第3話:『詠唱破棄はマナー違反ではない。ただのショートカットキーだ。』
いよいよ「学園モノ」のお約束、決闘イベントです。
普通なら派手な魔法合戦になりますが、編集長の戦い方は少し違います。
石造りの回廊を抜けると、円形闘技場に出た。 そこには、典型的な「噛ませ犬」が待っていた。金髪の縦ロール、取り巻き二人。いかにもな貴族令嬢だ。
「遅いですわよ、劣等生! わたくしに決闘を挑むなど、身の程を知りなさい!」
エレオノーラ・フォン・ベルンシュタイン。 この学園の生徒会長であり、炎属性の天才。……という設定らしい。 俺は眼鏡の位置を直しながら、彼女の頭上に浮かぶステータスを見た。
魔力:8500 / 9999 属性:火(SSR)
「……魔力の無駄遣いだ」
俺はぼそりと呟く。 彼女の周囲には、過剰なパーティクル(光の粒)が舞っている。 強さを表現したいのは分かるが、エネルギー効率が悪すぎる。あれでは発動前にガス欠になるぞ。
「行くわよ! 我が身に宿りし紅蓮の精霊よ、古の契約に従い、その猛き顎を以て敵を焼き尽くせ――!」
始まった。長い。 詠唱という名の、ただの音声認証パスワード。 彼女が叫んでいる間、大気中の魔力コード(ソース)が複雑に絡み合い、『ファイアボール』の形成プロセスを走らせているのが見える。
『if (voice_input == "我が身に...") then load_texture("fire.png");』
「処理が冗長だ」
俺は赤ペンを抜き、空中に走った。 彼女が詠唱を終えるまで、あと十秒はある。その間に、彼女の展開しているソースコードに赤線を引く。
Texture_Road_Error.(テクスチャ読み込みエラー) Cancel_Action.(処理中断)
「――食らえ! 『紅蓮の……』あれ?」
エレオノーラが杖を振る。 だが、何も起きない。プスッ、と黒い煙が出ただけだ。
「な、なぜですの!? わたくしの魔法が不発!?」 「当たり前だ。コードがスパゲッティ状態だぞ。変数の定義も甘い」
俺は彼女の目の前まで歩み寄り、ペン先を向けた。
「魔法とは物理現象への干渉だ。ポエムを叫ぶ必要はない。必要なのは、座標指定と熱量の定義だけだ」
俺は、彼女の目の前にある空間コードを一行だけ書き換えた。
Generate_Heat (x,y,z, 5000℃);
カッ!!
一瞬で、俺と彼女の間に直径五センチほどの「超高熱球」が出現した。 音もない。予備動作もない。だが、その熱量は彼女の巨大なファイアボールを遥かに凌駕している。
「ひっ……!?」 「無駄なエフェクト(光)はいらない。熱伝導さえ起きればいいんだ。……これが、仕事の魔法だ」
俺は熱球を指先で弾いて消した。 エレオノーラは腰を抜かし、涙目で俺を見上げている。
「む、無詠唱……? いいえ、視線だけで発動を……? あ、ありえませんわ……!」
最後までお読みいただきありがとうございます。
「詠唱=ソースコード」と捉えて、直接削除する。
プログラマーや編集者ならではの戦い方でした。
次回、論破された生徒会長エレオノーラが、斜め上の反応を見せます。
「あれ? 惚れた?」……いいえ、もっと厄介なことになります。
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