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――一――

 特別な力が存在し自分は特別な存在になる。魔法を使役し剣を携え仲間と共に遠い所へ冒険に出る。冒険の途中で沢山の人と出会いと別れがあり成長していく。僕はそんな夢を思い描いていた。

 もちろん、そんな夢を持つことは小中学生の男の子なら誰にだってある。しかし高校生になるとその殆どは現実を知り、そんな夢は単なる夢にしかないと理解する。

 それは僕も同じだ。僕は高校生になると超常現象の特集番組には全く興味を示さなくなった。未確認生物はただの見た人の勘違いだと思い、未確認飛行物体は何か別の物がそのように見えただけで探せばどこにでもあるような物だと思っている。

 だから僕は高校生になると真実を写す写真にのめり込んでいた。写真は正直だ。僕の見た物を正確に記録し第三者に見せる事が出来る。僕はそう思っていた。


「おい、勝見!」

 今は七月一九日の午後二時。真夏の太陽の光が嫌がらせのように降り注ぎ丁度気温のピークを迎える時間だ。

 そんな気温を無視した、とても元気な声が後ろから聞こえてきた。勝見というのは一六年間付き合ってきた僕の名前で、そうそう忘れられるものではない。そして僕の名前を呼んだのは榊原だ。僕が苗字を覚えている唯一のクラスメイトで名前は知らない。クラス替えから三ヶ月経っても僕はクラスメイトの名前を覚えておらず、かつそれに気づかれていないというある意味凄い能力を発揮している。

「おい、勝見!、何ボーっとしてんだよ。返事くらいしろっての」

「ああ、悪い悪い。で、なに?」

「明日から夏休みだからカラオケあたりに遊びに行くか?どうせこの後も写真撮りに行くだけなんだろ?たまにはつき合えよ」

「ええっと、ごめん。今日も持ち合わせがないんだ……」

 当然嘘だ。ただ単に大人数と一緒にいるのが好きではないだけだ。

「勝見、またその理由かよ……。この前も言ってなかったけ?」

「そうだったかな?覚えてないよ」

「そうか、まあ仕方がないな……。また声かけるよ、そんときはつき合えよ」

「ああ、まあ時間が空いていたらな」

 榊原は納得のいかない、という顔をしているが何とか引いて他のクラスメイトと共に生徒玄関に向かっていった。

(よし、今日は廃工場エリアに行こう。あそこはまだ写真を撮っていなかったから撮るには良い日だ)

 僕はそう思い机の横に掛けてある学生鞄とカメラケースを肩に掛け、生徒玄関に向う。

 今日は淡い青色の空が広がる真夏の日だった。


 僕の住んでいる町は三つのエリアに分ける事ができる。

 一つ目は住宅エリア。戦後から団地などが建ち並び、今は二世帯住宅がひしめくエリアである。

 二つ目は新開発エリア。ここ二十年の間で大学や専門学校、そして僕の通っている県立高校が建てられたエリアで新しい施設が目立つエリアだ。

 そして三つ目は廃工場エリアだ。

 戦前から綿織物を作り栄えたエリアなのだが、発展途上国の安価な品物の影響で、経営が出来なくなってしまい潰れた工場だけが残っている。四〇年前は一万人近くいた人口も一〇〇分の一程度になり、高齢者割合が八〇パーセントを超える超限界集落だ。僕の記憶が確かなら、三〇歳未満の人は全く住んでいないはずだ。

 当然そんな地域なのでバスは通っておらず、僕の場合は自転車しか行く方法がない。今までこのエリアに行かなかったのも交通の便が悪いという事が挙げられると思う。

 自転車で登るにはやや急な坂を歯を食いしばりながら上ると廃工場が見えてきた。

 廃工場のトタン屋根や壁は完全に錆び付いており、ひび割れた黒いコンクリートに赤いシミを作っている。そのシミが雨で流され道路に幾重もの筋を作っている。まるで清流にさらされている紅蓮の染め物のようだ。

 そんな事を思いつつ廃工場地帯から眺める新開発エリアの写真を撮るとすぐ近くに寂れた公園が見えた。当然、誰もいない。風に揺られたブランコが頼りなく揺れ、振り子のように一時、一時を刻んでいる。しかし、その時計を誰も見る事はない。

 当然だここには人は住んでいないし、道が狭いため車も通るには不適だ。この道を通るよりもう少し先に行った二車線道路を通った方が断然速い。おそらくこの道はこの近辺に住む工場の労働者の為の近道だったのだろう。

 そして僕は公園の前を通り過ぎ、坂の上にある労働者の居住地域に向かう。

 二〇年近くも前に殆どの労働者は出て行った為、街は戒厳令下のそのものだ。昔、商店が建ち並んでいた道路のカーブミラーは割れ、白線は薄れ、コンクリートにはひびが入る。中には切れた送電線が電柱からだらのなく垂れている箇所もあった。僕はその景色を一枚一枚カメラに納める。

