後編・雷光は轟き輝き、氷結は硬く冷たく
ぐにゃりと歪む空間、侵食され行く世界。風景は色を変え、立っている地面は摩り替わって行く。
気が付けば、彼女達は何処かの研究室の様な場所に存在している。
「な、何、此処……と言うかデータ!」
「くくく……あーっはっはっは! ついに来た、この瞬間が!」
頭上から響く笑い声。二人は上を見上げるが闇しかない。
「だ、誰よあんた!?」
エレナは上にいるであろう何者かに向けて叫ぶ。
やがて靴が地を叩く音を響かせながら誰かが近づいて来る。
「良かろう……私がこの世界で初の出会いとなる君達に、特別に顔を見せて進ぜよう。
有り難く思うが良い」
言いながら男は姿を現す。しかしその登場シーンは何処か歪だ。
簡単にいえば何も無い空間から階段が現れ、男がゆっくりと降りて来る。男の外見は高身長にローブのロン毛である。
「お初にお目にかかる」
「あ、自己紹介要らないから用件だけ話して」
ぴしゃりと、瑞穂さんは言い切った。流石だぜこの人。
「ほう、中々に威勢のいい事を言う……良かろう。
彼女の願い通り、私の目的を語ろうではないか……我が遂行なる目的、それはただ一つ……この世界をはじめとする数多の世界を我が支配下に置き、私の望む世界を創造し、神をも凌駕する事だ!」
「な、何だって!?」
エレナは驚愕の表情を見せる。まあ確かに分かる。いきなり出て来てやる事が世界征服だ。唐突にラスボス登場じゃ誰でも吃驚だ。おい伏線何処だ? フラグぐらい立てろ、皆吃驚だよ!
「安心したまえ、私に従う以上は丁重に扱おう……だが、もしも反旗を翻すと言うのなら……容赦はしない」
「あんたの望む世界って、一体何?」
エレナは敵意を剥き出しに問いかける。
「決まっているだろう。この私が、唯一無二の存在たる世界だ。そう、悠久の時を経て尚も轟く我が名声。神をも踏み越え、この世の全てを私色に染め上げる、それが我が望みだ!」
「ふ、ふざけんな! そんなこと誰がさせるか!」
「ほほう、私の歯向かうと言うのか? 良いだろう、身の程と言うものを教えてくれる!」
遮る様に、瑞穂の深~い溜息がこぼれる。と言うか、非常にダルそうだった。
「……あの、瑞穂?」
「……何?」
「これから最終決戦的な物が起きるんだけど、やる気なさそうだね」
「いや、やる気ならあるっちゃあるよ。こう言う馬鹿は放っておくとろくな事無いし」
「……じゃあ何でそんなに気だるそうなの?」
「ん? いやね……世界征服だーとか言う馬鹿を今まで何人ぶっ飛ばしたかなーと思って……」
「……はい?」
「えっと……ああ、そう言えば五人位は居るなぁ……うん」
エレナは思わず(この人何なの)と言う感想を抱いた。
「ほう、だが私をその様な有象無象と同じと思っては困るな」
「あーうん、そんなセリフは……あー四人は言って全員ぶっ飛ばした。うん」
瑞穂は本当にもういやと言わんばかりの対応を見せる。
氷結瑞穂、現在年齢二十一歳。冒険始めて三年くらい経つが、よほど濃厚な人生であったのだろう。
「く、くくく……そうか、そうだったか。全て納得が行ったぞこの状況!」
「いや、納得いく要素何処?」
飽くまで冷たい反応だけを返す瑞穂にロンゲは高らかに宣言する。
「そこの黒髪の女! 貴様がこの世界の守護者かぁっ! ならば貴様を打ち倒す事、それ即ち私の初めての大きな障害と言うことかッ!」
「うん、勝手に人を変な役者に仕立て上げないで。後、私はそんなの進んでしてない、勝手に向こうから因縁吹っかけてきただけ、正にあなたがやってる様に」
瑞穂は心底迷惑そうに言った。いや、まごうことなく迷惑なのだが。
「そうならば我が全力を見せる以外にあるまい!」
「見せないでいいから、このままぶちのめされて」
ロンゲは手を掲げ、背景が変わる。
「見せて進ぜよう……我が意のままに様子を変え尽くす変幻自在の世界。千にして万、秩序さえも打ち砕く無限にして夢幻の要塞、無貌の世界よぉぉぉッ!」
見れば、世界は鉄の洞窟となっている。足場は多くの管により生み出されている。鋼鉄の壁、鉄管の床、そして、前には――山。その山の頂上にロンゲが勝ち誇るように立っている。
「そして、見るが良い! この私の最高傑作を!」
ロン毛は山の中へ引っ込み、顔が浮ぶ。無数の仮面。宙にまで舞う数多の仮面達。仮面は宙を舞い、山に張り付く。
そしてやっと気付く。それは山ではなくて……九十、或いは百㍍はあるであろう巨大な機動兵器であることに。
「……ああ、みんな機動勇者好きなの? 百年も昔のアニメによくもまあそこまで入れ込めるねぇ……男の人って分かんない」
「瑞穂ぉぉぉっ! 現実逃避するなぁあぁぁああっ!
と言うか、ああ言う感じのは機動勇者無印じゃなくて機動勇者外伝最終章・地上部隊三十連合異次元殴り込み編だよ! 基本的に機動勇者は非人間的巨大ロボットは出て来ないから!」
「……ねえ、エレナさんよく知ってるね」
「うん、お兄ちゃんのお友達が」
炸裂するビームの嵐ッ! 瑞穂とエレナを撃ち抜くッ!
「空気読めっ!」
「待って瑞穂! その台詞は寧ろ私達が言われるべき!」
直撃は無しッ! いや直撃だけどね、氷壁に。あの一瞬で瑞穂は防御魔法を繰り出していたのだった。あんな状況でも判断力は正常なようだ。
『ほう、中々にやるようだな。ふざけているようにしか見えぬが。腐っても世界の守護者という事か』
「お願いだから私に中二病全開な渾名をつけないで、というかそっちの世界に引っ張り込まないで、迷惑」
機会音声で告げられた声に対し、瑞穂は本気で嫌そうな――いや、本気で嫌なのだろう――声で、と言うか表情で、というよりも体全身で嫌々オーラを生み出している。
『だがそれもこれまでだ。世界の守護者を打ち倒し、私の望む世界のへの足掛かりへとしてくれる!』
「勝手にやってろ! 人の迷惑のかからない所で!」
と言って瑞穂は駆け出す。ちなみにエレナは黙って突っ立っています。だって、瑞穂さんがあまりにも場馴れしていて呆気にとらていたのです。
「って待って瑞穂! 下手に前に出ちゃ」
エレナの言葉は強風が吹き付けるが如くすっ飛んで来るビームの壁に阻まれる。瑞穂はその中でも氷壁を作って強引に前へと駆け出す。
「な、なんつー無茶苦茶な……」
思わずエレナまで呆れかえる。だが、これで良い。瑞穂の持ち味を生かすにはダメージ覚悟で突っ込むより他は無い。
そしてベストポジションへと瑞穂は到達する。
『ほう、短期決戦をお望みか。良いだろう、世界の守護者よ、とくと見るが良い! これぞ、我が力!』
「五月蠅いな――此処からは、好きにさせると思わないでね!」
瑞穂は携帯型おきがえ君でドレスアップするとミズホに切り替わり、メイスを手にする。
「ミズホ?」
『ほほう、私と踊ろうとでも言うのかね?』
「うん、でも踊るのは……貴方だけ」
ビームの嵐がミズホに集中し、それら全てを氷壁は弾いていく。
『ふん、たかが氷の壁が』
ミズホはメイスを頭上で回して行く。まるで、天使の輪っか――いや、それにしてはでか過ぎるが。
「飛んでけ氷!」
ミズホの掛け声に合わせて氷の針が鉄の山目掛け飛んでいく。
それが、舞踏のあいず。
「踊れ冷気! 押し出せ吹雪!」
メイスを標的に向け、詠唱をしていく。次に次に繰り出されていくは氷雪の魔法。熱気を奪う空気が舞い、冬将軍とも思える吹雪が一気に鉄の山に向かって押し寄せるッ!
『ほう、だがこの程度の氷』
「ぶん殴れ氷塊! 切り裂け氷刃! まだ行くよ、積もれ雪!」
氷塊が鉄の山に張り付く仮面を砕き、氷の刃が別の個所に突き刺さるッ!更には室内だと言うのに、雪まで降り始める。
「出でよ氷の槍、いっぱい飛んでけッ! 荒れ狂え氷の嵐!」
次々に生み出されてはミサイルの様に飛んでいく沢山の氷の槍達。更には鋭い氷塊と共に嵐まで巻き起こる。
『な、な、何だこれは!? ええい、たかが術師一人狙うのにどれだけかかって』
「出て来い氷の巨人! あいつをぶん殴れぇッ!」
生み出される氷塊、それはゴーレムとなって鉄の山に殴りつける。だが、熱光線の嵐には流石に氷のゴーレムもすぐに溶けていく。
「氷の巨人、追加!」
ミズホの掛け声に合わせて一斉に立ち上がる氷の巨人の群れ。それらは徒党を組んで一気に鉄の山へと殴りかかるッ!
『ええい、ミサイルッ!』
鉄の山が穴ぼこだらけになったと思いきや、穴という穴から飛び出すミサイル達ッ! しかし飛び交う氷の槍、吹き荒れる氷雪の嵐などで氷の巨人には突き刺さらない。
『くぅぅぅッ! ビームだけでは間に合わん、だとッ!?』
「すっげー……あんなの初めて見た……」
遠目で見ているエレナは思わず呟いた。あそこまで自由に魔法を使う魔導師はそうはいない。
「まっだまだ! 殴れでっかい氷塊! ぶった切れ氷剣! 雪やこんこん、霰やこんこん!」
大きな拳の形をした氷像が鉄の山の頂上に落ち、氷の剣が飛翔しては鉄の山に食い込み、ビッグな雪だるまが氷の巨人に混じって殴る付けるッ!
『ふ、ふざけおって……! 雪だるまの巨人など!』
「雪玉フェスティバル!」
続けて降り注ぐ雪玉の土砂降りフェスティバルッ!
