第6話:『給湯室でスライム転生。声帯がないのに喋らせるな。』
第1章では学園を「魔導科学研究所」に改造して帰還したソラ編集長。
数日後、今度は給湯室でコーヒーを淹れている最中に……?
第2章は、異世界転生の王道「人外転生・建国モノ」へのリテイクです。
数日後。空想文庫編集部の給湯室。
俺は至福の時を過ごしていた。愛用のマグカップに、ドリップコーヒーの黒い液体が満たされていく。香り立つアロマ。カフェインこそが、激務を支えるガソリンだ。
「……ふぅ」
息を吐き、カップを持ち上げようとした――その瞬間だった。
足元の床タイルが、またしても例の「幾何学模様」に光り輝いたのは。
「おい待て。今は休憩中だ」
俺の抗議は無視された。
視界がホワイトアウトする。コーヒーの香りが、湿った土の匂いに変わる。
◇
気がつくと、俺は薄暗い鍾乳洞にいた。
ひんやりとした岩肌の感触……いや、感触がおかしい。
背中も腹もない。全身が地面に張り付いているような、不快な液状感。
『……なんだこれは』
声を出そうとして、気づく。口がない。喉もない。
自分の身体を見下ろす(という感覚も怪しいが)。そこにあったのは、半透明の青いゲル状の物質だった。
『スライム……か』
最弱の魔物。食物連鎖の底辺。
俺は冷静に分析した。声帯はないが、魔力による振動で周囲に意思を伝えることはできるらしい。
だが、ここで俺の「編集者魂」がアラートを鳴らした。
『声帯がないのに、なぜ日本語(音声)が出る? 空気振動のプロセスを無視するな。テレパシーならテレパシーと明記しろ』
ブツブツと念話で独り言を言っていると、奥から複数の影が現れた。
小汚い腰布を巻いた、緑色の小鬼たち。ゴブリンだ。
彼らは錆びた短剣を構え、下卑た笑いを浮かべて近づいてくる。
「ギヒヒ、スライムだ。久しぶりのメシだぞ」
「潰して飲むべ」
……汚い。
俺の第一感想はそれだった。
衛生観念の欠片もない。皮膚病のリスクがありそうだ。それに、弱い者いじめという構図が陳腐すぎる。
『……おい』
俺はゲル状の身体を震わせ、念話を飛ばした。
「ギ?」
『お前たち、その腰布はいつ洗った? 悪臭が酷い。食品衛生法以前の問題だ。近づくな』
ゴブリンたちが顔を見合わせる。
俺は視界(全方位知覚)の端に、今回の「編集権限」であるソースコードを見つけた。
**【権限:Administrator(管理者)】**
なるほど。この魔窟において、俺は管理者(rootユーザー)として振る舞えるわけか。
なら、話は早い。
『そこにお座り』
俺はコードを一行、書き換えた。
*Force_Command (Target: Goblin, Action: Sit_Down);*
ドサドサドサッ!
ゴブリンたちが糸切れた人形のように、その場に正座した。
「ギ!? か、体が動かねぇ!?」
「な、なんだこのスライム様は!?」
俺はぷるんと身体を弾ませ、彼らの前まで移動した。
『私は通りすがりの編集者だ。……さて、お前たちの生活環境について、少し監査を入れる必要があるな』
お読みいただきありがとうございます!
コーヒーブレイクを邪魔され、スライムにされた編集長の怒りがゴブリンに向かいます。
次回、スライムによる厳しい「生活指導」が始まります。
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