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冬の贈り物4



 新しい年の始まりには贈り物を。

 例えばそれはほんのささやかな、菓子や日持ちのする食べ物の類であったり、身に纏う衣類や小物であったり、温かな言葉の綴られたカードであったり。

 新しい一年に向けた願いを込めて、人々は親子や親族で、時には親しい友人同士でささやかな品を交し合う。

 

 あなたの新しい一年が食べるものに恵まれますよう。

 あなたの新しい一年が暖かく過ごし易くありますよう。

 あなたの新しい一年が良きものとなりますように。

 

 

 

 その日は朝から雪だった。 

 冷たい雪が夜の間に街を白く染め、新しい一年の最初の日を白く飾る。

 夜が明けてから一回目の鐘が静まり返った街に響き、ディーンはその音で目を覚ました。

 部屋の中はまだ夜明け前かと思うほど薄暗い。

 ディーンは白い息を吐きながら寝台に身を起こし、手を伸ばしてカーテンを少し引っ張った。

 窓の外の空はまだ暗く重い灰色で、厚い雲に覆われて太陽の姿は見えない。

 それを視界に入れて彼は寝台から降りた。

 室内履きを履き、部屋の一角に設けられた小さな暖炉に近寄り、そこに備え付けられた暖房用の赤熱石に魔力を少しだけ注ぐ。

 それが赤い光を灯した事を確かめてから、ディーンは窓辺に近寄って下を見下ろした。見下ろした寮の周りの庭は何処もかしこも白かった。

「……雪か」

 雪に覆われた街は白く染め抜かれ、空よりも地上の方が眩しいくらいに見える。二階の窓から見る前庭にはまだ誰の足跡も見えない。

 ディーンはその面白くもない景色から視線を外し、教会に行く人々はさぞ難儀をするのだろうと考えながら、クローゼットから適当に服を選び出して着替えを済ませた。

 休日の街はまだ目を覚ましていないが、起きたからには二度寝をするのも馬鹿らしい。

 祝日だろうがなんだろうが、ディーンの生活にはあまり変化はない。

 授業のない時間を読書や自主的な鍛錬に切り替えるくらいがせいぜいの変化だ。

 

 そんなディーンのいつも通りの朝だったが、この日はどうやら少し違うようだった。

 朝の支度を済ませ朝食まで本でも読むかと簡素な机に近づいた時、ディーンはふと動きを止めて息を潜めた。

 部屋の外に誰かがいるような気がしたのだ。

 扉の向こうからは何の音もしないが、ディーンは自らも気配を殺しそっとその傍に近づいた。

 ジェイか、と一瞬考えたがディーンはすぐにその考えを打ち消した。

 彼が知る限り、ジェイは休みの日にはこんなに朝早くに起きたりしない。

 ディーンは少し考え、それから口の中で小さく何事か呟いた。

 声にならないようなその呟きに従って、彼の足元でその影がするりと伸びる。

 扉の下をすり抜けて向こう側に伸びた影は、そこから確かな人の気配をディーンに伝えた。

 その気配から相手が誰なのかを薄っすら悟って、ディーンの顔に小さく笑みが浮かぶ。

 やがて扉の向こうからコト、と微かな音がした。

 次いでもう少し大きな音と、それから扉の向こうの誰かが息をのみ、慌てて身動ぎするような気配。

 ディーンが黙って待っていると、しばらくしてからドアがトントンと控えめな音を立てた。

 ディーンはその音を聞き、こみ上げる笑いを噛み殺しながらおもむろに扉に手を伸ばした。

 キィ、と小さな軋みを立てて開かれた扉の向こうにいたのは、ディーンの予想通りの人物――冬期休暇に入ってからしばらく会わなかった、白いマントの少女だった。

 

「おはよう」

 ばつの悪そうな顔をした少女にディーンは礼儀正しく挨拶をする。

 アーシャはそれを聞いて、頬をぷくりと膨らませた。

 どうやら何か不満があるらしい。

 それもそのはず、彼女の足首を見れば、ディーンが先ほど伸ばした影がくるりと巻きついている。

 扉の脇にはアーシャが持ってきたらしい籠が一つ置いてあり、彼女はそれを置いてそっと立ち去ろうとしたのに影に絡め取られて逃げ出せなかったのだ。

 アーシャは涼しい顔をした捕縛者に、ふくれっ面で抗議の声を上げた。

「ディーン、ひどいよ!」

「しっ、静かに。ほら、中に」

 ディーンが促すとたちまちアーシャの足元から影が消えうせる。

 アーシャは自由になった足を確かめると、扉の脇に置いた籠をもう一度手にとって初めて訪ねた仲間の部屋へと足を踏み入れた。

 