まさに風景はおいでよ冬の世界。
「テンポを早くするから、付いて来て! フロスティオンランス! アイスロケット! ブリザードプレス!」
大きな氷の槍がミズホの真横に突き刺さり、氷の巨人が鉄の山にそれをぶっさす。続いてミズホの突き出したメイスから氷の塊が吹雪を撒き散らして鉄の山へとぶっ飛んでいく。おまけに吹雪が鉄の山へと叩きつける。
『き、機能低下だとッ!? と言うか寒いわあッ!』
「アイスクラウン! スノウスフィア! フロストコフィン!」
氷の王冠が降り、雪玉が落っこちて、最後に氷の棺が落っこちる。
『ぐ、ぬぬぬぬぅぅぅッ! 流石は世界の守護者、と言ったところか……だがッ!』
「フリーズグレイヴ! フロストハンマー! ついでに行くよ!」
とたん、機械が動く音がする。同時。鉄の山は動き、その姿を変えて本格的な人型起動兵器へと姿を変えていく。その姿は、正しく動く城。鋼鉄の砦とも呼べるフォルムである。
『退けッ、ザコどもがッ!』
ロボットは腕を払い、殴って来る氷の巨人達を押し退ける。仮面のビームが乱舞するなか、流石に氷の巨人に耐えるのは無理。
だが、時間は十分。
「月光劇! 雪と氷の協奏陣!」
描き出されるは月を基調とする魔法陣ッ! 室内である筈の空間に蒼い光を放つ冷たい月が天に輝くッ!
「さあ天を仰げ、月を称え、凍結に沈め!」
氷がロボットの身体を貫き、雪が舞い、やがて蒼い月の輝きの下、全てを氷に閉ざすッ!
「蒼い、月……蒼月の氷姫……」
遠くから見ていたエレナは思わず呟いた。空に浮かぶ蒼い月、その下でそれを支える姫。
(まるで……姫の称号が、彼女の為にあるみたい)
「くっだけろぉぉぉぉッ!」
振り下ろされるメイスッ! 氷塊に亀裂が走り、中身ごとぶっ壊すッ! だがまだだ。まだ、ロボットは砕かれないッ!
『やってくれたな、世界の守護者よッ!』
「甘い!」
更に突き出て来る氷山。ロボットは邪魔な氷山を殴って砕いて前へ突き進むッ!
「雷」
ふっ、とエレナは足を前に出し、
「迅」
電気を纏い、光に近付き、
「一」
出した足を地につけ、一踏ん張りし、
「閃ッッ!」
矢の如くミズホに迫る鉄の城へとかっとぶッ! 雷光の矢は真っ直ぐにロボットの方へと突っ込んだッ!
『ぐぬぅぅッ! 邪魔だ小娘ぇぇッ!』
エレナは手にした電刃戦斧を振り回す。跳び上がって振り下ろし、足元で薙ぎ払い、跳躍と共に切り上げるッ! まるで電気玉が激しく跳びはねてるかのようだ。
「フリーズバルカンッ!」
空中に生み出される幾つもの魔法陣。ミズホはメイスをロボットに向けると設置された魔法陣から飛び出る氷の弾丸、氷の弾幕ッ! 弾幕はロボットと共に宙に舞う仮面を撃ちぬいていくッ!
『ええい、五月蠅いッ!』
ロボットが両手を突き出すと指先から無数のエネルギー弾が撃ち出される。
「させるかぁぁぁぁぁぁッ!」
ロボットの右脇の下から首元まで真っ直ぐに伸びる雷光。直後、雷光が通った後に電流と共に爆発が起き、右腕の弾幕は消えうせる。だが、左腕から撃ち出された弾は。
「って、わ」
問題なくミズホにヒットした。爆発と共に吹っ飛ぶ瑞穂。
まあ妖精姫のドレスを着ている彼女にこの程度はノーダメージなのだが。だが変化は起きる。蒼白だった彼女の眼と髪は一気に漆黒の色に染まり、服装もジャケットに切り替わっていく。ミズホ――瑞穂は素早く空中受け身を取り、着地して体勢を立て直すとすぐさま駆けだした。
『ええい、喧しいハエめッ!』
一方エレナは電光と一体となり、残像を残すほどの速さで攻め立ているッ! あまりの速さに目が処理落ちでも起こしそうな速さである。動体視力が良いと目薬はいるであろう。
「でぇぇぇりゃぁぁぁッ!」
一瞬、エレナはロボットのセンサー外に出た。いや、あまりの速さにセンサーの反応を超えたのだッ!
それはあまりにも小さく、絶大な隙。ロボットの頭上に出たエレナは相手を見定め、斧を。
「終わりだぁぁぁッッぁッ!?」
振り、いや叩きつけたッ!
大きくのけ反る城砦ロボット。切り付けられた部分、機体の中央付近から電流が迸る。それでも体勢を立て直そうと踏ん張り、見事に耐えきる。対照的にエレナはピタッと動きを静止している。何が起きたのだろうか?
(う、そ……視界が……真っ白だ)
エレナは汗を垂らし、驚きと恐怖の表情を顔に浮かべたまま振り下ろした時と同じポーズを続けている。
やがてそのポージングのまま。
『どうした戦士よぉぉぉッ!』
腹部を城砦ロボットに蹴り飛ばされる。
「エレナさんッ!」
やっと追い付いた瑞穂が蹴り飛ばされるエレナを見ながら叫ぶ。
『とどめだぁぁぁぁぁぁッ!』
「止めろぉぉぉぉぉぉッ!」
城砦ロボットは宙に舞うエレナに向け、エネルギー弾を撃ちだすッ! が、そこに瑞穂がロボットの腹に向けて拳を一発叩きこんだッ! 視線を上に向ける城砦ロボットッ! 逸れる弾道ッ! だがエレナにエネルギー弾は直撃し、爆発によって壁まで叩き付けられるッ!
「エレナさんッ!」
瑞穂は後ろに振り向き、その名を呼ぶ。
だが彼女は、エレナの真っ白な瞳は、動かない。
『どこを見ている、世界の守護者ぁッ!』
瑞穂はうざそうに――そして怒りと憎悪を込めて、城砦ロボットを睨む。指を鳴らし、メイスを構え、メイスをハンマーに作り替える。
「――お前。ぶっ潰す」
『ほう、言うではないかあッ! 良いだろう、さっきの小娘の様に貴様も踏み砕いてくれるッ!』
瑞穂は応答せず、ハンマーを足元に叩きつけたッ! 少しグラつく城砦ロボット、瑞穂は更に足から腹に向かって更に殴り付けるッ! 次に氷のグローブを纏って更に殴るッ! ジャブだッ! フックだッ! ストレートッ! キックでフィニッシュッ! 叩き込まれる瑞穂の我流体術のコンボッ! あまりの攻撃に仰け反るロボットッ!
……あ、ちなみにこのロボットは山型の時と大きさは変わりません。あれ、中身すっかすか? おい整備班、ちゃんと中身つめろよ。
『こ、この女は化け物かぁッ!? 我が兵器を素手で撃ち負かすだとぉう!?』
一応氷のグローブ付いてるので素手はちょっと違うよ。瑞穂は無言のままハンマーを手にすると今度は頭上に駆け上り、ハンマーを叩き込むッ! また仰け反る城砦ロボ、だが各所から覗く砲身ッ!
『う、撃てぇぇぇッ!』
火を噴く砲身ッ! 瑞穂に殺到するビームッ!
とっさに腕を構えて防御し、何とか堪え切って吹きとんだぁッ!
着地するとボロボロになったジャケットとケープを脱ぎ捨て、真っ白なブラウスを見せる。
『撃てッ、撃てッ、撃てぇぇぇッ!』
乱舞するビームの嵐ッ! 立てられる四枚の氷壁ッ! その合間を縫って駆け抜ける瑞穂ッ! 氷のグローブを装着ッ! 軽く跳躍ッ! 一気に、打ん殴るッ!
エレナは無心の極地に居た。
何も感じず、何も思わず、意識の失せた人形の様に。
触覚さえ、濁流の如く流れる電気に埋もれそうになっていた。
目は見えず、耳に入ってくるのは自身の身体に流れ続ける電気運動のみ。
動こうと思った。実際に指をうごかして拳を作った。でも、感覚が薄かった。
エレナは思う。ああ、もう駄目なんだ、と。
(アイガードがあれば……あれには映像を接続した機器にがある。目が見えなくても、それで映像を直接脳に流せるから……まだ、動けたのに)
荷物は全てバイクの近くに置いてきた。彼女はもう立ち上がる事さえ困難。
なぜなら――既に力むと言う感覚さえ実感出来ないレベルだから。
でも不思議と、友人の頑張る声は拾えた。
瑞穂は殴る。鋼鉄の装甲を。一心不乱に。殴って如何にかなるものなのかと聞きたくなるな勢いで。鳴り響く鉄を打つ音。だが、ロボの砲身はそんな瑞穂に対して狙い続け、撃ち続ける。
『クソッ! クソッ! クソォォォッ! 落ちろッ! 落ちろぉぉぉッ!』
傍から見れば異様な光景である。女は馬鹿みたいに鋼鉄の装甲を乱打し、ロボットはそんな女に向けてビームを撃ち続ける。だがまあ。さっきの状況を振り返れば誰でもわかる。誰でも思う。
この女を、好き放題にさせてはいけないと。
(あんだけ仕込んでいる割に装甲は頑丈……面倒な)
瑞穂は必死な形相で腹や胸辺りに殴っては蹴っていく。そして一度、諦めた様に距離を取った。
『死ぃぃぃねぇぇぇッ!』
撃ち乱れるビーム弾幕ッ! 対して瑞穂は周囲に氷壁を展開する。弾かれるビームッ! しかし弾幕はより一層濃厚となり執拗に撃たれていくッ!
