058 保療室
保健室ではございません。
最後まで読んでいただければ光栄です。
目を開けると、そこは白い天井が映し出されていた。
周りを見回してみると、簡易カーテンに……白いパイプベッド。
……保療室らしい。薬品のにおいがわずかに確認でき、無性にむなしい気分になった。
と、俺は自分の手が誰かに握られていることに気づく。
「……エスペランサ?」
「っ……!? シルバさん、起きたんですね!?」
うとうとしかけていたのだろう、弾かれるように起きあがったエスペランサは俺が起きたことを確認するなり、保療師を呼んできた。
この学園、前世で言う保健室の先生ではなく、プロを呼びにこれるあたりどのくらいの金を国がかけているのか分かると言うものだ。
連れてきた保療師さんは、俺の体調を確認しながらいくつかの質問を。
俺の、喧嘩が終わってからの記憶が曖昧なことを確認すると。
俺に簡単な説明をしていく。
ヴァーユウリンス・ヴァン・フロガフェザリアス先輩とアイライーリス・ホムラ・アマテノヴァル先輩が俺を連れてきたこと。
どうやら、体の中の魔力を使い果たしたせいで俺が意識を失ったこと。
……何よりもまず、先輩方の名前がとても長い。
次に、魔力を使い果たすと意識を失うんだな。しらなかった。
「彼女たちの話では、魔武具を数分で創ったそうだが、本当か?」
俺は首を振って「勘違いじゃないですか?」と答えた。
実際、あのときダメ元で創った魔剣鎌はポケットの中に入っている。
大きさは本当にナイフだ。4段階に折り畳め、それによって能力が変わる。
処女作が急造、というのも中々だがまあ良いだろう。
創ってみただけだし。正直半信半疑だったからな。
【魔武具創造】……確かに恐ろしい力だ。
俺には職人の手馴れなど必要ない。
鉄はそばにあったパイプで代用、作業台は打ち捨てられた学習机で代用。
必要な魔力は自分の身体から。やはり魔武具の大きさによって使用する魔力は変わってくるため、ぎりぎり身体の物だけで間に合った。
しかし、それで枯渇してしまったせいで意識が飛んだのだろう。
俺は、ヴァーユ先輩と何を話していた?
意識が飛んでいて、思い出せないが……。
彼女の隣には、活発そうなイメージを受ける少女が何かを叫んだような記憶がある。
しかし、誰かは分からない。説明によるとアイライーリス先輩なんだろうが、何を言っていたのか思い出せない。
「君は、自分が異常だと分かっているのか?」
「それは重々承知しております。……龍眼族ですから」
俺は無理矢理立ち上がり、そのまま保療室を出て行く。
後ろから抱きしめられ、俺の足はしかし止まる。
エスペランサだ。
「……やめろよ、エスペランサ。好きな人が別にいるんだろう?」
「そんなこと。……今は関係ないです」
今はシルバさんが心配なんです、とエスペランサは言い切る。
俺は少し困った。 うれしい、という心と申し訳ない心。
そして、少しの訳の分からない怒り。
決してその感情はエスペランサに伝えてはならない。
「約束してください、もうこんな無理なことはしないって」
「無理なことって……?」
「正規の方法で魔剣鍛冶を行ってください。無理にやって体をこわしたら元も子もないのです」
俺は頷いた。
さすがに今回のやり方は少々まずかったかもしれない。
素直にそう考え、俺は彼女に同意の意を示す。
と、手が緩められて俺は振り返ることが出来た。
エスペランサは、泣いていた。
俺の顔を見て、頬をさわって。
弾かれたように俺から手を離して。
「ごめんなさい」
少女は謝った。俺に対してか、何に対してか分からない。
しかし、ただただ彼女は悲しそうに笑っていた。
「本当は私……」
「シルバくん大変大変!」
声がして、リンセルさんがこちらに走ってきた。
その顔は必死そのもので、かなり焦っているようにも見える。
そして、その間にエスペランサは俺から離れていた。
リンセルさんは、はぁはぁと息を切らせながら俺を見上げる。
「ラン君が……ラン君が……!」
「ランがどうしたって?」
息も絶え絶えながら、リンセルさんは言葉を紡ぎ出す。
「ギリス・ランレイに決闘を申し込まれた」
俺にはそのギリス・ランレイがどういう人か知らない。
しかし、リンセルさんの口調とその焦りようで、事態が緊急であることは知った。
「あのさ、俺その人のこと良く知らないのだが」
「械刃族で金持ち。自分の手に入れたい物はすべて手に入れる性格。……どんな手を使ってもね」
その「どんな手を使っても」が、底冷えするような声で発せられるのをきいて、俺は背筋が凍りそうになった。
そもそも、なぜそんなことになったのか聞いてないんだが。
「それは私も分からないの。でも、ほら!」
俺がリンセルさんに引っ張られた場所は、入学試験の時に戦った闘技場だった。
……って、席が半分以上埋まっているばかりか学園長までいらっしゃる。
そんなに大きな物なのか?
……ああ、決闘か。
「決闘のルールって、龍眼族と私たちで違ったりする?」
「一応説明を頼む」
俺は何も知らない。
知るはずがない。
知っていたらそれでも結構問題?
いや、やはり本を読むことで得られる知識とかわいい女の子から聞く知識って違うと思うのだ。
……あれ、何の話をしていたんだっけ。
「わかった、説明するから聞いてね?」
リンセルさんは、そういってため息をはき、話し始めたのだった。
御読了感謝です。
シルバは勝手に歩かせてるので時たま作者である私の想像に反して暴走する場合がございます。暖かい目で見て、暴走し始めたと思ったら感想欄で優しく注意をしてあげましょう。
よろしくお願いします。