第三話
第三話
朝起きたら、キッチンでスーさんが白目を剥いて気絶していた。
「スーさん!!」
慌ててスーさんをソファに運び、寝かせる。
手は泡まみれで、床にスポンジが転がっていた。ここから導き出される答えは……
「ハッ!ここは…?私は、たしか、皿洗いをしようとして…?」
「大丈夫ですか!?キッチンで倒れてたんですよ!」
「わ、悪い、いつもやってもらってるから、たまにはやらなきゃと思って、手を、伸ばしたら、あまりの拒絶反応で…」
そんなに家事苦手なんだ…。おれは、この人の家事嫌いを甘く見ていたのかもしれない。
「もう!皿洗いなんてしちゃダメですよ!地獄に逆戻りしたいんですか!!?」
「い、嫌だ…。もう、あんな思いは…」
「良いですか?家事は今後、一切禁止ですからね!」
「はぁい…」
1時間ほど休んだ後…
「…悪い、余計な家事増やしたな…う"っ!家事って単語だけでもう……」
「金輪際言っちゃダメですよ!」
「…わたしって、なんでこーなんだ。いつも、いつも…」
「誰にでも苦手なことはありますよ。」
「ちがうんだ、わたし、魔法以外のことがてんでダメで、もう周りの人間を何人も絶望の底に沈めてきたレベルなんだ……」
そんなになんだ…。
「道に迷わなかったことはないし、料理が成功したことはない。計算もまともに出来ないし、よくこけるんだ。」
「はぁ…。」
「そして何より、人間関係がうまくいったことがないんだぁぁーー!!うわぁーーーー!」
え、これ、本当にスーさんか!?まあいつもちょっと子供っぽいところがあるとは思っていたけど、こんな乱れたところ見たことない!というか泣いてる!泣くんだ!スーさんって!
「スーさん!息大きく吸ってください!ゆっくり吐いて!」
「むりぃ〜…」
「大丈夫!落ち着いて!」
5分後…
「ゆっくり、そう、すごい!できた!落ち着きましたね!スーさん!!」
「はぁ…。」
すっかり元気がなくなってしまっている…。
そりゃそうか、旦那さんを亡くして、休職もしてて、心が落ち着いてるわけがないよな。きっとずっと悲しいけど、俺がいるからそれを思い切り吐き出せないんだ。なら、そんな時こそ俺が支えてあげなきゃ!!
「ごめん、たまに、こうなっちゃうんだ。昔の失敗とか、いろいろ思い出しちゃって…。」
「俺もあります。そういうの。そんな時は、頭の中でハーピーのブレイクダンスを想像するといいらしいですよ。」
「……なんだそれ。」
「あ、ハイ。すみません。」
全くウケなかった…。おれの黒歴史一つ追加。
「わたしは、魔法以外、本当に何もできないんだ。
でも、あいつは、ハルは、いつもわたしを褒めてくれて、
……会いたいなぁ。どんな形になっててもいいから、会いにきてくれないかなぁ。」
ハル、旦那さんの名前かな。何だか聞いたことがある様な気がする。まあ、スーさんの右腕だったなら、そりゃ聞いたこともあるか。
「旦那さんは、どんなお顔をしていたんですか?」
「…絵でも描こうかな。」
「描いてくれるんですか!? あ、でも、無理はしないでくださいね!」
「うん…。描いたら、気が紛れるかも。」
3分後…
およそ人とは思えない異形の者が白い紙の上に爆誕した。どこをどう捉えてもホフゴブリンかそれ以下としか形容できない"それ"に少し戸惑っていると、
「凄い、そっくりだ。」
そっくりなんだ…。その一言でさらに絶望を叩きつけられる。
「え、と、特に拘ったところはどこですか?」
「全部だ。全部愛情込めて描いた。」
すてき……。もう限界だ…………。純粋が故にふざけれない…!おれはっ…弱いっ……!
