第6.5話
ウチは、可愛いものが好き。
可愛くなろうと頑張る子、強くなろうと努力する子、市民のために魔物を倒す子...
ウチも、戦う冒険者になりたかった。
「おばあちゃん!ウチ、近接格闘ってやつ、やってみたい!回復のお稽古終わったら、教えて!」
「何をバカなことを言っているの!ハピちゃんには回復術を継ぐという義務があるのよ!」
…可愛くない。
バンデッド家は、由緒正しい回復術師の家系だった。お母さんもおばあちゃんも、ひいひいおばあちゃんも、そのさらに上の人たちも... みんな回復魔法を使う。
だから、きっとみんな、逃げられなかったんだよね。
ウチが16歳の時、継がせる話が出てきたから、しばらく家出したんだ。
帝都の外なんて、一回も出たことがなかったから。いつも、屋敷の窓から、無邪気に遊ぶ同年代の子達を見ていた。
楽しそう。可愛いなぁ。ウチも、遊んだら、可愛くなれるのかな。そう思って。
郊外は、思ったよりも建物が少なくて、遊ぶところなんて何もなかった。
...まあ、あっても、遊ぶ方法なんて分からないんだろうけどね。
日が暮れると、だんだん恐怖が増えていく。灯りのともらない暗闇は、盗賊や、魔物に襲われる想像を助長させた。
...やっぱ、帰ろうかな.....。いや、でも、あんな家可愛くないから、出てきたんじゃん!ここで戻ったら意味ないでしょ!
そんなことを考えながら、気づけば林の中に迷い込んでいた。音がしない夜の林は、ほんのり命の恐怖を植え付けられるようだった。
その時、ガサガサ!と音がして、後ろを振り向くとオオカミみたいな魔物?が林の中からこっちへ向かってきていた!
ウチは、全力で走った。死に物狂いで、生まれて初めての、自分の命が脅かされる恐怖から。
林の中なのか道なのか分からない場所を、全力で走る、走る、走る。
だけど、箱入り娘なんかが、逃げ切れるわけがなかった。
背中を噛まれ、腕を噛まれ、思わず倒れ込む。
上を見ると、憎いほど暗い空と、涎を垂らした魔物が見えた。
ウチ、今日死ぬんだ。誰かが気付いてくれれば、教会で蘇生してくれるのかな。でも、食べられちゃったら無理だよね。
もう終わる生涯への想いを馳せていると、突然、視界を占有していたオオカミが吹き飛ぶ。そこで初めて、空に星があったことを思い出した。
吹き飛んだ方向に目をやると、屈強な、冒険者らしき男の人がオオカミを羽交い締めにしていた。
「おいおい、随分お行儀が悪いマーナガルムだな。」
そう言いながら、さらにきつく締める。
最初は暴れ、もがいていたオオカミも、次第に動きが弱くなり、数分もせず息絶えた。
ただその光景を、痛みも忘れ、茫然と見ていると、
「お嬢ちゃん、こんな夜更けに、何故こんなところへ?」
そう言う男の顔は、左側が大きな傷で埋まっていて、左目は見えていないようだった。
続けて男は言う。
「今すぐバンデッドさんとこ行こう。あそこなら、お嬢ちゃんの怪我もきれいに治してもらえるだろう。」
「..行けないです。」
「どうして?」
「ウチ、家出、してきちゃったから...」
そう言い残したあと、一気に緊張の糸が解け、気絶したらしい。
目が覚めたら、知らない天井だった。
清潔なシート、清潔なベッド。それは、屋敷の治療室でも同じ。だけどここは、どうやら普通の家みたいだった。
ベッドに面している窓から見えるのは、農道や畑、そして遠くにポツンと家が一つだけだった。
ここは、郊外なのかな。どこなんだろう。あの男の人の家?
そう思った時、右側からコンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
昨日の男の人かな、と思う。案の定、その予想は的中した。
「おう、目覚めたか。ここは、あの林の近くにあった診療所だ。お嬢さんがあの後すぐ気絶しちまったんで、一旦ここで治してもらうことにした。一応、回復魔法はかけてもらったが、跡までは消せねえらしい。」
噛まれた右腕を見ると、確かに傷口は塞がっていたが、狼の牙が形を残していた。この感じだと、背中も傷は残っているんだろう。
「すみません、ご迷惑おかけして。」
「それは別にいいが、お嬢さん、バンデッド家の娘なのか?家出してきたって言ってたよな。」
「はい。ウチは、ハピ・バンデッドって、言います。お兄さんは...」
「お兄さんなんてよしてくれ。もう今年で30になる。トライデンだ。トラでいい。なんで、家出したんだ?」
「ウチの家の人たちは、冒険者になっても、後衛で回復魔法をかけるだけなんです。回復だって、大事な役目だけど、回復術師も戦えるようになれば、もっといいのに、って、ずっと思ってて。家のこととか、伝統とか、そういうの色々考えてたら、逃げたくなりました。」
「...なるほどな。じゃあ、ハピ、近接格闘学べ!俺が鍛えてやるから!」
「え!?」
あまりにも唐突すぎる提案に、思考が停止する。
「昨日、マーナガルムの攻撃を避けている場面を見たが、交わし方が滑らかで、相手の次の動きを読めているようだった。だから俺は、お前に近接格闘の才能があると見た!俺の道場に来い!」
あまりにも突飛で常識はずれ。そう思った。
第一、魔法と近接格闘の両立なんて、できる訳ない。そんなの、世間知らずなウチでも知ってるくらいの常識だし。確かに、近接格闘家になりたい時もあったよ?でも、こんなの、家の人がなんて言うか分かんないし、断らなきゃ。断るしか...