 僕の目に映るこの地域は、寂しく死んでいた。


 時刻は午後五時、そろそろ帰らないと六時までに帰れない。僕の家には門限はないが六時くらいには大学生の姉が帰っており、夕食として肉と野菜を炒めた物を作ってくれる。なんとなく作ってもらうのだからすぐに食べないといけないように気がしてその時間には必ず帰るようにしている。先ほど通った狭い道を引き返すようにして自転車で駆け下りる。途中で公園が見えた。

(そういえば僕はこの公園の写真を一枚も撮っていなかったな……)

 そう思い僕は公園の写真を撮る為に自転車のブレーキを掛けた。キキキィー。というブレーキの甲高い音が辺り一帯に響き反響する。この一帯は山に囲まれている為、遠くから木霊が聞こえる。ただあまりの不快音だった為あまりいい気はしなかった。

(さて、この公園にある物はブランコと何だっけ……?)

 僕はそこで気が付いた。公園の頼りないブランコには人が座っている事に。しかもかなり美しい少女だ。

「……ん?」

 少女がこちらに気づき目があった。少女の年齢は一四,五歳だろう。人形のように整った顔立ちがそのまま成長したようで、黒い長髪と黒い瞳がとても印象的だ。神に仕える巫女の如く聖女のような大人しい雰囲気を出している。目を離そうと思う心があるのだがあまりにも妖艶なその姿に僕は呆然と立ちつくしてしまった。

「……誰?」

 少女はブランコから立ち上がりだじろいだ。そして見とれている僕に質問をしてきた。

「えぇと、勝見です。勝見寿一……」

「カツミ?勝見さんはこの近辺に住んでいますか?」

「えっと、僕はここの坂を下った住宅地に住んでいるんだ。君は?」

「私はここに住すんでいるよ」

「そ、そうなんだ」

 僕の心臓は今にも飛び出しそうだ。僕は女の人と会話をした事が殆どない為、あまり女の人との会話は弾まない。しかもこの子がとても可愛い為余計に話しづらい。

「勝見さんはなにをしていたの?」

「ぼ、僕は写真を撮ってた……この風景の……」

「こんな廃工場の写真を?」

「う、うん」

「どうして?」

「どうして、って聞かれても、これが僕の趣味だからかな?」

「へぇ~。勝見さんは変わってる」

「そ、そうかな?誰にだって変わった趣味の一つくらい持っていると思うよ」

「いいなぁ、そんな趣味を持てて」

 彼女は羨望の顔をしてうつむいた。

「ねえ、君の名前は?」

「私は……椎名綾香です」

「椎名椎名椎名、椎名さんだね。覚えたよ」

 僕がそう言うと彼女は少し笑った。「やっぱり変わっているね」と。僕は苦笑いしか出来なかった。

「君はここで何をしていたの?」

「私?私は……何となくボーっとしに来ただけかな……勝見さんはどんな写真を撮ったの?」

「見る?」

「うん。見せてもらおうかな」 

 そう言うと彼女は僕の側によりカメラの小さい画面を覗き込んだ。

「はいカメラ。そこからは見づらくないかな」

「ううん、気にしなくてもいいよ」

 彼女はそう言って覗き込んだままだ。僕が一枚一枚めくりのボタンを押しながら彼女を見た。彼女は白いワンピースを着ておりとても綺麗だ。

(ワンピースはどんな素材で作られているのだろう?)

そう考えているうちに時間は過ぎ写真が一周した。

「やっぱ四年前と変わらないね」

 彼女が唐突にそう呟いた。

「四年前もここに来たの?」

「四年前からかな。ここにいた猫の親子が可愛くて頑張って来てたから」

「そうなんだ。そう言えばどうやってここまで来たの?住宅エリアから自転車で二〇分近くかかるけど……」

「う~ん、歩いてきたかな?」

 どうして彼女の言葉が疑問系なのかは気にはなったがあまり気にしなくて良いと思い腕時計を見た。

「うわ!」

「どうしたの?そんな素っ頓狂な声を出して……」

「もう六時前だ、帰らないと!」

「門限みたいなのはあるの?」

「無いけど、六時くらいにはいつも帰っているから何となく……」

「そうなんだ……じゃあもう帰らないとね」

「うん……そうする」

 正直に言うと女性と殆ど話した事のない僕はもう少しだけでも彼女と一緒にいたかったのだが仕方のない。

 公園の出口に向かって歩き始めた僕は彼女の方に振り向き、

「じゃあまた今度」

 と言った。

「うん。また今度ね」

 彼女も名残惜しそうに言った。

 七月の夕暮れは既に黄昏色に染まっている。その下で自転車に跨った僕はペダルを思い切り踏んだ。

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