005 引斥制御
「……という訳なんだ。次はちゃんと聞いてくれたかな?」
「……とりあえず、龍眼族が神話にも登場するほどの種族で、世界『アルカイダス』の最初を生み出したって言うのは分かった」
これまた龍神の話は長い。
自分の管轄である種族なのかどうかは分からないが、体感時間はだいたい1時間くらいだろうか。
長い。とにかく長い。
「ふむ、魂なのに意識をとばせるなんて、君はおもしろい存在だね」
「知りませんよ」
簡単に要約してしまえば、龍眼族は8種族のなかで一番膂力が強く、耐久力もある。
魔法も使えるが、それは普通の魔法とは違う古代魔法と言うものを好んで使う……と言うことらしい。
魔法の「ま」の文字も前の世界にはなかった俺に、普通の魔法と古代魔法の違いなど分かる筈もないのだが。
「まあ、説明も終わったところで俺の交渉条件を。差し出すカードは『転生後の種族を龍眼族にする』こと。代わりに『龍眼族の存在を、アルカイダスの確固たる地位に定めてほしい』」
「生きている間に?」
「生きている間に」
俺が疑問を持ちながら訊くと、龍神は頷いた。
「もちろん、食物連鎖の頂点に君臨しろとかっていう意味じゃないよ。龍眼族は一般的には知られていない、簡単に言えば隔離されている種族なんだ。一応データは残っているが、住処に誰も用事がない限りは寄り付こうとしないし…。そんな状況を打開してほしい」
……正直言ってもいいだろうか。
恐らく、この交渉はハイリスク&ハイリターンを極めていると思う。
……と。
「そちらは?」
「私? 私は魂が、幸せに次の人生を送れるというのなら何だって構いませんよ」
希望神は理想的な返事をしてくれた。
どうやら、運命神のスロツ=トールは無関心。
鍛冶神のヘーハイスと龍神アグルスは条件を飲んでほしい。
そして、希望神ホープは俺のことを考えている……といった感じらしい。
さて、これからどうするかが問題だ。
そもそも、条件を出した2柱のリスクが俺には分からない。
死ぬ前は、誰かの指示に従って動いた。
それは親でもあり、親友でもあり、はたまた教師でもあり、権力であり。
しかし、この神たちは、俺に自由をくれるという。
自由、それが一番怖いものだと俺は聞かされていた。
自分はなにをしてもいい、しかし、責任は自分で取らなければならない。
「……どうするんです?」
俺は、ホープの顔を見つめて我に返り、自分の探していた能力を求めて一覧をめくった。
「……これでお願いします」
「……【引斥制御】? こんな能力、なにに使うおつもりなんですか?」
俺が選んだ能力を希望神ホープは、訝しげな顔で反復した。
こんな物なにに使うのか、とでも言いたげな目。
実際に口に出して訊かれたが。
その能力は、読んで字のごとく『引力と斥力を自由自在に操る能力』だ。
「俺にとっては一番使いやすい物なんですよ」
前世は、この能力を使っていたのだから。
とはさすがに言うわけにも行かず、不敵に笑いを浮かべることでそれ以上の質問をシャットアウトする。
希望神は困ったように考え込んでいたが、数分後に頷いた。
「分かりました。貴方が純粋な力の使い道を選び、正しく能力を使ってくれるのを信じましょう」
と、不意に。
希望神は、俺の心臓あたりに手を置いた。
思った以上に小さな手だ。
きめ細やかな肌の指先が、金色に光ったと感じたその瞬間。
「はい、終わりました」
パッと手を離される。
特に違和感などは身請けられなかったが、ほかの神たちも渋々ながら頷いているところを見ると、どうやら譲渡は完了したらしい。
「……特に変わったことはなさそうだが」
「そうですね、こんな場所で引力を生み出されると困るので、転生するまでは封印です」
どうやら、ここで魂だけの存在である俺に好き勝手されたら困るらしい。
そんなことを考えていると、いつの間にかほかの2柱は俺に詰め寄っていたようだ。
口には決して出さないが、無言のプレッシャーが生前で感じたどんなことよりも重く俺にのし掛かる。
「……わかりましたよ。……どちらの条件も飲みます」
「はっ?」
「はっ?」
鍛冶神ヘーハイスと龍神アグレスが同時に、虚を突かれたような顔をした。