第21話:『会食のトイレからダンジョンへ。ここ、圏外かよ。』
第5章の舞台は、現代日本にダンジョンが出現した世界。
大事な接待の最中、トイレに立った編集長を悲劇が襲います。
銀座の高級料亭。
俺、校倉青空は、作家とアニメ化プロデューサーとの接待の席にいた。
「いやぁ、先生の新作、最高ですねぇ! ぜひ弊社で!」
「ははは、期待してますよ編集長!」
笑顔で酒を注ぎ、相槌を打ち、空気を読む。
胃が痛い。脂っこい料理と、さらに脂っこい業界人の話。
俺は限界を感じて席を立った。
「……失礼。少し手洗いに」
個室トイレに入り、鍵をかける。
ふぅ、と溜息をつき、ネクタイを緩める。ここだけが唯一の安息地だ。
スマホを取り出す。電波は良好。部下からの緊急連絡はなし。
「さて、あと一時間。耐え抜くか」
気合を入れ直し、個室を出ようとした――その時だ。
便座が、光った。
ウォシュレットのセンサーではない。あの幾何学模様だ。
「……おい、嘘だろ」
俺は個室のドアノブを掴んだ。だが、開かない。
光が狭い個室に充満する。
「ここはトイレだぞ!? 衛生面を考えろ神! それに今、大事な商談中だ!」
「いってら〜」
軽い幻聴と共に、俺の体は下水管……ではなく、異空間へと吸い込まれた。
◇
湿った空気。腐敗臭。
視界が戻ると、そこは薄暗いコンクリートの廃墟のような場所だった。
壁には蛍光塗料で落書きがあり、足元には空き缶が転がっている。
「……現代? いや、空気が違う」
俺はスーツの裾を払い、スマホを見た。
『圏外』。
最悪だ。商談相手を待たせているのに連絡もできない。
その時、奥の通路から騒がしい声と、眩しいライトの光が近づいてきた。
「はーい! こんちゃーっす! 『KEN-CHANチャンネル』へようこそー!」
自撮り棒を持った金髪の若者が、スマホに向かって叫んでいる。
後ろにはカメラマン役の男が一人。
若者はハイテンションで、俺の方へカメラを向けた。
「見て見てみんな! ダンジョンの下層に、スーツのおっさんがいるんだけど! これレアモンスターじゃね?w」
……なんだこいつは。
俺は不快感を露わにした。
無許可での撮影。肖像権の侵害。そして何より、ここは危険区域のはずだ。
若者の装備を見る。Tシャツに短パン、サンダル。ヘルメットなし。
「……おい、君」
俺は若者の前に立ちはだかった。
「あ? なんだおっさん。今ライブ配信中なんだけど。邪魔すんなよ」
「撮影許可は取っているのか? それにその軽装はなんだ。ここは建築現場以上に危険な場所だぞ。労災認定されないぞ」
若者――KEN-CHANは、鼻で笑ってカメラに語りかけた。
「うわー、出たよコンプラおじさん! 空気読めねー! みんな、こいつにスパチャ(投げ銭)投げて追い払ってw」
スマホの画面に、滝のようなコメントが流れるのが見えた。
『草』『老害乙』『KY(空気読めない)』。
……なるほど。
今回の敵はモンスターではない。「承認欲求」と「無責任な群衆」か。
俺の中で、接待モードのスイッチが切れ、鬼編集長モードが起動した。
お読みいただきありがとうございます!
現代ダンジョンもののお約束、「配信者」との遭遇です。
しかし、おっさん編集長には「配信のノリ」なんて通用しません。
次回、軽装で危険地帯へ突っ込む若者に、ソラの「安全管理能力」が炸裂します。




