135 意識
咳が止まらなくてまともにキーボードが打てない状況です。
誤字脱字、多かったら申し訳ないです。
クレアシモニー学園の医務室。
ベッドのシーツは白、壁は白。
ほかの要素も白、白、白な状態のなかで一人の少女が静かな眠りについている。
少女の名前は、アンセル・フレイヤ・レイカー。
リンセルの双子の姉で、ラン・ロキアスの彼女だ。
整えられた白銀の髪の毛、雪のように白い肌。
眠っているように美しい。まあ、実際眠っているんだが。
「おねえちゃん……」
すぐに助けてあげるね、とリンセルは泣きそうな顔で俺が作った【平穏】を抱きしめる。
そして意を決して構えると、さきほど俺たちが聞いたものとは違う、別の音階を奏で始めた。
音色が美しいのは変わらず、しかし前回にはなかった神々しさと、さらに増した浄化度が俺たちを包み込む。
彼女が弦を弾くたびに、音の波が視覚化されてアンセルさんを抱き上げるように包む。
この曲に、反応したのはエスペランサだった。
るんるん、と曲に合わせてゆっくりと体を揺らしている。
演奏が終わったあと、リンセルはしばらくの間目を閉じたままだった。
起き上がっていなかったら、というのが怖かったのだろう。
しかし大丈夫。俺の魔武具はきちんとその役目を完遂する。
「あら……?」
「お、お姉ちゃん」
ちゃんと起き上がっていた。
完全回復。その言葉が一番似合っているように、彼女は体に傷一つない状態で復活したのだ。
しかし、問題が一つ。
精神の傷は癒せても、傷を治すことはできなかった。
そして、記憶の欠損は直せなかった。
「ところで、ここはどこです?」
「……何を言ってるの?」
リンセルが、自分の双子の片割れを呆けたように見つめる。
どうやら、少女の記憶は……いや。
彼女の男女関係での記憶は、完全にラン・ロキアスを追い出していたのだ。
「あの、大丈夫? 私の事は覚えてる?」
「リンセルでしょう? あとはシルバ君、エスペランサちゃんに、……?」
「彼女は私たちと同じラン君の彼女で、クリーゼ・シックザールちゃんだよ」
「……ラン? 誰ですか?」
完全に、ラン関係のことを忘れているようだな。
俺個人の気持ちとしては、完全に失態でどうすればいいのかわからないんだが。
失態、というか完全な回復は無理らしい。
「……えっと、忘れちゃってるのかな」
何かのショックで忘れている。健忘かと思いつつ、リンセルは心配そうな顔でアンセルの顔を覗き込んだ。
外傷は問題ないようだ。ただ精神面も落ち着いているし、問題なのは記憶だけ。
「あのね、シルバ君がこれを作って直してくれたんだよ」
「……シルバさん、ありがとうございます。……おかげさまです」
うん、口調もおかしなことになっているような気がする。
敬語口調か。確かに声質も同じだし物静かな様子も変わりがない。
しかし、何かが違うような気もする。
どうだろう。
「うん、お姉ちゃんは元通りだけど……。ちょっとおかしいかな」
「私は元気ですよ。……ところで、私の付き合っている相手って居ませんよね」
「それは、数か月前の記憶だね」
リンセルは完全に困惑していた。
俺のほうを向いて助けを求めるようにこちらを見つめるが、すぐに首を振った。
「シルバ君は責められないね。……これは違うもの」
「いや、俺の作った【平穏】に不備があるなら」
「ううん。記憶の欠損は【傷】じゃないんだもん」
そう答えた彼女の顔は、実に悲しそうだった。
妙な罪悪感を覚えながら、しかし俺は彼女をさらにかわいそうに思ってしまう。
「ラン君がそばにいれば、いいのに」
ぼそりとつぶやいたリンセルの顔は、そそるものがありながらも涙をこらえており、妙に痛々しい。
「エスペランサ、いこう」
俺はリンセルから、【平穏】を渡されてエスペランサに話しかける。
ここは、俺の干渉する場所じゃないような気がした。
その前に、会いたくはないがランをこちらに戻さなければ。
いったい何をしているんだろう。
「なんだか、可哀そうでしたね」
「そうだな。……記憶の欠損って、周りの人が困るものだよな」
それも、ピンポイントにラン・ロキアスだけを忘れているって。
……俺としては、ざまぁみろとしか言えないんだがどうすればいい?