162 オルガレオ・ウリム
「……今日は、海にはいかないのか?」
「今日はここ、『ユーニウェルシタース』で観光の予定だったけれど」
「それでもいいか。……私もいいかな?」
クレインクイン・ガラドボルグ・グライノート。
それが今、俺の目の前にいる少女の名前である。
年齢は俺と同じで、階級はたとえると月とすっぽん。
彼女は、『カエシウス聖王国』の聖王である。
「問題はないと思うけど」
「そうか、よかった。……あー、偽名のほうで読んでくれると助かる」
「俺はクインで読んでいるんだから、偽名も本名もないだろ」
「そういえば、そうだったな」
宿のロビーで、そんなことをしゃべっていると準備を終えたらしいアンセルたちが到着したようだ。
アンセル、リンセルとエスペランサという三人はクインを見ても驚かなかったが・
ウスギリとクリーゼ、リンナアイデルはその限りではなく、どう話しかけていいのかわからないと言いたげな顔で二人見つめあっていた。
「……護衛は?」
ふと、そう思って俺はクインに質問をする。
前回、俺とエスペランサが聖王国に行ったときは、異常な警戒をこちらに向けていた護衛の男がいたはずだ。
名前ははっきりと覚えておらず、グレなんとかだとは思うんだが、あの人はどうしたんだろう。
「グレイクなら、異動にしたぞ。その代りに一人……あーたいた」
クインは宿の外を覗き込むようにして身を乗り出すと、手を挙げて誰かを呼んでくる。
「失礼します」
と、静かな声が聞こえてはいってきたのは、リンセルの背ほどしかない少女だった。
寧ろ、見た目だけの年齢的には十代前半。
手の甲にある種族紋章から察するに、種族はアンセルやリンセルと同じ【異能族】だろう。
「クインセシリア様の護衛として配属されました、オルガレオ・ウリムと申します」
レオとおよびください。そう締めくくって礼をした少女に対し、俺たちはどうすればいいのか分からずとりあえず会釈を返す。
これが、あのグレなんとかさんだったら無視すればいいんだが、こういうときは反応に困る。
彼女の実年齢亜いくつなのか俺にはわからないが、なんていうか。
うーん。言葉にできない何かが、心の中でジタバタしているのはわかる。
「レオは信用できる護衛だぞ。しかも純粋な混種族なんだ」
なぜか誇らしげな顔をしてみせるクイン。
そもそも、転生者である俺には混種族という言葉の本質が分かっていない。
なんとなく、複数の種族が交わって出来たものだということは理解できるが、そうすると彼女が「純粋な」といった意味が理解できなくなるのだ。
俺の表情から、何を考えているのか分かったらしいエスペランサは、その権能を使い俺の脳内に直接知識を流し込んでくれていた、
「……」
その視線はやめてほしい。
気持ちだけではなく、中身全部を見透かされたような気持ちになってしまうから。
どうも、混種族には純粋なものと、一方に偏ったものがあるらしい。
両親が異種族である場合、
「どちらかへ完全に偏った個体」
「片方の種族の影響が強いが、混種族個体として成り立っている個体」
「丁度よく混ぜ合わされ、両方の種族特性を持った個体」
の三つが生まれるという。
これだけを聞いていると、ニホンで米の配合のようにも聞こえてならない。
とにかく、その選択肢のうち、最も珍しいのが一番最後で、国に3ケタいるかいないか、ということだそうだ。
「ええと」
「ん? どうした?」
ポラリスを囲んでいる3つの国の人口は、どれも2億を超えている。
その中の、多くても100人程度。しかもそのどれもが優秀。
「なるほどね。年齢は?」
「14です」
いきなり、女性に年齢を訊くというのもいかがなものだろうか。
そう考えはしたが、即答されたため大丈夫なんだろう。
この世界の礼儀はよくわからない。みんな、驚くほどフランクなのだ。
……それは、俺が転生者だから特別扱いされている、というのもあるかもしれないが。
「クイン」
「……ん?」
「カエシウスの、成人は何歳から?」
「21だなー。私のところだけじゃなく、ここも、オウラン帝国もだが」
……本当に十代前半だった。
大丈夫なんだろうか、正直クインの心配よりもこっちの心配をしてしまう。
「ええー?」
「シルバが、私の護衛になることを断ったからだぞ。……まあ、レオはこの歳でも実力は確かなんだ」
実力は確か、か。
でも、どうも俺の代わりみたいな言い方をする。
俺が自意識過剰、かも。自信がなくなってきた。
「できれば、【龍眼族】のシルバさんと、お手合わせを願いたいのですが」
「準備が間に合ってないんだ、今度でいいだろうか」
……せっかく昨日思いついたアイデアを、形にしてからそのことは考えよう。
今日、どこかで時間をとれるならその限りではないが。