006 異世界へ
「どちらにも最善を尽くしますよ」
俺はそうやって話し終わると、運命神スロツ=トールの顔をみた。
相変わらず面倒くさいといったような顔。その表情に変化はないが、目がかすかに光ったような気がした。
もっとも、気のせいだったらしくその後は何の反応も見せてくれなかったが。
「そうか、それなら楽しみだね」
「それなら構わん」
2柱も納得してくれたらしい。
俺がほっと息を吐くと、2柱の神は俺に手を差し出す。
「俺のは魂の構造を作り替えるから、少し痛むかもしれないが我慢してくれ」
物騒なことを言ったのは、龍神だった。
どうやら、神の力という超常現象で魂の情報を改竄してくれるらしい。
「失礼」
龍神の差し出した、鱗付きの手が俺の腹に食い込む感触がした。
ぐっと息が詰まるその間に、銀色の光が閃く。
これ、差し出す威力ではなく完全に殴られている気がする。
まず、最初に胃の中をミキサーでかき回されているような、別次元の違和感を覚えた。
痛みはないが、とにかく気持ち悪い。魂に嘔吐する機能がついていないのは不幸か幸いか。
次に、身体を抵抗に電気を流しているような一瞬の痛みに何度も襲われた。
断続に続く痛みは、頭から足のつま先に及ぶ。
さらに、回数を重ねるほどそれは威力を増し。
「……っ!」
心臓が貫通したかと錯覚するほどの痛みが走り、思わず息を詰まらせる。
一体これは何なのか。ふらつく頭を振って意識をはっきりさせると、ぼやけた視界の先で龍神と鍛冶神が驚いた顔をしていた。
「……耐えられるとは予想外だな」
「そうじゃな、儂も驚いた。……魂が欠けるかと思っていたのじゃが。まさか……」
何の話をしているのか、さっぱり分からないという。
そして龍神は俺を見やり。
「うん、おけ」
なにがOKなのか、はたまた神がそんなに軽い言葉を発していいのかと疑問が渦巻く中、彼は笑った。
その顔は、誇らしげでどこか眩しかった。
変なむず痒さを感じ、俺は首を振って鍛冶神ヘーハイスの方に向き直る。
ヘーハイスは、何か困ったようなそれで居て驚いたような顔をして俺を見つめていた。
「そうじゃな、……龍眼族で鍛冶師は一般的な職業の一つでもあるから、中々にラッキーかもしれん。……しかし、魂にいっさい欠けがないのは……」
と、なにを言っているのかさっぱり分からない内容をブツブツと呟き、俺の頭に杖をかざす。
緑色の宝玉が、柔らかな光を放つ。
「そうじゃな、欠けを補完する方法ではなく……魂をコーティングする方法にしようかの。アグルスもそれで良いな?」
「しかし、その場合だと能力が強くなりすぎないか?」
「構わんじゃろ。龍眼族の未来を背負う者だからのぉ?」
結局この神たち、俺のことを思っているのかどうなのかよく分からない。
人間を超越した何かであることは確かなのだが、神にもやはり個性という物はあるのだろうか。
「む、終了したぞ」
「おけ。後は転生するだけだね」
やっと終わったらしい。
俺はここを離れてもう一つの人生を歩むだけか。
「俺たちは、君に対して何かを強制することはないだろう。ただ、世界『アルカイダス』では君の思い通りにならないことが多々ある」
それは分かっていた。
前の世界でも、俺は理不尽な戦いの最中にいたのだから。
「正義」と「正義」が衝突しあう、そのような戦いに従わされてきた。
その中で生き残れなかったのは、俺の心残りだろう。
好きな人を、あの世界に残したままだということも。
「しかし私たちは、貴方が大人しく世界に順応するなど期待してはいないのです。【掟破り】な存在として、貴方を送り出す。最後に、何か必要な物などはありますか?」
ホープにそう言われ、俺はしばし頭の中で考える。
しかし、特に見つからなかった。
何とかなるさ、の精神が動きだし。気づけば俺は、首を振っていた。
それを見て4柱の神々はうなずき、俺を取り囲むようにして立った後に目を閉じて何かの呪文を唱える。
次の瞬間、視界が真っ暗になって俺は重力を感じ。
地面に落とされていくような感覚がした。