瞬間。ロン毛は焦って見逃していた。壁の隙間を。先程と同じ四枚の壁だが、さっきの違いを区別出来なかった。そう、少し隙間が出来てることに。それに気付いたのは、その隙間からきらりと光るものが見えたからだ。
そう、それは。
(角度調整、良し。筋力調整、良し。狙い、良し。メモリーバンクから投槍のモーションデータの引き出し、良し。セット完了)
瑞穂が構えた、氷の槍。
「せぇぇぇっりゃ!」
濃密な計算の下弾き出され、狙いを定めた一撃は――迷わずにエレナが付けた傷へと吸い込む様に飛んでいくッ!
右肩の亀裂に直撃した氷の槍はより一層大きな傷を生み出し、より食い込むッ!
『な、なぁぁぁッ!?』
ふっと、瑞穂は自分が投げた槍を掴み、柄だけを取り出す。
いや、柄ではない。それは間違いなく――メイスッ! 愛用のメイスだッ!
メイスは巨大な斧に早変わりし、次は左肩に振り下ろすッ!
『う、撃ち落とせぇぇぇッ!』
もっと冷静ならたかをくくって払っただろう。だが思い出せ。彼女の活躍をッ! やってのけた馬鹿げた奇跡をッ! 素手でロボットを何度も仰け反らせたその戦闘力。まさに恐怖するには十分だッ! だが不思議なことに、彼女を狙ったビームは悉く氷漬けとなり届くことなく、斧は振り下ろされたッ!
ロボットを揺らし、鳴り響く打撃音ッ! 肩には食い込んでいるが、流石に装甲を抜くには至らないらしい。
『い、今だぁぁぁッ!』
瑞穂に更にビームが集中する。だが瑞穂は構うことなく大きく息を吸い。
「フンッッ!」
左肩をばっくり、振りッ! 抜いたッ! 軋む鋼鉄ッ! 溢れる機体の部品ッ! 切られた所は凍結しながら、ついに左肩も切り裂かれるッ!
だが、ただ両肩を中破しただけ。動きは悪いが、未だに健在ッ!
『撃ぅぅぅてぇぇぇッ! もうそいつに何もさせるなぁぁぁぁぁぁッ!』
汗を撒き散らして着地する瑞穂。しかし、そこに飛んで来る拳ッ!
「チッ、まだ動くんだ」
だが瑞穂は見た。両腕から覗く砲身が動かないのを。
(駆動系はやれなかったが、砲身は潰したみたい)
瑞穂は一旦距離を取り、氷壁を生み出して防御――の瞬間、氷壁があっさり砕けた。同時、急に体に力が入らなくなる。
「なっ、え?」
瑞穂は瞬時に思い返す。時間を。思い出したくないが、拒否する前に脳内で経過時間が示される。
(現在一時四八分……? げ、朝食を取ってから七時間!? なんか、お腹も空いて来た……)
思えば戦闘開始から約三時間半ぶっ続けである。いい加減腹も減った頃合であろう。瑞穂はがくりと膝を付く。
空腹を自覚すると尚辛くなっていく。瞬間。瑞穂は気付くのに一歩遅かった。
目前に迫る鉄の塊、瞬時に瑞穂は手をかざして片手でそれを受ける。
鈍い音が鳴る。響かずに、立っただけで消え去った。瑞穂は軽く飛ばされ、ごろごろと転がり、やがて仰向けで倒れこむ。
(やっば。呼吸法で体力の回復が行えない……ッ!)
『サテライトブラストォォォッ!』
打上げられるビームの束。それは収束し、巨大な光線となって瑞穂に降り注いだッ! 爆ぜる閃光ッ! 衝撃と風圧を生み出し、あらゆる物を薙ぎ払う一撃が瑞穂に叩き込まれるッ!
だが。
『く、くくく……流石は世界の守護者だ……驚きのしぶとさだ……ッ!』
瑞穂は仰向けのまま普通に健在ッ! 腕を交差して防御の体勢を取って、未だに健在ッ! が、服装は非常にボロボロだった。あ、そこで息切らしてる男性諸君。そうそう、女性がボロボロの衣装で倒れ込んでいる所を妄想している諸君。ボロボロで消えたのはブラウスだけと腰に付けた外装だけだから。スカートとアンダースーツと手袋とオーバーニーソックスは健在だから。無傷だから。全部黒いから色合いが非常に真っ黒だが。
そんな感じに瑞穂は非常に薄着となっていた。上着の殆どを剥ぎ取られた状態である。
(ふむ。大体分かったけど……これ魔法による攻撃じゃないね。多少でも外傷が出来てる。咄嗟に氷の盾を作ったけど、五体満足で助かった……でも、お腹空いたな……携帯食料はあるけど……どうしよ?)
瑞穂は息を切らしながら適当に思考を動かす。
(……やばい。本格的にやばい。思考が単純化されてる。分割思考が一本になってる。
いよいよ拙い事になった。食事くらい軽いけど……弾幕はきつい。魔力も足んない……ベタなパターンに期待するか)
『く、くくく……ッ! や、やっと倒れた……ッ! このまま一気に叩き潰し、因縁に決着を付けてくれるッ!』
「何の因縁だ」
瑞穂は空腹と体力切れで倒れてる筈なのに普通に突っ込んでいる。城砦ロボットは笑い声を漏らしながら瑞穂に近づく。如何見ても変態です。
『お仲間は蹴り飛ばされてから全く動かない……もう何の奇跡は起きん、起こさせんッ!
絶望と失意の中、諦めを持って逝くが良いッ!』
ロボットの体中から覗く砲身が瑞穂を捉える。そして、それらが一気に火を噴くッ!
「軽々しくその言葉を口にするなぁッ!」
『なッ!?』
「……何?」
束になったビームは急に現れたオーラによって防がれたッ!
一体、この場に何が起きたと言うのかッ!?
「……ッ! ま、さか……生きて、たの?」
瑞穂は何とか身を起こしながら呟く。それに応える様に盛り上がる鉄管の地面。
突き出てくる……鋼鉄の腕ッ!
「諦めるなんて言葉……軽々しく、口にすんじゃねぇよッ!」
そして、現れる――戦闘機合体ロボッ! 響くインメガの叫びッ! その腕は塗装の殆どが剥がれ落ち、既に素材が剥き出ていた。
やがて出て来る全身。それは酷く醜い姿だった。突き出した左腕も真っ直ぐ伸ばしてるのに有り得ない所で折れ曲がっており、右腕は肘から消し飛んでいる。左足も無く、右足は膝から先が無い。背中のブースターで突き出てきたのか頭部はほぼぺしゃんこ、コックピットは前から剥き出しの状態だ。
しかし瑞穂は記憶している。この空間に来る寸前、ロボットは大破している事を。同時に理解する。機体中に迸る電気、電磁力の力で強引に部品を接続しているのだと言う事を。
ロボットの真正面。コックピットがむき出しになってる。そこにインメガは立っている。その顔も酷い。ズタボロで右目の瞼が潰れ、眼鏡もブリッジがひん曲がっており、もう眼鏡としての機能を期待できそうも無い有様だ。それでも身体中にロボットの内部回線を巻き、右手を前に突き出し、電磁波を放ち続けるッ!
「へ、へへへ……待ってたぜ、こういう瞬間を。誰かに面と向かって語れる瞬間ッ! 待ってたッ! ずっとッ!」
『ほざけ脇役風情がッ! 身の程を弁え』
「うるせえよ……」
インメガはロン毛の台詞をぶった切るッ!そして全うする、己の成すべき仕事にッ! 下げていた左手も動かしッ!魔力を練り、術式を構築し、更に電磁波を生み出すッ!
「この俺を、俺たちを舐めるな大物ぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
叫ぶッ!小物の意地を握り締めてッ! 数多のビームを相手に防ぐッ!
「おい、漆黒の氷姫ッ! 長く持つもんじゃねえッ! 動くなら今のうちだッ!」
瑞穂食事中。何処に隠し持ってたのか、既にランチボックスを取り出してサンドイッチを食べている。あ、水も飲んでる。
「おい、何してる?」
「休憩」
「俺の頑張り何なのッ!?」
「私の魔力回復時間稼ぎでしょ? あと前」
瑞穂の台詞の直後、 ビームに紛れて城砦ロボのパンチも飛んでくるッ! だが電磁シールドはそれさえ受け止めるッ!
「あとあの嬢ちゃん何処だ!?」
「エレナさん? ちょっと寝てる」
「そうかい。じゃあんたにも言っとくぜ。別に俺は、俺たちは自分たちがした事について謝る気ねえッ これで許してくれとかも思ってねえし言わねえッ! だが悪い事をしたって言う事を否定する気はもっとねえッ! 俺はあんた達の味方をする訳じゃねえ、肩入れする気もねえよッ! だがな、この騒動は俺達とあんたらビリリ村の連中とで決着をつけるべきものだッ! 絶対にあんな野郎で決着を付けるもんじゃねえッッ!!
違うか?」
インメガの声は響く。
「違うか!?」
壁に叩きつけられたエレナが、朦朧とした意識の中で。
「違うかッ!?」
耳に響く。もう殆ど聞こえないけれど。
「違うって、言うのかぁぁぁッッ!」
確かに、届いた。
迫るビーム、鋼鉄の城砦、そしてミサイルッ! そして漢は――。
「なあ、相棒。違う訳、ねえよな――」
インメガは後ろで倒れてるグラサンに語りかける。
電磁波バリアは徐々にその効力を失い、消える。そして光の濁流に飲まれ、爆散した。残るのは鉄くずのみ……だが。
『見苦しいクズめッ! 調子に乗りおってッ! 身の程を思い知ったかッ!? 三下がッ!』
地面を力強く踏みしめる音が鈍く立つ。見ればゆらりと瑞穂が立ち上がっている。体力の回復を既に済ませた漆黒の氷姫が。
「ん、礼は言っとく」
両指をゴキッゴキッと鳴らし、拳を構える。
『ふん、体力を戻した所で何の意味が」
「コールクロウッ!」
瑞穂は駆け出し、左の拳を叩きつけ、右の拳を打ち込むッ! 揺れる機体ッ! 折れる腰ッ! 間違いなく、ロン毛との戦闘で一番重いパンチッ! 事実、殴られた箇所は見事に凹んでいる。ほら、鉄球とかを叩き付けた感じに。
『なッなッなぁぁぁッッ!?』
瑞穂は地に立ち髪をかき上げる。
「見せてやるよ……全力全快の“姫”ってやつを」
『姫、だとぉッ……!?』
姫。
公爵などの娘と言う意味とは別にもう一つ存在する。年若くも周囲に認められた女性魔導師に送られる称号。現在世界に八人しか与えられていない称号だったり。瑞穂はその内の一人である。
体力は戻った。気力も戻った。調子も良い。瑞穂はもう一度敵ロボットの腹部に辿り着くと同じ箇所を更に思いっきり蹴りつけた。酷く、重い音が立つ。響きはしない。鉄球をコンクリートにでも叩き付けた様な音が。
ロボットは動かない。微動だにしない。瑞穂も同じである。足が思いっきり機体に突き刺さっている。瑞穂は周りの装甲に手をかけ、ひっこ抜いて呟く。
「やっと抜いた……ッ!」
『な、な、なぁぁぁッ!?』
「コールドステークッ!」
続いて置き土産にぶち抜いた箇所に氷杭を叩き込むッ! そしてメイスをハンマーにし、空中にしっかりと足を踏みつけて思いっきり杭を撃ちこむッ! 破砕音を響かせ、杭はより深く沈み込む。瑞穂はもう一度杭を打ち込み、尚深く叩き込んだッ!
