第15話:『国を買収完了。それでは、定時なので帰ります。』
覚醒したクラリス嬢の手腕により、国はあっという間にローゼス家の管理下に置かれました。
ソラは執事兼財務大臣として馬車馬のように働かされています。
それから一週間(現世時間では数時間)。
この国は激変していた。
クラリス嬢改め、クラリス総裁は、王子の借金を理由に王城の一部を差し押さえ、そこを「株式会社ローゼス」の本社ビルに改装してしまった。
執務室。書類の山に埋もれながら、俺はハンコを押し続けていた。
「セバス! 隣国との関税撤廃交渉、まとまりましたわ! これで利益率が15%向上します!」
「……さすがです、総裁」
クラリス嬢がハイヒールを鳴らして入ってくる。
かつての純朴さはどこへやら。今や彼女は、大陸全土を牛耳る「鉄の女」として恐れられている。
逃げた聖女マリアも、借金まみれになって彼女の工場の工員として働いているらしい。
「さてセバス。次は魔王領の土地開発です。貴方には現地法人の社長を任せますわ」
「……お断りします」
俺は最後の書類にハンコを押すと、ペンを置いた。
限界だ。これ以上ここにいたら、俺は二度と日本に帰れない。
「あら? 給与に不満が? ならストックオプションを……」
「違います。……私の契約期間は、ここまでです」
俺は懐から「辞表(退職願)」を取り出し、デスクに叩きつけた。
これは、転移してきた初日に、こっそりと【リーガル・マインド】で作成しておいた「期間雇用契約書」に基づくものだ。
「私の雇用条件は『お嬢様の無実が証明され、生活の基盤が整うまで』となっていたはずです」
「なっ……!?」
クラリス嬢が目を見開く。
彼女は慌てて契約書を確認し、ギリリと歯噛みした。
彼女自身が「契約遵守」を徹底させてしまったため、自分の作ったルールで俺を縛れないのだ。
「そんな……! 屁理屈ですわ! 貴方がいなくなったら、誰が私を叱ってくれるのです!?」
「貴女なら一人でやれます。……いや、やりすぎなくらいです」
俺は燕尾服を脱ぎ、丁寧に畳んでデスクに置いた。
執事の解任。ただの校倉青空に戻る儀式だ。
「お元気で、クラリス様。……たまには休息も取るように。労働基準法は守ってくださいよ」
俺が指を鳴らすと、天井から迎えの光が降り注いだ。
「待ちなさい! 命令です、待ちなさいセバスーーッ!!」
彼女が俺の腕を掴もうと手を伸ばす。
だが、その手は空を切り、俺の身体は光の彼方へと消えた。
◇
「……っと」
ガタン、と膝が崩れる感覚。
視界が戻る。電車の走行音。車内アナウンス。
俺は、地下鉄のつり革を持ったまま、前のめりに倒れかけていた。
「うおっ、大丈夫ですか?」
隣にいたおじさんが支えてくれた。
俺はハッと我に返り、体勢を立て直す。
燕尾服はない。いつものスーツだ。
「す、すみません。立ちくらみで……」
「大変ですねぇ。……いやぁ、でもお兄さん、すごい寝言でしたよ」
「寝言?」
「ええ。すごい剣幕で『異議あり!』って叫んでましたから。周りの人、ビビってましたよ」
……恥ずかしい。
俺は赤面し、小さく頭を下げた。
スマホを見る。時刻は朝の八時十五分。
あの壮絶な法廷バトルと企業買収劇は、わずか一駅分の出来事だったらしい。
電車が駅に到着し、ドアが開く。
俺は人の波に揉まれながらホームへと降りた。
疲労感は残っている。だが、足取りは少し軽かった。
「……さて。今日の会議、契約書の不備がないか徹底的に洗うか」
俺はネクタイを締め直し、改札へと向かった。
編集長の日常は、まだ始まったばかりだ。
(第3章 完)
お疲れ様でした! 第3章「悪役令嬢編」、完結です。
執事という弱い立場から、法律と契約を武器に国を乗っ取る下剋上劇。
しかし最後は、最強のワンマン社長となった元令嬢から逃げ出すというオチでした。
次回、第4章は「追放ざまぁ編」。
休日のゴルフ練習場から、剣と魔法の世界へ。
今度は「数値」と「ゴルフスイング」で無双します。
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