ありがとうございました!