『くっ、くそぉッ! おい、撃ち落とせッ! 何故砲撃しないッ!? な……腹部のエネルギー回路が酷く損傷……ッ!? このアマァァァァァァッ!!』
瑞穂に向けてロボの鉄拳が迫る。瑞穂はすぐさま後ろに飛び、空中ではなく地面に降り立つ。ロボは直ぐに氷の杭を抜くと瑞穂に向けて振り下ろすが、杭は瑞穂の目の前で砕けて塵になる。
「人の魔力を逆支配もせずに使うと痛い目にあうよ」
『クソックソックッッソォォォッ! 各機関の修復システムはまだかぁぁぁッ!?』
音声器から漏れているであろう声。それは酷く焦っていた。傍から見て思わずみっともないと思うくらいには。
「なるほど、内部に修復機関を持ってるのか……ちょっと厄介だな」
瑞穂はクラウンチングスタートの構えを取り、駆け出して殴る付けるッ! 今度は腹ではなく胸の部分をッ!
「これは……さっきの何か知らない人達のお礼の分ッ!」
上段から打ち下ろす様に左の拳を城砦ロボットの胸に叩きつけるッ! 音が震え、空気が揺れ、ロボットはぐらっと後ろに傾くッ! ところで君、何時からそんな台詞を言う人に? あ、結構前からこんな人だったな。
『な、な、なあッ!?」
「後、エレナさんに攻撃した分の、お返しッ!」
続いて右のストレートが左で打った所と同じ箇所に打ち込まれるッ! 鉄壁に激突する様な音が鳴り響き、ロボットはより後ろに傾くッ!
『この女……人間かぁぁぁッ!? な、何者なのだぁぁぁッ!?』
「最後に、すっごくムカついた」瑞穂は空中に左足を付き、右足を垂直に掲げて「私の分ッ!」
踵を振り、降ろすッ! 立ち上がる一際巨大な音ッ! 鋼鉄の城は軋む音を立てて地面に付す。
瑞穂の手が、一気に凍りつき、一端距離をとって両の拳を前に突き出す。それらから生み出された氷は巨大な一つの氷塊となり。氷塊から生み出される凍結の波動。それは起き上がろうとするロボットを大雑把に氷付かせた。
「グレート」
氷塊の両脇から噴出す吹雪。それは推進力となって氷を回す力となる。
「フリージング」
瑞穂の靴はスケートシューズとなり、流れる雪に乗って前に突き進むッ!
「ブレイカァァァァァァッッ!」
瑞穂は跳躍し、起き上がろうとするロボットの腹部に氷塊を叩き込むッ! 自分で開けたでっかい穴にッ!
しかしロボットは瑞穂の攻撃を受けた衝撃で再び地に伏し、瑞穂は自ら空けた穴ではなく真ん中の線に装甲を抉りながら前に突き進むッ! そう、先程エレナが切り付けた部分をッ!
「であああああああああああああああああああああああああああッッ!」
突き、抜けるッ! ロボットの上半身をッ! 見事に、真っ二つに抉り抜けたッ!
同時。瑞穂の後ろで声にならない叫びが響く。思わず瑞穂は後ろに振り返る。声に引かれたのではなく。
「な、何、この魔力。こ、濃過ぎる……!?」
エレナは部屋中に響く破砕音も、ロンゲの焦る音も聞こえはしない。聞こえるのは電気の流れる音くらい。外部の情報は全く入ってこない。
だけど聞こえた。インメガの声が。耳ではなく心に。魂に。
声が届いた。胸を打った。でもどうしようもない。感覚が殆ど分からないのだ。どうしようもない。
(もう……どうでもいい)
そんな風に思っていた時だった。エレナの脳に何かが届く。通信だ。エレナの脳に電波による外部接続をしている者がいる。
やがてそれは自動でつながった。
『エレナ? 聞こえるか、エレナ!?』
「――お父、さん!?」
アーステラ、ビリリ村。村長の家の地下研究室。
そこには多くの電気機器と通信用の機材やら大きなモニターが置いてある。
簡単に言えば、ちょっとした指令室である。巨大スクリーンの前、小さなマイクを手にした白衣のおっさんがしゃべりかける。
「エレナ? 聞こえているか、エレナ!?」
『お父、さん!?』
白衣のおっさんは安堵の表情を見せ、後ろにいる白衣の集団も喜び始める。
「漸く見つけたぞ、エレナ! 急に反応が途絶え、今世界中を捜索してやっと異空間にいるお前を見つけることに成功したんだ! で、そっちの状況はどうなっている? 追跡は? 何故異空間に? データの回収は?」
エレナの親父さんは次々とエレナに向けて質問を投げかける。だが返答は人間の呼吸音だけ。親父さんは心配そうな表情を見せ、再び口を開く。
「どうした? 返事をしろエレナ! 怪我をしたのか? 交戦中なのか!?」
『……任務は……成功、かな。データディスクが破損。研究データの流出は防いだ。今は交戦中だけど、私はもう動けない……体が、魔力に浸食されて……もう何も感じることが出来ない』
「そ、そうか……取り返す事は出来なかったが、まあいい。それよりも魔力の侵食度が高まり感覚がマヒしているのか? アイガードは失くしたのか?」
『そっちの世界に置いて来て無い。ごめんお父さん、私はもう』
「分かった。ならばこれよりお前の人体実験を中止する!」
『――え』
エレナは不意を突かれたような声を漏らす。
『ど、どういうこと!? お父さん、私は――』
「もういい。もういいんだエレナ。もうお前はこの実験を降りていい。実験は中止、いや完了だ。今まで苦労をかけた」
『そ、そんな! どうしてッ!? なんでッ!? わ、私は村の発展の為に』
エレナは声を荒げて問い返す。その様子は我儘を言う子どもにも見える。
「エレナ、よく聞け。おそらくこの村の技術は……後二、三世紀もすれば時代遅れとなる。もう、時代は電気とは別のエネルギーの時代を迎えようとしている」
親父さんの表情は真剣そのものだ。そこからは悲痛な思いさえ感じられる。
『お、お父さん、何を言って』
「このまま今までと同じ研究をしていては我々は時代に取り残されるだろう。
二、三百年は長いようだが、実際は短い。今まで通りに外部との連絡を極力絶ったままでいれば、我々の研究は確実に意味の無いものとなるだろう。
変わらねばならないのだ」
『お父さん……』
「エレナ。この十五年間、よく実験に耐えてくれた。お父さんはお前のことを誇りに思う。だがなエレナ、お前も魔法科学者であるのなら常に前を見ろ」
『ま、前って』
「エレナ」
親父さんの後ろから白衣を着た妙齢の女性が歩み出る。
『お、お母さん』
「貴方はよくやってくれた。貴方のおかげで色々なデータが沢山とれたわ。でもね、一つの実験に拘っていては前には進めない。過去に縋り付くだけの研究に未来はない。過去は学び参考にするもの。我々の行く先は常に未来なのよ」
『……お母さん』
エレナは思う。今までこの実験に参加していた理由。それは全部、村一番の優秀な魔法科学者夫婦の両親が好きだったから。村中から尊敬されていた両親が大好きだったから。深呼吸をし、エレナは決意をする。
『――分かった。じゃあお願い』
「分かった。後エレナ、お前の魔力回路を常人と同じにすることによる注意点を説明する。まず、知ってると思うが魔力に浸食された感覚全てがリセットされる」
『本当ッ!?』
自分で言ってエレナは思い出した。ようは濃厚な魔力が感覚を阻害してるのだから、それを失くしてしまえば元の視力に戻るのは当然だ。
「後、体内魔力が長時間循環し続けたことにより」
『お願い、今すぐやってッ! 忘れてた、友達が戦ってるんだ!』
思わず、エレナは自分の馬鹿さに呆れる。両親は大事だ。大好きな両親を誇りに思い、実験に参加するのは大事だ。
だが、今戦っている友人だって凄く大事。
「わ、分かっている! おい、今すぐ体内魔力回路変更の遠隔操作だ! 急げッ!」
「もたもたしないでッ! 後魔道書を可能な限りデータ化しておいて! 準備完了次第エレナに送るわ!」
親父さんは周囲の白衣の集団に指示を送り、エレナの母は次の指示を出す。急に彼らは慌しく動き始める。立ち上るタイピングの音、キーボードを叩く音が一斉に並ぶ。そして。
「準備完了、魔力回路の設定変更開始!」
びくんと、エレナの肉体が弾む……様な感覚がした。実際はそんな感じがしただけだが。
エレナは体が変わっていくのを感じる。爪先から髪の先まで通っていた魔力が途絶え、皮膚のすぐ内側ではなくその奥に引っ込んで行くのが分かる。
何より驚くはより鋭利になっていく感覚。いつも以上に感じる空気、温度。いつも以上に感じる匂い、いつも以上にクリアな視界。
目が、見える。何時も以上に濃厚な色合いの世界が広がっている。込み上げる何かを抑えられずに思わず、叫び出す。声にならない声をッ! エレナの体はオーラを纏う。白いオーラを。濃厚な電気の魔力が真っ白な光となっているッ!
