275 断罪と殺意
男を一人、気が立ってミンチにしてしまった。
魔剣でばっさり、だ。亜空間に帰って行く緑色の魔剣を見つめながら、俺ははぁと息を吐く。
あっさり人を殺してしまったというのに、その行動に心は動揺すらなかった。
ましてや嫌悪感は掻き失せ、断罪を楽しんでいるようにも感じられて自分が分からなくなる。
「……し、しるばくん、この、この肉塊は?」
アンセルは何もみていない。悲鳴すらしなかったのだ。
あったのは、剣が肉を切り裂く音と、肉がべちゃっと落ちる音だけだ。
彼女は、この肉の正体が先ほどまで彼女を襲おうとした男だと言うことを、しらない。
「ただの魔獣だよ。進入してきたんで、魔剣のテストがてら切り刻んでみたんだ」
俺は、自分が思ったよりも数倍明るい声がでたことに気づいた。
魔剣、いやレウスと一緒に開発したため技魔剣とでも証するべきだろうか、【大地の鎖鋸】は、個別としての初めてのお仕事を完遂したわけである。
鋸は3つ、それぞれがシュレッダーの役割を示すように回転しており、一撃の斬撃あっても数回分の扱いとなる。
更に恐ろしいところは、それが用途によって横に拡張されることだろうか。
ミンチにはし易い。
アンセルは薄々気づいているようだが、何も言わなかった。
現実逃避したいのだろう。その気持ちは良く分かる。
自分の恋人が、人殺しをしていたと考えたくはないのだろうな、とは思う。
「帰ろう」
俺は自分が悪いことをしたとは思っていない。自分の愛する人が襲われそうになって、ふつうなら恋人にしかさわらせないような場所を無理矢理やられたら、俺は絶対に許さない。
ただ、それだけのことだ。
「帰ろう」
肉は必要ないため、下水道にぽい。
アンセルに肩を回してもう一度声をかけると、俺は振り返ることなく学園の路地から去った。
証拠は何もなく、見た人は誰もいない。
凶器は見つからない。
「……やりすぎです」
「関係ないよ。俺にはね」
彼女には俺が、恐ろしく冷酷に映ったことだろう。
人を殺しておいて、まだ笑っていられるばかりかいっさい動揺していないのだから。
「見ちゃった」
屋上で、一人の女子生徒が下を見つめていた。
名前はヒョウガ。元傭兵であり、今は半傭兵と言ったところだろうか。
ガイザー・アガグについてきた彼女は、とりあえずは学生の皮を被って内情を調べていた。
一見するとかなりすばらしい学園だ。施設も充実している。
しかし、一部を除いて生徒が問題である。
特待生はほぼ無料で授業および生活料が支給されるが、ほとんどはやはり貴族や名家が多い。
そのほとんどが、ここポラリスを囲む3国のものであるのが現状である。
「生徒は腐ってますね」
ヒョウガは、シルバの行動……殺人行為を目撃しても、何とも思わなかった。
自分だって何百人と殺してきた、傭兵である。
金や利益があれば、正義漢だろうと何だろうと殺してきたし、今頃その行為についてとやかく言うことはできない。
しかし、彼女が気になったのは彼の動機であった。
女の子を庇ったように感じられた。
もしかしたら見間違えたのかもしれないが、おそらくシルバという龍眼族と近くにいた銀髪の美少女は付き合っていたのだろう、と考える程度のことはできる。
ヒョウガは、ヒョウリと違って最初から愛情も忠誠心も理解できている。
だから、愛情がゆがんだ物として現れたことを理解することができるのだ。
「……おこらせないようにしないと」
このタイプは、身内にとことん甘くて部外者に厳しいタイプだ。
ヒョウガはしっかりと目標の人間を判断した後、ふっと軽く笑ったのである。
その笑顔は、雪の精のような。
美しく、愛らしいものであった。