「よ、よろしくお願いします。」
すんでのところで、口は、憧れを放棄することを放棄した。
!?...ウチ、今、お願いしますって、言ったの?
「よおっし!決定!そんじゃ、まずは家に帰って傷を治してから、明日、道場に来い!ここのすぐ近くにあるトラ道場ってとこだ!あと、お家の人の許可も取って来るんだぞ!」
その言葉を聞いた途端、家に帰ってからの面倒ごとを想像して、憂鬱になった。
ああ、やっぱ言わなきゃよかったのかな。ばあちゃんもママも、きっとウチのこと探してるよね。探し人の依頼とか出しちゃってたらどうしよ...
おまけにこの傷見たら、気絶しちゃうかな。隠しとこ。
そんなことを思いながら、重い足取りで家へと向かう。
まだ昼前の明るい時間だったからか、郊外の道を歩いていても、昨日ほどの寂しさは感じなかった。
いや、きっと帰ってからの言い訳を考えるのに必死で、周りの風景に目を配る暇がなかったのかも。
帰り道は、行きよりも短く感じるものだ。あまりにも早く門構えが見えてきて、胃の辺りがキリキリ締め付けてくるのを感じた。
「ハピちゃん!あなた、どこ行っていたの!!!?皆んな、ハピちゃんが帰ってきたわ!!」
扉を開けた途端、ばあちゃんがそう叫ぶと、使用人たちや、練習生の人たち、はたまた料理人たちまで、皆んな大混乱で大騒ぎだった。
「あははー、ただいまー。」
騒々しいホールを走り抜けて、ママのいるだろう施術室へ向かう。
「ママ、ただいま。」
ママは、患者さんに魔法をかけている途中だった。こちらを一切見ず、冷静な声でママは言う。
「あら、ハピちゃん、おかえりなさい。どこまでお出掛けしてたの?」
「ママ、家出なんかしてごめんなさい。でもやっぱり、ウチ、このお家の当主にはなれない。勿論、回復術は継ぐし、皆んなにも伝えていくよ。でも、本当は、格闘術をやってみたいの!」
診療所からここまでの道で、覚悟を決めたんだ。ウチは、ウチの人生を歩みたい!
長い沈黙が続いて、どんどん不安が強まっていく。
「......ちょっと前に、使用人さんがあなたの部屋を掃除した時、『週刊格闘現代』っていう雑誌?を見つけたって、報告してきたわ。」
ゲッ!バレてたんだ..。
「なんとなく、そんな気がしてたのよ。あなた昔から、格闘術が好きだったものね。...おばあちゃんには、私から言っておくわ。あなたはあなたで、決めたならしっかりやり遂げなさい。」
さっきまでの緊張は掻き消され、世界が急にカラフルになったみたいだった。
「〜〜〜〜!! ママありがとう!大好き!!」
気付けば、家を飛び出して、道場の方へ走っていた。
明日なんて待てないくらい、「未来」がすぐそばにあった。
「トラさん!」
「お!?早えな!」
「ウチのこと、鍛えてください!!」
「それはいいが、傷は治してこなかったのか?」
「はい、これは、ウチが今日の覚悟を忘れないために、残します。」
「...そうか。んじゃ、早速ストレッチしてくぞ!」
「はい!」
そこから、道場に通う日々が始まった。
ママがばあちゃんと話して、週3日は道場に行ってもいい。だけど、患者が多い時は家で治療を手伝う。っていう条件で許してもらえたらしい。
最初は、毎日筋肉痛に悩まされた。今まで全く使ったことがなかった筋肉たちが、突然強いられた重労働に怒りを露わにしてるみたいだった。
基礎体力向上にかなり長い期間をかけて、技を覚えさせてもらったのは、半年が過ぎてからだった。
技をある程度使えるようになるまでに2年、任務に同行させてもらうまでにさらに2年、かかった。
「ハピ、お前は、体が小せえし、力も鍛えたってでかい魔獣なんかには勝てねえ。だから、とにかく避けることを徹底しろ。どこか掴まれたら、たぶん無事では帰れねえからな。」
トラさんは、いつもそう言っていた。
回復魔法は、自分自身には使えない。だから、トラさんはウチが取り返しのつかない傷をつけることを心配しているみたいだった。
「トラさん、ウチ、もう5年近く道場通ってるけど、今まで一回も大きいのくらったことないよ。」
「そんなん、人間相手ばっかだからだ。お前は回避が上手いだけに、実戦で相手に掴まれたときの対策が甘い。いつだって、捕まってからの脱出先を確保しろ。」
