第40話:『これだから異世界転生は……最高に面白い。』
ソラの猛抗議により、神様もタジタジに。
そして物語は、静かなエンディングへ向かいます。
「その世界に手出しはさせん。……俺が、担当編集者としてボツを出す!
俺は叫びと共に、スキルを発動した。
第5章で得た、絶対防御の力だ。
「【完全危機管理】ッ!!」
ガギィィィン!!
キーボードとエディットの指の間に、半透明の緑色の結界――『安全第一』のフェンスが出現した。
指が弾かれる。
「痛っ!? なにすんのソラっち! これ僕のパソコンだよ!?」
「知ったことか! お前がやろうとしているのは『労働災害』だ! 管理責任者として見過ごせるか!」
俺は神の腕を掴み、睨みつけた。
「健太の世界を消す? 理由が『退屈だから』? ……その企画判断、俺がボツにする!」
「はぁ? 僕、神様だよ? クリエイターだよ? つまんない作品を打ち切って何が悪いのさ!」
エディットが逆ギレし、空間にノイズが走る。
神の権限。
周囲の空間が赤く染まり、無数の「削除(ERASE)」の文字が弾丸となって俺に降り注ぐ。
「消えちゃえよ、うるさい編集者は!」
「甘いッ!」
俺は次なるカードを切った。第1章と第4章の力だ。
「【解析・編集】! ……飛んでくる攻撃の座標データを視認。【工程管理表】展開!」
俺の目の前に、未来の工程表が浮かび上がる。
削除攻撃が俺に直撃する未来。それを指先でスライドさせる。
「その攻撃は『納期未定』にリスケだ! 当たらん!」
ヒュンヒュンヒュン!
俺の頬をかすめ、削除ビームが明後日の方向へ逸れていく。
エディットが目を見開く。
「な、なんで神の攻撃をいじれるの!?」
「言っただろ。俺は進行管理(PM)も兼ねていると!」
俺は一歩踏み出した。
「お前の言い分はこうだ。『平和な日常系は、起承転結がなくて退屈』。……だが、それはマーケティング不足だ!」
俺は第7章で得た、商談の力を発動する。
「【超・経済交渉術】!!」
ドォン! と巨大な円グラフと市場データが、エディットの周囲を取り囲んだ。
「見ろ! これが現代社会の『ストレス指数』だ! 読者は常に刺激を求めているわけじゃない。疲れた夜、満員電車の帰り道……彼らが求めているのは『脳を使わずに読める救い』なんだよ!」
「えっ、す、数字で見せられても……」
「健太の世界は、そのニーズ(需要)を完璧に満たしている! いわば『心のインフラ』だ! それを潰すなど、経営判断としてあり得ん!」
俺は畳み掛ける。
第3章の法務知識を乗せて。
「さらに【リーガル・マインド】! 健太たちは既に独立した人格を持っている。一方的な世界削除は、彼らの生存権の侵害だ。不当解雇で訴えるぞ!」
俺の言葉が物理的な鎖となって、エディットを椅子に縛り付ける。
安全管理、デバッグ、工程管理、経済、法律。
俺がこの40話の旅で培ってきた「社会人の武器」が、全能の神を追い詰めていく。
「ぐぬぬ……なんなのこのオッサン……強すぎる……」
「俺が強いんじゃない。お前の『設定』が雑なだけだ!」
俺はエディットの胸倉を掴み、モニターを指差した。
そこには、まだ健太が笑っている姿があった。
「見ろ。何も起きない。誰も死なない。……だからこそ、尊いんだろうが」
俺の声が、静かに響いた。
「俺たちは毎日、理不尽と戦っている。だからせめて、物語の中くらい……『ご都合主義』で幸せになっても、いいじゃないか」
エディットが呆然と俺を見上げ、そしてモニターを見た。
健太が淹れたコーヒーの湯気。ヒロインたちの笑顔。
それは、確かに退屈かもしれない。けれど、とても暖かそうだった。
「……はぁ。わかった、わかったよ」
エディットが力を抜いた。
鎖が解け、赤い警告色が消える。
「負けたよ、編集長。……あの世界は『連載継続』でいいよ」
「言質は取ったぞ」
「うん。……君の言う通り、たまには『何も起きない』のも、悪くないかもね」
エディットが苦笑し、指を鳴らす。
足元に光の穴が開く。
今度は、穏やかな光のエレベーターだ。
「じゃあね、ソラっち。……また面白いバグ(世界)が見つかったら呼ぶから」
「二度と御免だ。……だが、どうしてもと言うなら、企画書くらいは見てやる」
俺はネクタイを直し、捨て台詞を残して光の中へ消えた。
◇
目を開ける。
見慣れた天井。蛍光灯の明かり。
神田、空想文庫編集部。俺のデスク。
窓の外は明るい。朝だ。
「……戻った」
俺は椅子に深く沈み込み、大きく伸びをした。
長い、長い出張だった。
魔法学園、スライム、悪役令嬢、ゴルフ、配信、ループ、魔王、そして……生活魔法。
夢のような、けれど確かな手応えのある記憶。
「部長、おはようございます! 早いですね」
部下の田中が出社してきた。
俺は時計を見る。午前八時。
どうやら、現実世界では一晩明けただけのようだ。
「……ああ、おはよう」
俺はパソコンを立ち上げた。
いつもの業務。いつもの日常。
だが、俺の手は自然と、Web小説投稿サイト「小説家になろう」を開いていた。
検索窓に打ち込む。
『現代日本で「生活魔法」が使えるのは僕だけのようです。』
――あった。
作者名は……おそらく、あの世界の「観測者」だろう。
俺は最新話まで読み進めた。
そこには、俺のことは書かれていない。俺という異物が去った後も、健太が相変わらず、平和に、チートに、幸せに暮らす日常が綴られていた。
「……フッ」
俺は自然と笑みをこぼしていた。
論理的じゃない。ご都合主義だ。コンプラも怪しい。
けれど、読むと肩の力が抜ける。コーヒーが美味くなる。
「……悪くない」
俺はマウスを動かし、評価欄をクリックした。
【☆☆☆☆☆】(星5つ)。
「たまには、こういうのも……最高に面白い」
俺は満足げに呟き、田中に声をかけた。
「おい田中! 次の企画会議、面白いネタがあるぞ!」
「えっ、部長が面白がるネタですか? また理屈っぽいハードSFですか?」
「いや……『ストレスフリーな生活魔法モノ』だ」
田中の驚く顔を見ながら、俺はニヤリと笑った。
鬼編集長の声が、活気あるフロアに響き渡った。
(完)
お読みいただき、本当にありがとうございました!
『ご都合主義について物申す。』、これにて完結です。
理屈っぽい編集長が、数々の異世界を経て、最後は「優しさ」を知って戻ってくる物語でした。
そして、そのきっかけとなった『生活魔法』の世界。
もし気になった方は、ぜひそちらの作品も読んでみてください。
長い間のお付き合い、感謝いたします。
また別の世界でお会いしましょう!
校倉青空より、愛を込めて。