 上級学部生の部屋は基本的に一人部屋だが広さはあまりない。しかし必要な物以外一切置かれていないディーンの部屋は何となく広く見えた。

 アーシャは珍しそうに簡素な部屋を見回し、暖かな空気にほっと息を吐いた。

 ディーンは机から椅子を引き出して勧めたが、アーシャは首を横に振って応えた。

「すぐに帰るから。届け物に来ただけなの」

 そう言って少女はさっき廊下に置いていた大き目の手籠を差し出した。だがディーンはそれをすぐに受け取らず、その前に先に疑問を投げかけた。

「届け物はいいが、男子寮に一体どうやって忍び込んだんだ」

「んー……内緒?」

 悪びれもせずに告げるアーシャにディーンは呆れたため息を吐いた。

 まだこの時間ならば寮の玄関も閉まっているし、寮監も寝ているはずだ。

 恐らくはどこかの窓から忍び込んだのだろうが、それにしても誰にも見つからずにこんな時間にこんなところまでやってくるその度胸には頭が下がる思いがする。


 そんな彼の心中も知らず、アーシャは残念そうに肩をすくめ、手に持った籠をもう一度差し出した。

「はい、これ。新年の贈り物。せっかく見つかる前に置いて帰ろうと思ってたのに。シャルやジェイはちゃんと寝てたのに、ディーンがこんなに早く起きてるなんて予想外だったよ」

「……ありがとう。だがこんな風に持ってこなくても、後で会った時に渡せばいいだろうに」

 ディーンが手を伸ばして受け取った籠は、何が入っているのかずっしりと重かった。

 籠の中身は白い布で包まれ、袋状になった口を赤いリボンが飾っている。

 アーシャはディーンがその重みを確かめたのを見て首を横に振った。

「こんな重たいの、後で渡されたら迷惑だと思って。それに、子供の場合は寝ている間に家族が枕元や部屋に贈り物を置くのが習慣だってシャルに聞いたから」

「……こ」

 何か激しく言われ慣れない言葉を聞いたような気がしてディーンは思わず目を見開いた。

 

「子供達は枕元や部屋に気配を感じても寝たフリするんだって言ってたよ。何か可愛いよね。ディーンも来年はちゃんとそうしてね?」

 せっかくここまで来たんだから、とアーシャはまるでルール違反をした子供を窘めるような口調で固まったままのディーンに告げた。

 来年もという事はまた忍び込むつもりなのかとか、もうそういう年じゃないだろうとか、様々な突っ込みどころが彼の頭の中を過ぎる。

「ああ、でも来年は私が見つからなければいいのかな? もうちょっと早くに忍び込んでもいいし、ここの鍵は簡単な構造みたいだし……あ、眠りの魔法を撒いてもいいかも」

 新しい悪戯を思いついたような楽しそうな顔でアーシャは物騒な事をぶつぶつと呟く。

 ディーンはその顔を見ていると、自分の胸の奥から何か名の付けがたい気持ちが湧き上がってくるのを感じた。その形容しがたい思いは、たちまち彼の喉元までせりあがってくる。

 ディーンは思わず一瞬俯き胸を手で押さえたが、こみ上げたものを堪える事は出来なかった。

 

「くっ」

「うん?」

「くく、くっははは!」

 突然声を上げて笑い出したディーンに、アーシャは思わず目を丸くした。

 驚く少女を余所にディーンは珍しくも楽しそうにくつくつと笑う。

 そうしてひとしきり笑った後、ディーンは笑顔を浮かべたまま首を横に振った。

「……頼むから、新年早々私の肝を冷やすような計画を練らないでくれ。もし本当に来年も来るなら、次はちゃんと寝たフリをするように心がけるからあまりおかしな時間に出歩かないで欲しいんだが」

「うーん、じゃあ来年は、ちゃんと良い子に朝寝坊してくれる?」

「……善処しよう」

「よろしい。じゃあほどほどの計画にすることにするね」

 やっぱり計画は練るのか、とディーンは苦笑いしたが、同時に彼女がどんな事を考え出すのか楽しみな気もした。

 