それから3年、4年と経って、ウチは、格闘術をマスターした。魔法と格闘術を両立出来ることが、初めて証明された。その頃には、ばあちゃんとか、ママとか、家の人たちにも、格闘術を認められるようになっていた。
だけど、同じくらいの時期に、トラさんが倒れた。
ウチの屋敷に入院するようになって、何回も検査したし、治したけど、全く良くならなかった。
「ハピ、魔法と格闘、両立できたらしいな。すげえじゃねえか。本当にできるとは、思ってなかったぞ。」
「ありがとう。トラさんのおかげだよ。トラさんこそ、調子はどうなの?」
「もう、ダメそうだ。これは、あの日のレッドドラゴンの呪いなんだ。」
病室のベッドで、顔の傷をなぞりながら呟く。
「呪いなんて、そんなの、ないよ。トラさん、弱っちゃってるから、そんなこと思うだけだよ。」
「奴につけられたこの傷を見るたび、「逃げられない」と、そう言われている気がしてたんだ。」
ママは、顔につけられた傷が、ずーっと脳に悪い影響を与えていたのかもって言ってた。でも、回復魔法は万能じゃない。外傷しか治せないから、脳の疾患だとか、認知症とか、そういうのには対処しようがない。
...トラさん、元気なくなっちゃったなぁ...。あんなにおっきな声出して、毎日元気に走り回ってたのに。
「ハピ、俺の道場継げ。」
「...え?」
「お前は、俺が見た中で、一番ひたむきな生徒だった。だから、いい師範になれると思う。」
「何、言ってるの。あの道場の師範は、トラさんだよ。早く良くなって、またウチらに指導してよ!」
「抜かすんじゃねえ。俺の体のことは、俺が一番分かってる。俺は、もうすぐ死ぬ。だからお前が継げって言ってんだ。」
頭が真っ白になった。トラさん、まだ、40歳にもなってないのに。死ぬ?ありえない。去年まで、全然元気だったのに...。
そう思うと、涙が止まらなくなって、声を上げて泣く。ベッドに突っ伏して泣くと、トラさんは呆れたように、窓の外を眺めるだけだった。
4日後、トラさんは死んだ。死に顔は安らかだった。
トラさんには、看取ってくれる家族が誰もいなかったから、ウチと、数人の生徒で看取った。
...トラさん、苦しまずに逝けたのかな...。4日も待ってくれたのは、きっとウチが、継ぐ覚悟を決めるまで、待ってくれたんだよね。
「あの、ハピさん、これから道場は、どうなるんですか..?」
生徒の1人が不安げに聞いてくる。
「...ハピちゃん。」
「え?」
「今から私は、トラ道場二代目当主、ハピちゃんです。異論がある者は手を挙げてください。」
...誰も手は挙げなかった。
「これからは、トラさんが教えてくれたことを、ここにいる皆んなで、後進に伝えていきましょう。」
トラさん、あなたの道場は、潰させません。
安心して、見ていてください。
2年後...
道場の経営も慣れてきて、なんとか生徒はほぼ減らずにやっていけている。
ウチ以外にも指導できる人が増えてきて、魔法と近接格闘を両立できる生徒も出てくるようになった。
そんなある日、遠い親戚のアチャちゃんが、パーティーメンバーを募集していると聞いた。
道場は安定してきたし、この機会に、夢だった冒険者に、なってもいいのかな...。
ウチ、器用だし、両立もできるかもしれないしね!
そんな淡い期待を抱き、実際に会ってみると、あの頃見た小さな女の子は、立派な女性に成長していた。
「ハピさん、お久しぶりです。あの、ハピさんみたいなすごい人なら、もっと、パーティーなんて、よりどりみどりだと思うんですけど...。」
酒場の机と睨めっこしながら、アチャちゃんは自信なさげに話す。
「ウチは、アチャちゃんと、他のメンバーちゃんたちと一緒に、冒険してみたいなーって思ったんだ!魔法も格闘もできるから、役に立てると思うよ!」
アチャちゃんが、魔法を使えなくて、家族から勘当されたという噂は、なんとなく耳に届いていた。
でもそんなの、可愛くないよね。
ウチは、可愛い生き方を充分させてもらったから、次は、みんなを可愛くしてあげたいな。
アチャちゃんは、変わらず下を向いていたけど、今度は、不安とは別の理由みたいだった。
「..っ、ありがとう、ございます...。」
ウチは、これからも可愛く生きていく。
生きられなかったあの人の分まで。