「どうだ?かっこいいか?私の旦那は。」
「滅茶苦茶かっこいいです…っ!」
尊敬する…男として……。
話を少し聞いただけでも分かる。きっととても素敵な旦那さんだから、決してこれを異形の者なんて思わず、常人には思いつきようがない視点と語彙で褒めちぎっていたのだろう。愛する女の笑顔を見る為に。
「どうですか?気分、落ち着きました?」
「はぁー…。だめだ。顔見たら、余計に会いたくなった。 …ちょっと会ってくる。」
そう言って立ち上がるスーさんに、最悪な想像をしたおれは、思わず引き留める。
「え?ちょ、ちょっと!思い直してください!あなたの旦那さんは、ハルさんは、きっとそんなことは望んでいませんよ!!」
開いた扉から光が差し込む。逆光に眩むスーさんは、こちらを見て訝しげに言った。
「……何言ってんだ?墓参りに行くだけだよ。」
「……。なぁーんだ。びっくりさせないでくださいよ。おれもご一緒していいですか?」
「うん。できれば花持っててくれると助かる。私が持ってると折れちゃうから。」
「大丈夫ですよ。」
そのお墓は、小高い丘の上にポツンと建っていた。
「ハル、久しぶり。元気だった?」
不器用ながらも慣れた様子で、スーさんは枯れた花を取り替え新しい花を供えた。
「今日は新しい同居人を連れてきたんだ。リクって奴で、最近パーティーを全滅させて解散させた。」
「…そこだけ言うのやめません?おれただの最低な奴になっちゃうじゃないですか。」
「はは。事実、事実。」
「ハルさん、これには語弊がありますから!あと、おれ、まだ未熟ですけど、ちゃんと一歩ずつ成長してくんで、見ててくださいね!」
「…… なんか、リク見てると、昔を思い出すなあ。」
「え?」
――――
数年前…
『スーちゃん。このままの意識でトップを走り続けて良いと思う?』
『なに、それ。どういう意味?』
『今の俺たちには野心が足りないよ!もっと!どんな冒険者にも負けないってハングリーさがさ!!』
『あぁー?そんなんあるに決まってらぁ!見てろ!校庭10周じゃぁー!!!』
『うぉーー!!!鍛えるぞーー!!』
「……まあ、こんな記憶は無いんだけど。」
「無いんかい。」
「ふふ。……悪い、やっぱちょっとだけ、2人きりにさせてくれ。」
「! はい。お先に行ってますね。」
「…あいつ、多分良い奴なんだよ。最初強盗してきたけど。…まあ、優しく見守っててくれよ。絶対浮気じゃ無いからさ。ずっとハルが一番好きだ…から……。」
――――
最近の、任務終わり。夕闇がやってくる、いつもの時間、いつものあの丘。2人で座って、風が吹いて、あいつが喋りだす。
『スーちゃんは、言動が荒っぽくて嫌われるのが悩みって言ってたけど、それって長所なんじゃないかな。』
いつも、話すことは、私のことか、魔法のこと。
『大して関わらない人間は、そー言えるだろうけど、毎日そんな奴と関わんの、みんな嫌だろ…?』
『君の魔法が強いのは、心の強さが反映されてるからなんだと俺は思うんだ。だから、君自身を変えちゃったら、それのが、困る人が多いと俺は思うよ。』
いつも、肯定してくれる。こんな私を。
「…でも、メンタルに左右される魔法なんて、こんな強いパーティーに見合ってないでしょ。」
「何言ってんのさ。そのメンタルに左右される魔法で、どれだけの人を助けてきたと思ってるんだよ。」
「そんなの結果論だろ。それに、パーティーのみんなが助けただけで、私は何も…」
「…やっと、証明出来たね。」
「何を?」
「君の魔法が、間違いじゃないって。」
……ここに来れば、ハルに会える。でも、ちょっと寂しくて、凄い泣いちゃうから、…次はいつかな。




