002 神と魂
『……ァール……ウンファール……』
声が聞こえた。
『……でしょう、……からを……』
『しか……けん……』
『さいあ……うん……ない……』
声は複数。
確実に複数だと判断できるのは、それが四方から……俺を取り囲むようにして声の発生源があるからだ。
…ちょっと待て。
俺は生きているのか? なぜ、意識がある?
自問自答という、終わりのないループに耐えきれなくなり、俺は目を開けた。
「お。目を覚ましたか、魂」
「……たま……しい?」
意識ははっきりとしているはずなのに、視界がはっきりしない。
そもそも、ここが何処かすら不明。
光が充満しているような感覚。無臭。音も人の声だけであり、詰まるところ。
不鮮明な事項が多すぎる。
そして、数秒後に視界がはっきりしたあと。
目の前には……。
「ちょっと、その言い方はないですよ」
背の低い金髪碧眼の美人。特にそれといった特徴はなく、ただただ美人であることが伺える。
「はぁ、めんどくせぇ」
機械的な身体にスロットマシーンがついたような、独特の容姿をした銀色のロボットらしき物体。ロボットにしては声に違和感がなく、人間臭い印象を持つ。
「うむ、意識は取り戻したようじゃの」
深く栄え渡る、緑に染まった髪の毛の、巨大な杖をついた老人。巨大な杖の先には緑色の、金に換算すればどのくらいになるのか検討もつかないほど巨大な宝玉が。
「これで、少しは早く転生させられるね」
竜と人を融合させたような、人型で耳の後ろに角が生えた、青い髪の毛の青年。しっぽのようなものもチラチラと覗かせているあたり、普段想像する亜人類、といったイメージだ。
その4人が、俺を取り囲むようにして立っていた。
それぞれがそれぞれを、牽制し合っているような、また、綺麗に調和がとれているのかは定かではないけれど。
「状況が把握しきっていないようだの。お主、儂の声が聞こえるか?」
最初に口を開いたのは、黒い着物に身を包んだ老人だった。そう、巨大な杖を手にした老人である。
俺は発せられた言葉に対して頷く。
……と、ここで俺は違和感を覚えて自分の身体を見下ろした。
最初に思ったことは、傷がない。
俺は戦場で命を落としたはず。自分の腹が引き裂かれ、臓物が飛び出た状態で俺は意識をなくした。
もちろん、戦場で死亡したため傷も多いはずだ。
しかし、腹に手を当てても臓物どころか傷すらない。
痛みがない、という時点で気づくべきだったか。
何年も前の、戦闘なんてしていなかった頃の綺麗な身体である。
服も戦闘服ではなく、白いローブのようなものだった。
いったい俺はいつの間に、教会の関係者になってしまったのだろうか。
「儂の名前はヘーハイス。神じゃ」
神ぃ?
俺は突然【神】を名乗った老人を見上げ、ため息をつきそうになる。
場所は場所でそれらしいが、もう少しマシな、現実味のある嘘はつけないのかと、自称神ヘーハイスの身体を観察して……。
俺は息を吐きかけた口をひっこめた。
気づいてしまったのだ。
この老いぼれと判断していた老人から、隠そうにも隠し切れていない圧倒的なプレッシャーを。
光も届かないような深淵の森、そんな極限の環境ですら生き残るような火焔の獣如き風格を。
「うむ、緊張感ある張り詰めた、いい顔になったの」
「……神ですか」
「そうじゃ。武器の担当じゃ」
武器神ヘーハイス、と言ったところだろう。
老人ではなく、老神である。
……神に年齢があるのかすら疑わしいが。
「ところで……」
「はい、独り占めは禁止です」
そこに横槍。
龍人……ではあるんだけれど、この場所に居ると言うことは……。
一歩引くようにして身体をそちらに向ける。
そこには、青年の姿をした龍神が、いた。
手の甲には青い鱗。一つ一つがナイフのように鋭く、ギラギラと輝いている。
「初めまして。龍神のアグレスだ、よろしくね?」
イメージを一言で言い表すと、爽やか系。顔は笑顔を崩さず、目は細く。
しかし、俺の目には。
巨大な虹色の龍が、彼を中心に蜷局を巻いているような。その目から、光線が放たれているような……。
そんな風に思えてしまった。
あまりにも強大な存在に、俺は無意識に顔を背けてしまう。ヘーハイスを越えるオーラだ。直視してしまうと熱線で溶かされそうになる。
「その判断が正しいと思うよ。……見ほれて熱線に目をやられた魂は後を絶たない」
思い切り物騒な神だった。
はぁ、結局俺はなぜこんな場所にいるのだろうか。
理由がわからないまま、時は流れていく。
「……俺の名前はスロツ=トール。運命を司っている」
心底面倒くさそうな口調。天を仰ぐような首部分の傾け角度。
銀色のボディに、どこか丸みを帯びているのか角張っているのか分からない形状の人型機械人形。
…結構精巧に作られているな、と思っていたら神だったという衝撃が、俺の背中を走り抜ける。
しかし、この神。
一切の威圧感を感じない。
前の二柱と比べると、一見無害のようにも感じられるほどだ。
「見くびらない方がいい。彼の胸部分で運命を本当に操作するんだから」
龍神様からの偉大なる忠告。
俺はなにも映し出されていない、胸部分の機械に視線を合わせる。
項目、という欄と、決定という欄が存在していた。
なるほど、運命をランダムに決定させていくわけか。
……適当だ。
ところで、いつの間に自己紹介合戦が始まったんだろう、俺には覚えがないんだが。
「あの……。あの!」
金髪の少女……おそらく彼女も神だろう。
長い髪の毛を膝の下、それこそ踝近くまで伸ばした彼女が、口を開いた。
「私を無視しないでください!」