「ところで、これを開けても?」

 ディーンはそう言いながら白い袋の口を結ぶ赤いリボンをツン、と軽く引いて問いかけた。けれどアーシャは慌てて首を横に振った。

「あ、だめだめ! 私がいなくなってからにして!」

「それも作法のうちか?」

「うん。もう私帰るから。もう一軒行かないとなんだ」

 アーシャはそう言うと、部屋の窓に近づき下を見下ろす。

 それを見ていたディーンは自分も彼女にささやかな贈り物を用意した事を思い出した。

「アルシェレイア、君が贈り物を配るのは良いが、私のはいつ渡せばいいのか知っているかな」

「え……私に?」

「ああ。貰いっぱなしという訳にはいかないだろう?」

 アーシャは自分が貰う事はあまり考えていなかったらしい。

 少女はディーンの言葉に真剣な顔でしばらく考え、それから突然ぱっと顔を上げた。

「じゃあ、私は家に帰ったらお昼まで二度寝することにする。だから、んーと、家のポストにでも入れて置いてくれると嬉しいかな。 面倒ならお昼に会った時でいいよ」

 

 今日は学園の中央棟で、様々な事情から学園で新年を休暇を過ごす居残り組みの教授や研究生、それと僅かな生徒達を哀れんで催される毎年恒例の無礼講の祝いがある。

 昼から夜にかけて賑やかに行われる祝いの宴で、四人は大いに飲み食いする予定でいた。

 ディーンは毎年その宴が落ち着いた頃を見計らって料理だけ食べに行っていたので、その場で教授達がお互いに贈り物をし合っているのを見たこともある。

 けれど今年くらいは何か違う事をしてもいいかもしれない、とそんな事を考えてディーンは薄く笑った。

「……いや、別に構わない。後で届けておこう」

「いいの? じゃあ楽しみにしてるね」

 アーシャは頷いて嬉しそうに笑い、それからおもむろに窓を開けた。

 大きく開かれた窓からは冷たい風が吹き込み、たちまち部屋の温度を下げる。

 

「アルシェレイア?」

「ちょっと寒くしてごめんね。じゃあまた後でね!」

 言うが早いか窓枠にタン、と足をかけ、少女の小柄な体はひらりとその向こうに消えた。

「なっ!?」

 ディーンは慌てて窓に駆け寄った。思わず手を伸ばすがその手は届くはずもなく、虚しく宙をかく。

 呆然と手を伸ばしたまま窓の下を見ると、アーシャは風の助けを借りたのか白いマントをふわりと膨らませ、くるんと一回転して綺麗に雪の上に着地した。

 

「は……」

 ディーンの背中に安堵と共に冷たい汗が浮かぶ。

 軽々と二階から飛び降り、悪びれもなく上を見上げて手を振る少女に、ディーンは思わず怒りたいような衝動に駆られたが今の時間を思い出してそれをぐっと堪えた。

 アーシャは笑顔を浮かべたままもう一度手を振ると踵を返し、雪原となった庭を横切って歩きだした。

 楽しそうなその姿に毒気を抜かれたような気持ちになり、ディーンは盛大なため息を吐き出した。

 まっさらな白い地面に足跡を転々と残しながら、少女の姿が遠くなる。白いマントに身を包んだその姿はともすれば雪に埋もれて消えてしまいそうだった。

 

 ディーンはその姿が完全に見えなくなってから窓を閉めた。

 それからアーシャが置いていった籠を大切そうに机に置き、その赤いリボンをついと引っ張った。するりとリボンが解け、白い袋の口が開く。

 途端にふわりと流れてきたのは、甘く爽やかな、胸がすくような香りだった。

 その香りに誘われるように袋の中を覗くと、そこに見えたのはさっきのリボンに負けないほどの鮮やかな赤。

 ディーンはその赤に誘われるように手を伸ばして一つ取り出した。

 小ぶりなりんごは街で売っているのよりも幾分歪で、色も少しばかりまだらな所が残っている。けれどその甘やかな香りは売っているものよりもはるかに強く人を誘うようだった。

 ディーンはその香りを胸の奥まで吸い込むと、少し考えてからそれを自分の着ている服の腹で軽く擦った。

 そして、艶やかな肌にそのままシャリ、と齧りつく。

 部屋の棚にしまってある果物ナイフが一瞬脳裏を掠めたけれど、それを取り出す気にはならなかった。

 実に久しぶりに、年相応に行儀悪く齧ったりんごはとても甘かった。邪魔なはずの皮の歯応えまでもが心地いい。一口齧る度に元気が出るような、そんな優しい味だった。

 

(こういうのも、たまには良いものだな)

 この年になってから、生まれて初めて子ども扱いをされるとは流石にディーンも思っても見なかった。

 しかも三つも年下の少女に大真面目にだ。

 子供らしく大人しく寝ていたら、また来年も彼女はこうして驚かせてくれるのだろうか。

 朝から、冷や汗を掻くほど驚かされた事を思い出してまた笑いがこみ上げる。

(来年は窓から飛び降りるのは止めにしてもらおう)

