171 王の夢見
アンセル視点
「明日からシルバはエスペランサさんと旅行か」
「二人旅、したかったらしくて」
準備をしながら、寮の中を言ったり来たりしているシルバさんとエスペランサさんを見つめながら、私の目の前にいるのはクレインクインです。
とりあえず、このままだと気まずいので話しかけましょう。
「あの、クレインクイン?」
「なんだか、アンセルは昔に戻ったな」
私が、クレインクインと彼女のことを呼ぶ理由は簡単、そうしないと彼女は私に反応を示してくれないからです。
そして、クレインクインが「元に戻った」というのは私の口調について。
やはり、取り繕うようにクールさを示したのですが、長い期間眠っていてそれすらもドニ戻ってしまったようですね。
「……まあ、一人の記憶を忘れているらしくて」
「都合よく?」
「都合よく」
本当に都合のいいことに、私はラン・ロキアスの存在だけを忘れていました。
今のリンセルの状態を見ていると、忘れてよかったなと思いますし、そもそもラン・ロキアスが好きになれません。
リンセルの彼氏だというのなら、リンセルを大事にするべきではないでしょうか?
まあ、これは私がリンセルの姉故、かもしれませんけれども。
「シルバは、ちゃんとアンセルを愛してくれるのか?」
「はい。……凄く、よくしてくれていますよ」
シルバさんには、感謝もしきれません。
私を目覚めさせてくれたこともそうですし、今はちゃんと私のことも相手をしてくれるのです。
今回、エスペランサさんと二人旅に向かわれるらしいですが、その代わりに。
夏休みに一回は、二人でデートを約束してくれました。
そんなことを頭の中で反芻しながら答えると、しかしクレインクインは暗い表情のまま、私のほうを見つめてきます。
その表情は、なんともまあ。
もの悲しげで、何かを訴えるような声でした。
「私のことも、愛してくれるだろうか」
「シルバさんは……うーん、どうでしょう」
愛しているかどうかは定かではありませんが、少なくともクレインクインを嫌っているということはなさそうですよね。
シルバさん、前世ではいろいろとシッパイをなさっているようですし、彼からは女好きのオーラがながれているのですが、どうも制御しているような気がするのです。
まあ、これはクレインクイン自身の問題でもあり、シルバさんはシルバさんで「自由」というものをほしがっていますから。
前世の反動なんでしょうかね?
「私が、聖国王でなく、ふつうの少女だったら……」
「身分とか、関係ないと思いますよ」
そもそも、シルバさんに聞いてみれば最初クレインクインに出会ったとき、彼は彼女のことを知らなかったのですから。
そういう意味ではないと思うのですよね。
「自由、か。難しいな、私には」
「学生のうちはだいじょうぶなのです?」
「うむ」
そういって、クレインクインは少々夢見がちな目をこちらに向けます。
普段は威風堂々としていても、結局彼女は私たちと同じ。
まだまだ、夢を見る余裕はあるのですよね。
……数年後、その余裕もなくなってしまうので、今のうちに楽しみたいという気持ちもあるのでしょうけれども。
「学生の間だけでも……」
と、次はなにやら危ないことを口走りましたね。
さすがに、これは忠告した方がいいかもしれません。
「それは、私ではなくシルバさんの決めることですから。あと、それを言うのはさすがに軽率です」
「す、すまん」
私が進言するのもどうかと思いますけれども。
さすがに、クレインクインがシルバさん大好きだってことは分かりました。
……うーむ。シルバさんにもいろいろ申し上げたいことはあるのですが、明日から居ないんですよね……。