『エレナ、これで普通の魔法が使えるようになった。だけど、今貴方に使える魔法は恐らく一つだけよ』
未だ繋がっている脳内通信から母の声聞こえて来る。
『エレナよ、そうだ。電気魔法最上位、ヴォルテックストライカーだ! 雷迅一閃に似てる魔法と言えばそれしかないッ! いいかエレナ、自分の魔力を、自分の魔法を信じるんだッ!』
『そうよ、貴方は何と言ったって私たちの自慢の』
『自慢の娘なんだからなッ!』
「オーライ……それしかないってことだね」
エレナは立ち上がり、魔力を練り、両腕に集める。今自分が使えるたった一つの魔法を叩き込む為に。
立ち上がろうとするロボットをガン無視してそれを見ていた瑞穂は解析を始める。
「あ、あれは……トールスフィア? いや、ボルティックブラスター?」
次のエレナの行動で、瑞穂は眼をひんむいた。何をしたかって? 両手に集めた魔力全部を体に流し、球体となって宙に浮ぶ。その姿になる魔法を瑞穂は一つ知ってる。と言うか、一つしかない。一つしかあり得ない。
その名は。
「ヴォ、ヴォルティックストライカー!? この場面で!?」
瑞穂は驚きのあまりの大声を出す。いや、うん。彼女の言い分も分かる。そもそもヴォルティックストライカーとはどう言う魔法か? 内容は簡単。多量の魔力を発動者の体内に流し込み、電気と一体化して相手に突撃する魔法である。電気と一体化してる為、速度はほぼ光に近く、導体に引かれ易い性質を持っている。その為やたらピーキーな性能の魔法である。ランクはSの電気属性魔法の最高位魔法だ。
まあつまりあれだ。こんな時に味方巻き込み上等な魔法なんて出してんじゃねえと言うか。瑞穂が驚くのは無理も無い。だって、いきなり友人が酷いほどに高難易度の魔法を使おうと言うのだから。エレナは真っ直ぐに前を見る。ぶつかるべき敵へ。そして、叫んだッ!
「ヴォルティックッ! ストライカァァァァァァッッ!」
瞬間、強烈な風圧と衝撃をばら撒いて雷球は動き、ロボットに直撃した。もう雷球と言うよりは電雷の一矢と言う方が良いもかも知れない。
「ぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
エレナは瑞穂がぶち空けた穴に頭から突っ込み、更に内部の機関にしがみ付くと更に押し出して更に上昇するッ!
思えば、瑞穂も殴って仰け反らせても浮かせる事は出来なかった。
『ばッばッばッばぁぁぁッ!? 馬鹿なぁぁぁあああッッ!? ここッ、この兵器の総重量は、五万トンなんだぞ!? な、何故ぇぇぇッ!?』
「いや、あれだけぼこぼこにすれば……いや、それでも微量か」
持ち上げられたロボットはあっさりと天井に叩きつけられるッ!
ついでに瑞穂さんは華麗に分析を始める。
「んなもん、電磁力で持ち上げてるに」
エレナはぐるりと真下に方向を変え音速でロボットを地面へと叩きつけるッ!
「決まってッ!」
そのまま床にロボットを滑らせ、壁に叩き付けるッ!
「るんだろうがぁッ!」
壁に押し込む様に尚突き進み、エレナはより大きく、電光が弾けるッ! 周囲に迸る、強大な電流ッ!
「っわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
『ぅぎゃぎゃぎゃ。ぎゃ、ぎゃ。ぎゃが、が、が、がが……が……が』
部屋中に響く絶叫ッ! エレナの叫び声が迸る電流と重なる様に響くッ!
ノイズに混じって声が漏れる。電流が内部にも流れ、ロンゲも感電して苦しんでいるらしい。
機体中に迸る電流ッ! ロボット内部に送り込まれる高圧電流ッ!
『エ、エネ、ギー回路が……ぎゃぎゃ、流し、ここ、これれれ』
ロンゲの声は震え、更にはノイズだらけでよく聞こえない。そして、ロボットの内部が所々爆発を始め、やがて――。
鉄管の世界が、爆炎に包まれる。
世界は変わっていた。鉄管に満ちた世界は失われ、真っ黒な空間に、足場が浮んでいるだけの世界。エレナと瑞穂はその足場に横たわっている。
「ん……此処、何処?」
「んん……生き、てる……の? 通信は……切れてる?」
と同時に起きだす二人。周囲を見渡しても足場以外に光は見えない。
「やってくれたな。おかげで我が要塞は滅茶苦茶だ」
声が聞こえ、そっちに視線を送れば――そこにはロンゲ本人と、大体四㍍の雪達磨に手足を加えただけのようなロボットが居た。
「我が錬金術でこれだけを再練成するだけで精一杯だったが……だが、これだけの兵器さえあれば貴様ら如き我が力で葬ってくれようッ!」
「ねえエレナさん。ロボットに乗っててフルボッコにされた人がおかしな事ふかしてる」
「れ、錬金術って何……? 後瑞穂、世の中触れて良いものと悪いものがあると思うよ」
瑞穂の発言にエレナはげんなりとした顔で返す。と言うか瑞穂は結構余計な台詞を言ってる気がする。ラスボス戦なんだからもっと盛り上げようよ。
「錬金術って言うのは地属性魔法の中級魔法技術だよ。金属を魔力で別の性質に変化させるやつ。あれの古い言い方が錬金術の筈。普通は金属変化と言うけど」
「貴様ら、何の話をしている。錬金術とは練成陣に特定の物を置き、術式で物質を変化させるものだろう」
話が噛み合わない。ロンゲは咳払いしなおして。
「まあ、良い。次はあのようなただの機械人形が相手と思うな。こんどは我が魔道の真髄……魔王たる我の力を、存分に振るって見せようッ!」
ロンゲは言い終えると鉄達磨に潜り込む。同時に機械音を鳴らして目が光る。
「わあ、機動勇者転回~宇宙の遺産~みたいだねえ」
「瑞穂、あんた結構詳しいね」
「クラスメイトの一人が好きでねえ」
『死ねぇぇぇいッ!』
鉄達磨の両腕がブレードとなり、二人に向かって突進を行う。
瑞穂は氷壁を作り出すが、あっさりと切り裂かれるッ! 更に二刀流を繰り出して二人に攻め立てるッ!
「うわっ、こじんまりして動きが良くなった!?」
『細切れとなるが良いッ!』
右のブレードを振るって瑞穂に切り掛かるも瑞穂は素早くかわし、更に左のブレードで追い討ちをかけるッ!
「速いッ!?」
瑞穂は避けられないと見て、素早く両手を交差させてブレードの攻撃を防ぐッ!
「瑞穂、私が後ろやるからあんた前やってッ!」
「やってみるッ!」
瑞穂は両の拳をそれぞれ凍らせ、切り掛かるブレードに応戦をする。
右のブレードが上段から来て、それを右の拳で打ち返し、左の拳を打ち出すも左のブレードが弾き、更に蹴りを叩き込むも右のブレードが戻って来て弾かれ、降ろされる左のブレードに瑞穂が素早く左の拳で殴って弾くッ!
『ええいちょこまかとッ!』
「こっちの方が無駄に強いって何ッ!?」
「エレキビィィィムッ!」
エレナの声に合わせ、瑞穂は一旦距離を取る。放たれたビームは二つのブレードによって切り裂かれるッ!
「エレナさんッ! こんな時に何で初級魔法ッ!?」
「だ、だって、私普通の魔法なんて生まれて初めてなんだよッ!? ちょっと練習させてよッ!」
「経験値五十倍でLV上げてッ!」
「どんなチートだよッ! と言うかLVって瑞穂あんた結構キャラに合わずゲーマーなのッ!?」
瑞穂は返さずにメイスをハンマーに変化させて鉄達磨に殴り掛かるも、二つのブレードで切り裂かれる。
慌てることも無く瑞穂はメイスをそのままブレードの合間を縫って中央の本体へと叩き付けるッ!
メイスの打撃を受けたロボは軽く仰け反り、瑞穂はメイスを手元に戻して更に殴り掛かるッ! 短く殴り、長めに握って遠心力を生かし、ブレードの届かぬ範囲で上段から下段から右から横殴って突いてうえから叩き付けて更には左からホームランッ!
怒涛の連打ッ! メイスと言うより、棍棒術によるコンボッ! 鉄達磨はあっと言う間にフィールドの奥に押し込まれるッ!
が。瑞穂が更に踏み込んだ瞬間、足元に術式が描き出され、黒いオーラが噴出す。
「って、え?」
『暗黒に堕ちよぉぉぉッ!』
ずっ、と瑞穂は何かに沈む様な感覚に陥ると思ったらふっと誰かに投げ飛ばされる。
「え、エレナさん!?」
「あいつ……直接戦闘はAI任せか!」
『ほほう、よく気付いたな。褒めてやる。だが』
エレナの周囲に現れる黒いエネルギー体。それらは一気に膨らんで破裂するッ!
『もう遅いッ! 先程そこの黒髪の女がやったように、我が魔道、とくと見せようッ!』
「瑞穂、ポジションチェンジお願いッ!」
「分かったッ!」
エレナは三つの棒を合体、先端を変形させて電刃鎌を握る。
「システムチェンジ、コード刹那……ッ!」
『闇の炎よ、出でよッ!』
エレナの頭上に真っ黒な炎が現れ、一気に降り注ぐもエレナは素早くかわして鎌を持って鉄達磨を切り上げるッ!
鉄達磨はブレードを交差させて防ぎ。
「アイスブロック!」
上から氷塊が落ちて、鈍い音を立てた。
『ぬがっ!』
「でぇぇぇいッ!」
崩れた防御にエレナの電刃鎌の横振りが思いっきり突き刺さり、装甲を切り裂くッ!
「ブリザードッ!」
更に吹雪がロボの動きを押し出し、エレナの振り下ろされた電刃がロボットに突き刺さり、引き裂くッ!
