044 寮内散策
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件のラン・ロキアスは、俺を見ると口角の端を吊り上げた。
しかし、そんなことをしてもまったく顔の良さは失われないというのだから驚きである。
正直、腹が立って仕方がないが、俺はさも初見のように挨拶をした。
「……うっす」
「何日かぶりだな、龍眼族の人」
「シルバ・エクアトゥールだ」
「おっと、ありがとう。俺の名前はラン・ロキアス」
すでに知っていたが、俺は頷く。
ところで、俺は野郎よりも後ろにいる緑髪の少女に気があるのだが。
と、俺の視線に気が付いたのか少女が一歩前に進んで名乗った。
「リンナアイデル・パン・リーフだよ。リンって呼んでねっ」
「……はーい」
それにしても既に6人か。
こう考えると、この寮はそんなに広くない。
しかし、問題なのは圧倒的男女の比率差である。
現在、男2に対して女は4。
少し、男子が少なすぎないだろうか、大丈夫なんだろうか。
しかも、まさかラン・ロキアスっていうのがな……。
リンセルさんやアンセルさん、それにエスペランサが自己紹介をしてロキアスは輝くばかりの笑顔を女子陣に向ける。
「この1年間、よろしく。……俺、健忘で記憶がないから、色々教えてくれると助かる」
記憶喪失……ねえ。
胡散臭いな、信憑性に欠けていそうだが。
「ところでシルバ、お前はどこからの出身だ?」
いきなり呼び捨てか、馴れ馴れしいな……。
コミュニケーション能力があることは認めよう、顔もいいことは認めよう。
……自分で言ってて、腹が立ったんだがどうすればいい?
俺はとりあえず、エスペランサの出身地をこたえた。
さすがに『地球』という異世界から転生してきました、なんて言えるわけがないだろう?
それにしても、エスペランサ。
謎が多い割に、俺の言うことを簡単に信じる……。
何かが心のどこかに引っかかっていて、うまく言葉にできないが、なんだろう。
……本当はとんでもない存在なのではないか、という疑問がなぜか芽生えた。
つまり、勘である。
「ああ、言い忘れていたけど俺は醒眼族だ。そこんところよろしく」
何が宜しくなのかよくわからないが、ラン・ロキアスはそういうとリンさんと部屋を出て行った。
リンセルさんの方に視線を戻すと、何かアンセルと話し込んでいる。
どちらも深刻そうな顔をして額を寄せ合い話し込んでいるところを見ると、俺たちには関係のなさそうな話しである。
……俺に関係ないことには極力首を突っ込まない、それが先決だろうか。
まあ、実際こうやって同居人になっている時点で、俺と関係はあることになってしまうのだが。
「俺たちも少し寮を回ってみるか、エスペランサ」
「そうですね、おそらく部屋は決まっていないでしょうし、その辺も考慮したほうがいいかもしれません」
「それにしても、広いですねこの部屋……」
「そうか? 別にそんなことはないと思うが」
特に何の変哲のない部屋が10部屋。それが各個人の寝室になるんだろう。
1階には3つの個室、そのほかにリビングやらダイニングキッチンやらが備え付けられている。
この寮、というか『都市国家ポラリス』の中心部は前世の世界、その生活と変わらない。
寝室の中も、机が一つとベッドが一つの簡素なものであり、その他は自由に持ち込みが可能だそうだ。
「私の部屋よりは明らかに広いですよー」
「……俺はどう反応すればいいんだ?」
俺が返答に困っている間に、彼女は部屋に入るとベッドの感触を楽しんでいた。
確かに、柔らかそうな感触だ。エスペランサがキラキラと目を輝かせているくらいなんだから、相当肌ざわりはいいんだろう。
新品のシーツのにおいがする。確かに、ここなら大丈夫そうだな。
「あの、今日から別々の部屋ですね……」
「……そうだな」
エスペランサが顔を俯かせたため、俺は彼女の頬を両手で挟んで俺の方に顔を向かせる。
少しだけ驚いたような顔をするエスペランサに、俺は話しかけた。
「流石に、今までの行為は結構マズかったと思うんだが?」
「でも、……シルバさんは私に手を出しませんでしたから」
別にそういう訳ではないんだが。
ああいう感じのことが他の大人に知られたとき世間体が悪くなると思うんだが。
そうか、エスペランサは気にしないか。
「……でも、精神的に俺に依存してしまっても困るだろう」
「そうですね、それもそうですけど……」
エスペランサは、この数週間俺と旅をしていた時に思っていたことを口に出した。
何か安心できたこと、暖かい気持ちでずっと居れたこと。
そして、いつの間にか俺を慕っていた、ということ。
「……まあ、正直そんな気持ちを語られても困るが……」
「え……?」
「エスペランサは俺の命の恩人だからな、エスペランサが居なかったら、俺は路頭に迷って今頃は死んでいたかもしれない」
「でも、シルバさんがあの時助けてくれたから……」
あのとき……か。
なぜ、俺はあの時エスペランサを助けようとしていたんだろう。
「あの時は……身体が勝手に動いてた。別に助けようと思ったわけではない」
「……それが、シルバさんの本質ではないのですか?」
そう俺に訊いたエスペランサの目尻には、わずかにだが涙が溜まっていた。
御読了感謝いたします。