046 侵入者
長らくお待たせいたしました。
とりあえず。数日間は不定期で更新していこうと思います。
大学に入ってから毎日更新は多分できないので、週3くらいを予定しています。
寝室の場所も決まり、俺は自分の部屋に設置されているベッドに倒れこむ。
決して身体的に疲れたという訳ではないが、いろんなことがありすぎて困った。
ラン・ロキアスの正体や、この寮にどう見ても女子の方が多いこと、残り4人のことなど。
ベッドの感触は最高で、少しでも気を抜いたら眠れそうだった。
俺は明日の行事を確認し、眠りについた。
目が覚めたのは早朝だった。
早朝、というよりは未明に近く、太陽すら昇っていない。
窓の外を見つめても薄暗く、特に何か特別なものがあるという訳でもない。
俺は起き上がると、着替えを済ませて1階に降りる。
誰もいないはずの静かリビングだが、何かが動いているような気がする。
なんといえばいいのだろうか。気配がする。
「……誰だ?」
もしくは「何だ」か。俺はそんなことを考えながらも決してその気配のする方向から目をそらさなかった。
まさか、入寮2日目からなにかトラブルが起こるだなんて予測できないだろう。
幸い、俺は戦うのに何か武器が必要という訳で半句、拳さえあれば何とかなる。
他は、【腕輪】の個人特定情報があれば、腕力的にかなわない相手だとしても【引斥制御】でとりあえずは何とかなる。
この世界の魔法概念にはそれほど詳しくないが、とりあえず龍眼族という種族の能力と、神々から与えてもらったいくつかの能力でこの場はやり過ごせそうだが。
ピタッ、とその何かの動きが止まった。
こちらがいることに今になって気づいたらしい。
もう少し、警戒を強めたほうがいいと思ったのはおせっかいか。
「……んぅ」
声が聞こえた。押し殺しているのか、普通の人には聞こえないような小さな、蚊の鳴くような声だっただろう。
しかし、俺はその声が聞こえた瞬間、「それ」に飛びかかっていた。
それが危険なものならば、即処分するつもりでいた。
その暴れる何かを組み伏せ、自分の目が薄明かりに適応できるまで待つ。
「んっ!?」
しかし、俺は。
その組み伏せた対象を視認すると共に、驚きで何も言えなくなっていた。
きめ細やかな白い肌。
すらりと伸びた肢体。
起伏ある体つきに……。
紅蓮のように真っ赤な髪の毛。
髪の毛はツーサイドアップにまとめられており。
そして猫のように吊り上がり、金色に光った眼。
俺は目の前に広がる光景を、信じられなかった。
夢に違いない、と思わざるを得なかった。
ありえない。こんなことがあるはずないと自分に言い聞かせたい。
しかし、目の前。
灼髪金眼の少女は、俺を見て戸惑ったように笑った。
その笑い声は、ほんの数週間前。
俺が前世で聞いていた、もう聞くことのない声。
「……華琉……?」
俺は、自分の目の前で、俺を見つめる彼女を口を開けたまま見つめていた。
彼女の名前は南雲華琉。
前世での俺の……関係は何だったか。
いわゆる友達以上恋人未満のような関係だった。
「なんでこんなところにいるんだ? なぜこの世界にいる?」
「特に意味はないけれど。……そうだね、ダウンファール君のことが気になった、って言ったらダメかな?」
あ、名前が変わってシルバ君になったんだっけ、と彼女は朗らかに笑う。
その笑顔は一切の屈託なく、しかしどこか儚げだった。
「べつにかまわないが、やはり気になるな」
「うん、それは知っているけど、私が話すわけにはいかないし。……ミステリアスな女の方が……きゃっ?」
本当に無意識だったが、俺は彼女を押し倒していたらしい。
彼女の吐息が顔に当たり、理性の箍が外れてしまったのか。
それとも、この胸の内に秘めていた、自分でも把握し切れていない気持ちが爆発してしまったのか。
とにかく、気が付けば俺は彼女の手を拘束したまま彼女の上にいた。
「……ふふ、シルバ君ったら」
華琉は、一瞬だけ戸惑ったように瞳を揺らしたが、すぐに落ち着いた様子で俺の手を払う。
そして何をするのかと思えば、俺の首に手をまわして引き寄せたではないか。
「シルバ君は、本当にさみしかったのね」
「……さあな」
ふふ、と彼女は笑う。
「シルバ君のこと、私が分かっていないとでも思っていたのかな?」と、彼女は言葉をつづける。
「本気で、まだ強がっているつもりなの?」
「……っ!」
次の瞬間、俺は彼女の唇を奪っていた。
彼女の柔らかい感触を、啄むように吸う俺を彼女は無言で受け止めていた。
「……っはぁ。……満足できた?」
「……何とか、かな?」
自分で決めないと、と彼女は笑う。
「自分の気持ちはあなた自身が決めるものなんだよ?」
上気した頬は桜色。しかしその目の煌めきを、彼女は一切失わないまま俺を見た。
美しかった。
「……で、いつこの世界からいなくなるんだ?」
「気分かなぁ? ……そんなさみしそうな顔をしないの。……貴方は顔もいいし、性格もいい。すぐに私なんて忘れて新しい彼女ができるでしょう?」
物わかりの悪い弟を諭すような目線で彼女は笑う。
すこし恥ずかしくなって、俺は顔を俯かせた。
が、彼女に頭を抱えられ、その豊満な胸に押し付けられた。
「……本当、姿かたちは変わっても中身は変わってないね」
「余計なお世話だ」
「ふふ、そういう貴方も貴方らしい……」
と、何かを口の中に放り込まれた。
楕円形でわずかな匂い。
何かの錠剤だ。俺が慌ててそれを吐き出そうとするも、水を口に含んだらしき彼女に唇を塞がれ無理やり呑み込まされた。
「……そろそろ行かなきゃいけないから、ごめんね」
「なんだよ……これ」
「ただの催眠薬だよ……? 大丈夫、何もしないから……」
彼女の声は、震えていた。
泣きそうな声で、そういって。
俺は、意識を失った。