瞬間。エレナは真っ黒なエネルギーの塊に飲み込まれ――そうになったと思ったら気が付いたらエレナはロボから離れた所に立っており、直後に黒いビームが通り過ぎる。
「な、何を?」
「世界を止めただけ。前衛後衛交代」
「わ、分かった……ん? あ、いいもの見つけた」
二つのブレードを構え、ロボットが迫って来るッ! 対する瑞穂が前に出て迎え撃つッ! ふっと、瑞穂は魔力の行使を開始する。
と同時、カチッと言う音と共に瑞穂以外の全てが動きを止める。
瑞穂は自分以外の全てが停止した世界で距離を詰め、メイスを叩き付ける瞬間に全ての世界が同時に動き出し、見事にクリーンヒットするッ!
更に踏み込み、尚もメイスを振り回す瑞穂。円を描き、踊る様にメイスによる棍棒術を展開していくッ!
『開け魔界の門ッ! 闇の眷族よ、我が敵を滅ぼせぇッ!』
生み出される術式。瑞穂の背後から闇を纏った何かが出て。
「来ぉぉぉいッ!」
エレナはとある方向に向けて手を突き出す。そしてそれに引かれる様にソレが飛んで来た。
そう、それは――鉄塊。正しくはインメガの乗ってたロボットの残骸ッ! エレナはそれを両手で抑え込み、術式の間においた。置かれた術式は何かに似ていた。そう、まるでレールに。
「ねえ、知ってる? 電磁力で物体を加速させられるんだ」
思わず瑞穂はそこから飛び退き、エレナを見る。彼女は置いた術式の前に立ち握り閉めた拳を構えていた。
まるで、何かをぶん殴ろうと待ち構えてるように。
「丁度良く鉄があるから、遠慮無く使わせて貰うよ。圧縮ッ!」
エレナの声にあわせて鉄塊は圧縮されこじんまりとした大きさになる。
そして拳を振りかぶり。
「ぶっ飛べぇぇぇッ! レールキャノンッッ!」
鉄塊に殴りつけるッ! 殴られた鉄塊はその双方にあった術式は消滅し、鉄塊は衝撃波を生み出してかっ飛んだッ!
そして飛翔する鉄塊は、術式も、闇も消し飛ばし、鉄達磨にクリーンヒットし、鉄達磨は思いっきり吹っ飛んだッ!
『がぁッ!? な、何だッ!?』
「第二波ぁッ!」
エレナは手を伸ばし、電磁力で鉄塊を引き寄せ。
「セットォッ!」
鉄塊を圧縮し、二つの術式で挟み込み、拳を構えるッ!
「いっけぇぇぇッ! レェェェルキャノォォォンッッ!」
そして、再び鉄塊を殴り込み、一気にぶっ飛ばすッ! 光に近い速度で鉄塊はぶっ飛び、鉄達磨に突き刺さるッ!
「電磁加速によって鉄塊を高速で吹っ飛ばしてるのか……エレナさん、弾数は後幾つ!?」
「ごめん、もう無いッ! さっきので全部使っちゃった!」
「そう……まあいいや、一気にぶち抜く……ッ! こぉぉぉ……ッ!」
瑞穂は諦めた様に言うと体内のエネルギーを燃やし、気を練る。練りあげた気を両腕と両足に集中させ、地面を踏み締める。生み出した錬気を各筋肉に送り、硬く強化して体勢を立て直したばかりの鉄達磨を思いっきりぶん殴るッ!
狙うは胴体――ではなく、ブレードッ! そう、鉄壁の壁を鋼鉄にも等しい硬さを持った拳で撃ち抜くッ! 右のブレードと硬錬気で強化された右の拳が激突し、火花が舞うッ!
「覚えておけ」
瑞穂が口を開くと同時、ブレードの両端が氷づいた。
「硬い物ほど」
ブレードに罅が入り、酷くもあっさり真っ二つに折れて瑞穂は直ぐにもう片方に左の拳を打ち合せるッ!
「衝撃に」
同じく両端が氷り付く。そして全く同じ結果が、あっさりとブレードに罅が入るという結果が。
「弱いってことをなッ!」
彼女は空間凍結を敵のブレードに行い、空間に固定させてブレードの脆い部分を全力で打つ。こうなれば鋼鉄だろうが関係はない。折れ易い条件を用意し、折れ易い所を打てば大概の武器はこうものなろう。
瑞穂は更に深く踏み込み、拳を胴体へ狙いを定め。
『闇よ、貪れぇぇぇッ!』
瞬間、男の声と共に鉄達磨から無数の闇が瑞穂へと殺到するッ!
だが、彼女にはまだ切り札と言うものがある。そう、彼女の中にあるものが。
「いくよ」
――うん。
「私は貴方で」
――貴方はわたし、だもの。心を一つに。
「体を一つに。魂を一つ」
――どちらも同じ。
「うん、どっちもおんなじ存在」
氷結瑞穂、だから――! 心と心。人と精霊の魂が同化し、同調するッ!
瑞穂の髪は一気に氷り付くように蒼白に染まり、氷の粒子を空中に巻き散らし。
『理不尽と止まれよ世界ッ!』
瑞穂の声が世界に響く。小さな世界に浸食する。そして――理不尽にも、世界は停止する。
侵食する闇も、鉄達磨も、何もかも、この異なる世界の狭間の一部が切り取られ、理不尽に世界は停止するッ!
闇を素通りし、瑞穂は鉄達磨に肉薄すると叫んだッ!
『不理屈に、砕けろ世界ッ!』
ガラスが割れる音と共に停止していた世界が不理屈にも砕け散った。
闇はガラス細工の様に砕け、鉄達磨は一瞬歪んで元に戻る。
『がぁっはッ!? 何だ今の……ッ!?』
戸惑うロン毛に遠慮のない、重いパンチが鉄達磨越しに突き刺さるッ! 震える鉄達磨ッ!
「もう一発ッ!」
更に左のアッパーがはいったぁぁぁッ!
「脚も持ってけッ!」
右の回し蹴りが鉄達磨の体に食い込むッ! 鉄装甲が思いっきりへこむッ!
「次に、踵ぉぉぉッ!」
くるりと回っただ鉄達磨に瑞穂の踵落としが綺麗に決まるッ! そしてメイスを握りしめ、ハンマーにし、氷の杭を作って一発撃ち込んだッ!
「ペシャンコにッ」
倒れた鉄達磨を思いっきり踏みつけ、見下ろし、ハンマーを振り上げ。
『なれぇぇぇぇぇぇッッ!!』
思いっきり、振り下ろすッ! 響き渡る破砕音ッ! そして、空間とフィールドが砕けて散ったッ!
「んな」
「な」
砕いた瑞穂も、魔力チャージ中だったエレナも流石に吃驚。驚きながらも広がる空間に飲まれていく。
そこは本当の異次元空間。周囲には空間の欠片が浮んでいるだけ。まるで、宇宙の何処かに居る様な錯覚に陥る。
「死ぃぃぃねぇぇぇッッ!」
そこへロンゲが生身の身体で術式を構成し暗黒の波動を撃ち放ってくる。対する瑞穂は異空間に放り出されたばかりで何の準備もしていない。
魔力を練ろうにも、錬気を使っていたせいか、上手く練る事が出来ない。空間凍結でジャンプも、氷壁展開で防御する事も出来ない。瑞穂は素早くお着替え君を探すが間に合わないッ!
そこへ。雷光の輝きが、割って、入るッ!
「でぇぇぇいッ!」
「エレナさんッ!?」
エレナは瑞穂の前に出ると電刃戦斧を回し、前に翳し、電気ビームを撃って相殺を行うッ!
暗黒の闇を電光の光が弾き、やがて二つは消えて失せるッ!
「空気になってでも魔力を練ってたかいがあるってことか。瑞穂ッ! ちょっとビーム系魔法のレクチャーをお願いッ!」
「な、何で今それ?」
「今の割って入るのがやっとでね……流石に切り込むのは無理っぽい……だから、お願いッ!
氷属性にもビーム系魔法あるでしょうッ!?」
「あ、うん、ある」
「後、今は瑞穂とミズホ、どっち?」
「両方」
「即答かい。事情は後で聞く。向こうも聞いてる余裕くんないしねッ!」
エレナは電刃戦斧を前に翳してぶん回し、暗黒の波動を打ち消す。
瑞穂はエレナの手を重ね、魔力を練る。そして――。
「ブリザードレェェェッザァァァァァァッ!」
暗黒の波動を打ち消す様に吹雪の波動が放たれるッ! そして吹雪と暗黒は互いに競り合い、消滅ッ!
「イメージしてッ!
魔力を発射口である手に集中させて、それを真っ直ぐ伸びる線になるようにイメージしてから手を翳して、魔法を放つッ!」
瑞穂は両手に魔力を溜め、叫ぶッ!
「フロストブラストォォォォォォッ!!」
ロンゲは術式を生み出し、暗黒の波動を解き放ち、瑞穂から蒼白の波動が放たれるッ! 二つはお互いに激突し、やがて消えたッ!
「貴様さえいなければぁぁぁぁぁぁッ!!」
ロンゲは続けざまに暗黒の波動を解き放つ。更には撃つ度に暗黒の波動がより膨らんでいくッ!
「いっくよ瑞穂ッ!」
「うん、一気にやるよエレナさんッ!」
「アブソリュートバスタァァァァァァッ!!」
「ボォォォルッ! ティィィィックッ! ブラスタァァァァァァァァァッ!!」
大して同時に放たれる氷結と電光のビームッ! 二つ、いや三つは激突し、お互いに激しく拮抗するッ!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!! 世界の守護者ぁぁぁッ! 貴様さえ倒せばぁぁぁッ!」
お互いの意志を乗せた魔法は激しくぶつかり合い、お互いに主張していく。己こそが正義と、勝利を掴もうと、激しくぶつけ合うッ!
そして、それもやがては消えて失せるッ!