 大人しく寝ていたら、きっと侵入してきた場所から大人しく帰ってくれるだろう、とディーンは一人で頷いた。

 やがてりんごを食べ終えたディーンは、その芯を捨てずにそっと布に包んで机の上に置いた。

 

 袋の中をもう一度覗くと、まだりんごは沢山入っている。お菓子やジャムにしても楽しめそうな量にディーンは口元を緩めた。

 リボンを手に取り、袋の口をしめようとしたディーンはふとりんごの間に挟まる一枚のカードに気がついた。

 取り出した簡素な白いカードには名前がわかるようにと言う配慮か、アルシェレイアと小さく署名がしてある。

 なんとなく裏返すと、そこには古代文字でほんの短い文章が綴られていた。

「幸福は……回り、来る? いや、巡る、か」


『幸いは巡り来たる』

 

 新しい一年が良き年となるようにという、彼女なりの願いを綴った言葉なのだろうとディーンは微笑んだ。

 飾り気のない真っ直ぐな言葉は、こういったカードにお決まりのありきたりな文章のどれより暖かいように思える。

 美しい古代文字で綴られたこのカードはなんとなく何かに効きそうな気がして、ディーンはしばらく考えてからそのカードを机の一番上の引き出しにそっとしまった。

 

 窓の外に目をやると、空はすっかり明るくなってきていた。

 夜が明けてから二回目の鐘が街に響く。

 寮の扉が開いたら出かけようとディーンはコートとマフラーを取り出してベッドに置いた。

 まだほとんど誰にも踏まれていない雪の上を歩いて、贈り物を届けに行くのは随分と楽しい事のような気がした。

 それがあったことも忘れていた、少しばかりの子供心が久しぶりに目を覚ましたような気持ちになる。

 窓の外ではまたちらほらと雪が降り出していた。

 

 昼に待ち合わせをして、宴席に飽きたら皆で外に出てみるのも面白いかもしれないとディーンは珍しくそんな事を思った。

 今日はきっと雪は溶けないだろう。

 雪合戦や雪だるまといった冬の遊びを、皆でやってみようか。

 カラン、と遠くから扉の開く小さな音が響いた事に気付き、ディーンは黒いコートを着てマフラーを首に巻いた。

 そして少し迷ってから、アーシャに贈る品だけを手に取った。

 流石に少女と違ってシャルのいる女子寮に忍び込むわけには行かない。シャルには昼に渡そう、と頷いてディーンはそれをポケットに入れた。

 火を落とし、部屋を出る前にふと視線が机の上に止まった。

 籠に収まった少女からの贈り物と、布に包まれたままのりんごの芯が目に映る。

 

「……雪が消えたら埋めてみるか」

 小さく呟いて、ディーンは部屋の扉を開いた。

 青いマフラーがひらりとその隙間をすり抜ける。

 机の上では小さなりんごの種が、やがて訪れる春を眠りの中で静かに待っていた。

 

 



 

 

 

 おまけ

 


「ディーン! ちょっとこれどういうことよ!」

「何の話だ」

「何の話じゃないわよ! これよこれ! あんたがくれたマフラーよ!」

 シャルは手に持った手触りの良いマフラーをディーンの目の前に繰り出した。

 上質の毛糸で柔らかく編まれたマフラーは優しい白い色で、両端に赤い編みこみ模様が施された洒落た品だった。

 一見するといかにも女性に好まれそうな雰囲気だ。

「それに何か問題が?」

「問題って、あんたねぇ! そりゃこのマフラーに文句はないわよ! 問題はあれよ!」

 ビシ、と音がしそうな勢いでシャルは困ったように傍に立つジェイを指差した。

 ジェイはいつもの動きやすい形の短めの茶色のコートと、彼に良く似合う白いマフラーをしている。柔らかそうなそのマフラーは両端に青い編みこみ模様が施された洒落た品だった。

 だが問題はその色と模様だった。それはどう見てもシャルの物と色違いなのだ。

 

「なんでよりにもよってジェイとお揃いのを贈るのよ! ええ!?」

 ジェイは首元に突きつけられたシャルの指からそっと逃げるように後ずさりながら小さくため息をついた。恨めしそうな視線をディーンに向けるが、涼しい横顔はぴくりともしない。

