第2話:『重厚なハイファンタジーに、安っぽいUIを混ぜるな。』
いよいよ異世界(出張先)に到着しました。 編集長の最初の仕事は「世界観の統一」です。
落下感の後、俺の両足は硬い石畳を踏みしめていた。 冷たい空気。カビと埃、そして微かな鉄の錆びた匂い。
「……ほう」
俺は目を開き、周囲を見渡した。 薄暗い回廊。壁は切り出された巨石で組まれ、松明の頼りない明かりが揺れている。 安っぽいRPG風の書き割りではない。石の重み、経年劣化によるひび割れ、湿気。ここには「千年の歴史」がある。
「素晴らしい……」
俺は思わず壁を指でなぞった。 この質感。この空気感。ここは、本物の**『ハイファンタジー』**の世界だ。 魔法が単なる便利ツールではなく、畏怖すべき神秘として扱われている時代の空気がある。 これなら、物語に没入できる。あのチャラい神にしては、良い舞台を用意したじゃないか。
「さて、まずは状況確認を――」
俺が一歩踏み出した、その時だった。
ピロリン♪
間の抜けた電子音が鳴り響き、俺の目の前に半透明の青い板が出現した。
【ステータスを表示します】 名前:ソラ・アゼクラ 職業:劣等生(魔力なし) 魔力:0 / 9999 スキル:なし
……は?
俺は凍りついた。 石造りの重厚な回廊。松明の揺らめき。 その神聖な世界観のど真ん中に、初期のガラケーのようなドット文字のウィンドウが浮いている。 フォントはデフォルトのゴシック体。デザインセンスの欠片もない、蛍光色のブルー。
「……台無しだ」
ギリリ、と奥歯が鳴る。
「なんだこのUIは……! 世界観(トーン&マナー)を合わせろ! 中世風の世界に、なぜデジタルなウィンドウが出る!? 没入感が死んでいるだろうがッ!!」
俺は虚空に向かって怒鳴り散らした。 設定がどうこう以前に、美意識が許さない。こんな異物が視界にある状態で生活などできるか。
「消えろ。非表示設定はどこだ」
俺がウィンドウを払いのけようと手を振ると、ウィンドウの裏側に、奇妙な**「文字列」**が見えた。 それは、この世界の空気に溶け込むように流れる、金色の数式だった。
『if (magic_power == 0) then display_status("劣等生");』
「……ソースコード?」
俺は眼鏡の位置を直した。 見える。壁の向こう、松明の炎の中、そして俺自身の身体にも。 この世界を構成する「理」が、まるでプログラム言語のように記述されている。
これが、あの神が言っていた俺の権限か。 俺は指先で、空中の文字列をつまみ上げた。
「……なるほど。この青いウィンドウは、このコードで強制表示されているのか。美しくない」
俺は懐から愛用の赤ボールペン(現世から持ち越した唯一の武器)を取り出した。 空中のコードに、赤線を引く。
Delete.
瞬間、不快な青いウィンドウは粒子となって消滅した。 残ったのは、静寂と、美しい石造りの回廊だけ。
「ふん。校正完了だ」
俺はペンを胸ポケットに戻し、歩き出した。 どうやら俺の設定は「魔力ゼロの劣等生」らしい。 結構だ。ご都合主義なチートなどいらない。俺はこの世界を、俺の納得する「論理」で修正して帰るだけだ。
回廊の先から、足音が聞こえる。 おそらく、最初のイベントだろう。俺はスーツの埃を払い、毅然とした態度で待ち構えた。
「……さて。最初の段落を見せてもらおうか」
ご愛読ありがとうございます!
編集長ソラ、まずは邪魔なステータス画面を消去しました。 やっぱりファンタジーは没入感が大事ですよね。
次回からは、いよいよ学園生活(の修正)が始まります。 「魔力ゼロの劣等生」という設定を、彼がどう論破していくのか。
【読者の皆様へのお願い】 少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「編集長いいぞ!」と思っていただけましたら、 ブックマーク登録と、 下にある**【☆☆☆☆☆】(評価)**をポチッと押して応援していただけると、執筆の励みになります! (評価は★5ついただけると泣いて喜びます……!)
応援よろしくお願いいたします!