「しつこいッ!」
「もういっちょやるよ瑞穂ッ!」
「当然ッ!」
二人は魔力を練り、更に術式を構築するロンゲを睨む。
「よくも我が要塞をぉぉぉッ! 死ねぇぇぇぇぇぇいッ!」
「セルシウスバスタァァァァァァッ!」
「ボルティックブラスタァァァァァァッ!」
ドス黒い波動に対して蒼い氷と白い電気のビームがお互いに激突しあうッ! 異次元空間という不安定な空間にぶつかり合う三つのエネルギーはこれで三度目になるぶつかり合いをするッ!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
三人は声を張り上げる。この交戦に全てを賭ける思いで魔法を放つッ!
ぶつかり合うから、激突しあうから、分かるのだ。もうお互い限界が近いことを、これで決着を付けようとッ!
互いに激突し合い、削り合い、押し合い、競り合うッ!
長い様で、短い様な、激しい魔法と魔法のぶつかり合いの最中。
「くっ、ぐぅぅぅッ!」
徐々に、黒い波動が。押し、負けていくッ!
「馬鹿、なぁぁぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
「ッらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
少し、だが明らかに氷と電気が闇を押し出し、切り裂いていくッ!
ロンゲは叫ぶッ! 負けを認めぬと、己の中の全ての力を振り絞りつくしてッ!
だが、伸びないッ! 闇は伸びないッ! 二人の生み出す氷と電気のビームが、闇を打ち砕いて散らし、突き進むッ!
そして、男の眼前まで、迫るッ!
「いっけえええええええええええええええッッ!」
「う……ぐ、が、あ……がああああああああああああああああああああああああッッ!!」
ロンゲは、遂に、飲み込まれるッ! 闇を打ち砕き、氷と電気が渦巻く中に飲み込まれ、氷と電光が爆ぜるッ!
異空間に振動が走る。空間さえも揺るがすほどの衝撃が生み出されたッ!
「やっ……た?」
「見たい、だね」
「よ……よっしゃあッ!」
瑞穂の言葉にエレナが喜びの声を上げた。瑞穂も安堵の息を漏らした。
その時。
「まだ、だ……」
「はい?」
声のする方へ視線を向けるとロンゲがボロボロの状態で浮遊していた。
「我が力……その全てを出さねば……勝てぬと言うのか……」
「ねえ、更に負けフラグ立ててるけど、いい加減諦めるって単語は無いの」
「な、何ぃッ!?」
エレナは瑞穂を全力で無視する。と言うか、この女はどうして最終決戦なのにそれを滅茶苦茶なテンションで始めようとするのだろうか。空気を読めよ。
砕けた男の要塞の欠片が男に集っていく。展開される術式、それに合わせて一気に膨らんでいく。
「見せてくれよう……我が魔力、その全てをッ!」
ロンゲは闇に溶けて消えていく。そして――異空間の奥から、人間ではない化け物が出てきた。
惑星にも匹敵するほどの巨大な肉体。肌は青黒く、角と牙が生えている。
「……えっと、悪魔?」
「うん。最後の最後に、すっごい適当なのだしたね」
「お、お前! 人間止めてでも、世界が欲しいのか!?」
『わ、ワタシは……セカイをスべるオウに、カミになるのだ!』
「何で……そこまで」
元ロンゲの声はもう人間の物とは思えない様なものとなっていた。
一体何が彼を此処まで追い立てたの言うのだろうか。
「もう魔力残ってないし……体力回復出来るほどでも……どーしよっか。向こうも無茶苦茶しぶといし……と言うか三段階もパワーアップなんて聞いてないしどんなチートだっつーの」
「瑞穂、お願いだから小一時間黙って」
エレナは吐き捨てるように言った。ちなみに彼女《瑞穂》の学生時代のあだ名の一つは失言大将、口を開けば周囲の空気を微妙にする天才である。まあどうでもいいが。
「でもさ、エレナさん一人でこの状況どうにか出来る?」
「だけどさ、場の空気を冷ます事に長けた人は邪魔だと思うよ?」
「だって私氷魔導師。冷ます事に関しては得意」
思わずエレナは瑞穂の胸倉つかみ上げて叫んだ。と言うか突っ込んだ。
「おおーって誰が上手いこと言えといったぁッ!? この状況で誰ウマとかいいからッ!」
「別に上手くないかと。これぞ誰得?」
「本当にねぇぇぇぇぇぇッッ!」
あおとが宜しいようで。まあ、宜しくないので元ロンゲが瓦礫を投げ飛ばしてくるんだけど。
エレナは電磁フィールドを展開して何とか防ぐ。
「でもこっちももう魔力が空っぽだけど、瑞穂は!?」
「人の話聞こうよ。私の魔力はもう無いって。取って置きの回復手段ももう無いし」
と、その時だった。エレナの脳内に何かが接続された。
『エレナ! やっと繋がった!』
「お、お父さん!?」
「エレナさん、電波でも受信した?」
瑞穂よ、何で分かる。エレナは一先ず総スルーを決め込んだ。
『よかった、いきなり座標がずれてお前を見失ったときは正直肝を冷やしたぞ。
だが見つかったのなら良い。今そっちの位置座標を固定した。現在はお前と……隣の友達の方のステータスを数値化し……おお、結果が出た。やはりもう魔力が底をついたか』
「お父さん、後もう一戦闘行える様には出来ない? こっちの位置を確認してるなら誰か……そうだお兄ちゃん! お兄ちゃん達を此処に呼べば」
『いや、それは出来ない。これ以上誰かを巻き込むのは、流石に許容出来そうに無い。
それに今ビリーの所在はこちらでも分からん……さっきから呼び掛けても電話に出ないし、奴の電波を捉える事が出来ない。おそらくこちらの電波も進入出来ない様な所を冒険しているのだろう。ビリーらしいと言えばらしいが』
「でも! 飛風さんや数貴さんが」
『エレナ。これはお前に与えられたミッションだ。他人と協同することを悪いとは言わんが、他力本願は関心せんぞ』
「エレナさん、それ誰? と言うかお兄さん居たんだ。後呼ばないで、今逃げられないから」
親父さんは厳しい口調で言い切った。そう言われてしまってはエレナも反論出来ない。
瑞穂が横で何か言ってるがエレナは全力スルーを行う。瑞穂が男性恐怖症だと言うことをエレナはまだ知らないんだ。
「で、でもどうするの!?」
『大丈夫だ。こちらにも切り札がある』
「切り、札?」
『そうだ。今そっちに時空の穴の開けたところだ。今からお前に向け、放電を行う。この意味が分かるな?』
「――ま、さか。充電魔力変換!? 確かにそれなら一気に魔力が回復するけど」
『時間が無い。今発射三十秒を切った。後の制御はお前がしろ』
「お、お父さん! そんな無」
『やれるなエレナ!? 私達の娘であるお前なら、友人を感電させずに電気を受け取れるなッ!?』
エレナは一瞬言葉が詰まる。だが決意を込めて口にする。
「出来るッ! やって!」
『言われんでもやるさ。発射十秒前だ、用意は良いな!?』
「何時でも良いよ!」
「いや、さっきから何を独り言をぶつぶつと」
「今から高純度の電気が贈られて来るから瑞穂は下がって!」
「いやよく分かんないけど」
瑞穂はちんぷんかんぷんである。まあさっきまでの会話は脳内通信でしか行ってないので瑞穂は何が何なのかさっぱりだが。
「つまり、私の魔力が一気に全回復するって事!」
「……ちょっとまって、じゃあ一寸細工する」
「ッ! 来た!」
エレナが視線を向けた方向。真っ白なエネルギーが飛んでくる。
それに向けてエレナが手を翳し、そのエネルギーを一身に受け止めるッ!
エレナの体内に駆け巡る電流。それは電気の魔法力に吸収され、電気の魔力に変換されていくッ!
「ぬぐッ……く、ぐッ! ちょっと、お父さん……これは、流石に……濃いって……ッ!」
エネルギーは消え去った。そしてエレナは、復活した時と同じ輝きを纏う。
「ッは! 全く……でもまあ、待ってたよ……この瞬間をッ!」
エレナは電刃戦斧を取り出し、ブレードを展開するッ! それは電気を纏い、より巨大化していくッ! 止め処なく、何処までも、電刃戦斧は膨張を止めずに膨らみ、惑星級の大きさとなるッ!
「でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっぇえぇぇぇぇいやあああああッッッ!!」
それをぶん回し、元ロンゲを、異次元空間の瓦礫を一気に両断していくッ!
まるで世界さえも切り裂いて行く様な斬撃ッ! 電刃戦斧に、全て切り裂かれていくッ!
「これで、とどめだぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあッッッ!」
止めに振り下ろし一閃ッ! 元ロンゲは痛みを訴える様な声を上げて肉体が乖離していくッ!
エレナは近くの瓦礫に乗り移ると同時、電刃戦斧が塵となって消えた。流石に過負荷だったのだろう。
そしてエレナはロンゲの方を見る。ロンゲは呻き声を響かせながらも未だ健在だ。本当にしぶとい。
だがロンゲはそれでも術式を動かし、最後の悪あがきをせんと動く。
「な、何でッ!?」
「あれはもう魔力の塊だからね。あれだけ切ったくらいじゃまだ動くよ」
エレナは声に反応して横を向く。そこには、魔力を全開まで持ち直したであろう瑞穂が立っている。足場ないけど。
「み、瑞穂ッ!? その魔力何処で」
「言ったじゃん、細工するって。ちょっと魔力を貰ったから……まあ、ちょっと濃厚過ぎて何処まで身体が持つか分かんないけど……」
瑞穂はメイスを上に投げ、瑞穂も跳躍してそれを追う。メイスは空中で静止すると氷づいて行き、氷塊となる。
それに瑞穂は思いっきり殴りこみ、氷塊の一部を砕いて腕を中に居れて中にあるもの――取っ手を取り出す。
「死なば諸共ってね、セルシウステラトンクラッシャァァァァァァ……ッ!」
瑞穂の声に合わせ、氷塊は冷気を纏い、冷気はなお巨大になり――惑星級の大きさを持つハンマーとなる。
「此処が異空間だったのが……貴方の運の尽きッ!」
瑞穂は術式を構築し、闇を生み出す元ロンゲに向けて氷塊を振り被るッ!