 ディーンは何ごともないかのような顔をして首を横に振った。

「……生憎、他に良い品がなくてな」

「嘘言いなさい! 嫌がらせなんでしょ!? 正直に言いなさいよ!」

「まぁ、そうだな。嫌がらせだ」

「馬鹿正直に言うんじゃないわよ!」

 今にも火を吹きそうなシャルと全く態度の変わらないディーンをアーシャは不思議そうに横から眺めていた。

 それから二人を挟んで向かい側にいるジェイとシャルを交互に見比べる。

 アーシャは首を傾げると、手を伸ばしてツン、とシャルの赤いコートを後ろから引っ張った。

 

「あら、アーシャ、どうしたの?」

「……二人とも、すごく似合うよ? お揃いじゃ何かダメなの?」

 心底不思議そうに問いかけられ、ディーンを除く二人は思わずその場で固まった。

 駄目と言いたいがそう言ってしまえば理由を説明しなければいけないだろう。

 だが色恋の話や人の噂と無縁のアーシャにその理由を様々に説明したところで、納得してもらえるかどうかはわからない。

「ぜ、全然駄目って訳じゃ、ないんだけど、ね……その……」

「あー……その、なんだ……必要以上に、仲良く見えるのも良くないっつーか、その」

 しどろもどろの二人の説明にアーシャはますます首を傾げた。

「二人とも仲良いんだからいいんじゃないの?」

「全くだ。別に構わないと君も思うだろう?」

 悪びれもせず少女の疑問に乗っかって頷くディーンに向かってシャルは射殺しそうな視線を向けた。

 だがそんな視線もディーンには痛くも痒くもない。

 むしろ自分の小さな悪巧みが成功した事に、ディーンは内心大層上機嫌だった。

「……憶えてなさいよ」

 アーシャに聞こえないように小さく囁かれた恨めしげな声すら、ディーンはさらりと受け流して微笑んだ。

 

「ジェイ、あんた絶対同じ日には着けてこないでよ!」

「何で俺が! お前が合わせろよ!」

「うっさいわよ! 曜日を決めるとかすればいいじゃないの!」

 怒りの矛先をいつもの相手に向けたシャルを後ろから眺めながら、アーシャはもう一度首を傾げた。

 ディーンの方へ視線を向けたが彼は笑うばかりで彼女の疑問に答えてくれそうにはない。

 まぁいいか、と軽く首を横に振ると、被っている帽子についた飾り紐がゆらゆらと揺れた。


「そろそろ行こうよ。始まるよ?」 

 少女の言葉に、二人はピタリと言い争いを止めて振り向いた。

 確かに時計はそろそろ正午を指す頃で、周りを見れば学部のあちこちからパラパラと人が出てきては中央棟へと入っていく。

 中央棟の入り口の傍で言い争いをしてしまった事に気づいたシャルとジェイは決まりの悪そうな顔で辺りを見回した。

「行こう?」

「そうね、行きましょうか」

「おう」

「ああ」

 四人は並んでゆっくりと歩き出した。

「ねぇアーシャ、休みの間にアーシャの家に行って良い? 貰ったりんごで、おばあちゃん直伝のアップルパイを一緒に作らない?」

「うん、教えて欲しいな」

 楽しげに笑う二人の姿を視界に入れながら、ディーンは小さく首を捻った。

「どうした? ディーン」

「……いや、アルシェレイアのあの帽子は、誰かの贈り物なのかどうかと思ってな」

「そういえば……俺らじゃないもんな、あれ」

 二人の声が聞こえたらしいアーシャがくるりと横を向いた。

 今日のアーシャは上から下まで完全防備の暖かそうな格好をしている。

 耳あてのついた白い毛糸の帽子に、シャルから贈られた白と緑の縞模様のマフラー、ジェイの選んだ鶯色の手袋と、ディーンから貰った同じ色のレッグウォーマーを身につけて、アーシャは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「その帽子は、誰かから貰ったのか?」

 ディーンの問いに、アーシャはにっこりと笑顔を見せた。

「……内緒!」

 





 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 


「学園長、そろそろ始めるので挨拶を……おや、いい香りですね」

「ああ、もうそんな時間か。すまぬのう。今ちょっと焼きりんごを食べておっての」

「これから色々料理が出るのにですか?」

「ほっほ、わしはこれに目がなくてのう。あんまり美味そうなりんごじゃったからつい、な」

「どなたかからの贈り物ですか?」

「ふふ……内緒じゃよ」


それからしばらくの間、学園長室を訪ねた人間はりんごの皮を入れた香りの良い紅茶と、お手製のりんごジャムでもてなして貰えた、とか?



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