「全部纏めてッ!」
それを引っ張る様に振り下ろすッ! 冷気は徐々に物質化し、超巨大なハンマーとなり。
「ペシャンコにぃぃぃッ!」
元ロンゲに迫り、術式も潰して。あ、皆さん宜しければご一緒にーぺしゃんこにぃー。
「なぁぁぁっれええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!」
瑞穂の絶叫と共に元ロンゲに向けて氷塊に叩き付けるッ! 激突の衝撃波を生み、元ロンゲはその重圧に潰されていくッ! 元ロンゲは何とか抵抗しようと動くが、滅多切りにされた体を無理やり動かしているのだ、何も変わりはしない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
瑞穂は叫び、ハンマーの円運動を続けるッ! そして、元ロンゲは自分の術式、周囲の瓦礫と一緒にぶっ潰されていくッ! そして――。
『セカイの、シュゴシャ、よ……よくも、ワが、ヤボウを、を、ヲヲヲヲヲヲヲヲヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』
ぷちっ。
と言う感じに潰れました。実は空気読めてないの地の文……!?
瑞穂は敵の消滅を感じると氷塊は塵になって消えていった。
「今度こそ……終わり」
「だ、ねぇ……疲れた……」
と言って二人がそこらへんの瓦礫に座り込んだ瞬間。空間が震えた。
「お、お父さん、何か嫌な感じがするけど何があったの!?」
『大変だエレナ!
今やっと結果が出たのだが、その異空間に根を張っていた要塞の様なものが崩壊し、その周囲の空間までも引き裂こうとしているッ!
急いで元の空間に戻るんだ!
出口は直ぐ近く、お前たちにエネルギーを送った時のものをそのままにしてある、急げッ! 崩壊に巻き込まれればこの世界、下手をすればこの世界の時間軸そのものに帰れなくなるぞッ!』
「な、何だってー!?」
「エレナさん、独り言はいいから」
「大変だよ瑞穂ッ! この辺り一帯の異次元空間が崩壊するって!」
「予想済み。これだけの大暴れもすれば異空間が滅茶苦茶になる事は分り切ってるからねえ」
「お父さん達が帰り道になる穴を用意してくれたって言うから」
「ああ、あの穴か」
瑞穂は言いながら後ろに指をさす。その先、確かに元の世界へと通じる穴が置いてある。
「あっ……って、何で瑞穂が知ってるの!?」
「私じゃないよ、今さっき同調の切れた精霊が教えてくれたの」
「瑞穂が何を言ってるの?」
「まあ、いっか」
瑞穂は気だるそうに立ち上がり、向かうべき穴を見る。
「……こっからじゃ遠そう」
「でも行くしかない、よね」
エレナも何とか立ち上がり、向かうべき穴を見る。
同時、いよいよ空間の揺れが激しく、大きくなっていく。見れば彼方此方に空間自体に罅が入っている。相当にやばそうだ。
「み、瑞穂、ど、どうするの!?」
「跳ぶしかないでしょう……幸い、此処の重力の影響は少ないから思いっきり跳べば」
「ほ、崩壊に間に合う!?」
「問題はそこだけど……根性で」
「根性でどうにかなるもの!?」
「するんだよ。奇跡が要るなら起こす、起して見せる。どっち道、やるしかないしねッ!」
瑞穂は言って跳躍する。穴に向かって。
「ああもう、なら起こしてやるよ、奇跡の一つや二つッ!」
エレナも同じく穴に向かって跳躍する。
はじめは調子が良かったが、やがて推進力を失い、空間の揺れと罅の大きさがより酷くなっていく。
「もうちょっとあれば、魔法でどうにか出来るものを」
「諦めちゃ駄目だって! もう少しなんだから頑張ろうよ! 平泳ぎでもしてッ!」
「……平泳ぎでどうにかなるってのもどうかと思う」
「突っ込む所はそこぉぉぉッ!?」
流石だ瑞穂。突っ込みが相変わらずずれてるぜ。
「でも、本気でこれは……何だ? 音?」
音が瑞穂の耳に届いた。エレナの耳にも。
「……これ、駆動音? ま、さか……!?」
エレナは驚いた表情で手をかざし、魔力を込める。なけなしの魔力。
すると駆動音――いや、何かが動く音が響いてくる。
「来い……ッ!」
そして、それは異次元空間の中へとはいってきたッ!
「来ぉぉぉぉぉぉいッ!」
それは、エレナの乗っていたバイクッ! エレナのバイクが、無人状態で主人の下へと走って来たッ!
エレナはバイクの座席に跨り、グリップを握ると電磁力を駆使して瑞穂を助手席に乗せる。
「もう時間はないよッ!」
「大丈夫、飛ばすよッ!」
エレナはバイクの内部に電気を送り、エンジンモーターを回す。
そして、異次元空間を駆け、元の世界へと、元居た荒野へと飛び出たッ! 二人は味わう、久しぶりの空気ッ! 久しぶりの通常空間ッ!
二人が元の世界に出た瞬間、異次元空間の穴は砕ける様に消えた。
「本当に……終わったぁ~……」
「だねー……」
言って、二人はぐったりと倒れるのだった。
「瑞穂ー……後でチャージするから電気頂戴……」
「ケータイでいー?」
「いーいー」
エレナは気だるそうに言い、瑞穂から携帯電話を受け取るとその充電端子に触れる。
すると携帯電話はあっと言う間に電源不足を表示して画面が真っ暗になった。
「携帯の電気程度じゃ……こんなものか……」
「おいこら、人の電気くっといて言うセリフがそれか」
瑞穂は電池切れの携帯を受け取り、エレナの台詞に大いに突っ込む。
ついでに瑞穂は携帯型おきがえ君のダイヤルを弄り、スイッチを押す。すると失った筈の腰回りの外装、ブラウス、ジャケット、ケープが再装着される。
「替えがあるんだ。しかも同じやつ」
「同じじゃない。ブラウスはレースが違うし、ジャケットはグレーから水色、ケープは同じ物だけど、外装は模様が入ってる」
「気付けるか」
二人は適当なやり取りを続けながら暫くだらーっとしていたが。
「よし、復活! んじゃ適当に近くの街にいこっか」
「早いね」
「うん、伊達に生の電気貰っちゃいないよ。ありがとうね、瑞穂」
エレナは言ってバイクを走らせた。何処か、近くの街へと向けて。
近くの街であるシオユカリシティ。
二人はその街の公園によった。瑞穂は辿り着くとんーっと背を伸ばす。道中寝てた様だ。
「ほい瑞穂。携帯の充電終わったよ」
エレナはそう言って瑞穂に携帯を手渡した。
「ん。どうも。で、これからどうするの?」
「いや、それこっちの台詞だけど……私はこれから村に戻るよ。研究とか色々最初からやり直しだしね。
お父さんと連絡取ったらぜひとも瑞穂をうちの村に連れて来てくれって。
今回手伝ってくれたお礼に私の祝勝祝いをしたいってさ。ホント大げさだよねぇ~。
で、瑞穂はこれからどうする?」
「んー今回の事件は元をただせばあの子が勝手に首突っ込んだことだしね……。
まあ、私は適当にぶらぶらするよ。ここって……シオユカリシティ? そう言えばこの辺りって遺跡があるよね」
「あ、あるね。何か昔の人が移動用に使ったって言う地下遺跡が。この辺りで有名な観光名所とか」
「じゃあそこに行く」
「そう。じゃあ私は適当に世界中の電気街をブラブラしてくるよ。お父さんもいいって言ってるし。
あ、そうだ瑞穂。これ私のメアドと電話番号と脳内メールと脳内通話の番号ね。もう携帯に登録してあるけどね」
エレナはそう言ってメモ用紙を手渡した。
「……脳内通話って、何?」
「電気魔導師は無線機でも会話出来るんだよ!
その番号に合わせて電波送ると私の所に来るよ。好きな時に連絡して、待ってるから!」
「うん、分かった」
瑞穂はメモ用紙を見つめ、ポケットの中へと仕舞い込んだ。
「後、私から頼みごとが一つ……さん付けはもう止めよう?」
「え」
「いやさ、友達にさん付けはおかしいよ。エレナって、呼んで?」
「ん、分かった。じゃあエレナ」
「うん」
エレナは嬉しそうな顔を見せるとバイクを押して進む。
そして振り向いて、手を振りながら元気な顔で。
「またねー!」
対する瑞穂は柔らかい笑顔で手を振り返した。
瑞穂は地下遺跡の中を探索していく。
(ふぅん……あんま整備されてないけど、此処が昔の通路って言うのは本当みたい)
遺跡内の風景を見ながら瑞穂は歩いていく。
遺跡の中には新しく設置されてであろう光魔法の明りが設置してある。天井の方にもランプがあるのだが、何故か使われていない。
(文化遺産としての処置かな? まあ確かに火の明かりこっちの方が明るいけど……ッ!)
遺跡中の明りが一気に消えた。と同時、地揺れが起きる。
瑞穂は素早くしゃがんで氷のドームを展開する。直後、瑞穂の頭上に岩盤が落下し、氷のドームに激突する。
幸い、瑞穂に大事はなかったが周囲は酷い状況となっている。
遺跡中が一気に崩れた様だ。まあこれくらいなら魔法で直せるが。
だが瑞穂の額には静かに青筋が立っていた。あ、更に指を鳴らしてる。
「さて、馬鹿は何っ処だーと」
殴る気満々だこの人。
瑞穂は遺跡を半壊させた犯人を求めて歩いていると光が見えた。
「こうも上手く事が運ぶとは」
「お、まえ……」
「悪いが悠長に話してる余裕はない」
何か声が聞こえる。金髪ロングと……全面的に黒いの。
瑞穂は早歩きで男に近付く。
「尚も食い下がる、か。良いだろう、その剣士の誇りごと打ち砕いてくれる」
そして、手を伸ばして肩を小突いた――。
物語は一つ終わり、また新しい物語へと繋がる。そうやって世界は動いていく。
やあ諸君。よく此処まで読んだね。
さあ座って座って。此処にサイダーと旧サイダーと天然水サイダーがあるよ。好きに飲んでね。当然、拒否権は無いよ?
うん、今回時間がかかった。プロット自体凄く短いんだけど膨らませて、なるべく短い話数で閉めようと思ったらこうなった。
うん、まあ次回はティンの話ですよ。
じゃーねー。