第十四話
第十四話
帝都は、混迷の極みだった。
増え続ける魔物、増え続ける死者、そして、魔法省上層部の突然の失踪。
事態を収集できなくなったお偉方が、集団で責任逃れをしたという話が市民の間で広まり、一部の運動家の間で囁かれていた「魔法省不要論」が、あっという間に帝都中を駆け巡った。
帝都から避難する者も少なくなく、嫌な静けさが、街の至る所に漂っていた。
俗世から離れて暮らしているスーファンとリクですら、帝都が異常な雰囲気であることは耳にしていた。
「リク、近々帝都に行く用事あるか?」
皿洗いをしているおれに、スーさんはソファの上から唐突に聞いてきた。
「いえ、特に無いですけど…。」
「そっか。」
「何か行きたい用事があるなら、お供しますよ。」
「別に大した用事じゃないからいいや。1人で行ってくる。」
「危ないですよ!最近は帝都の治安が良く無いって、ハピちゃんも言ってたじゃないですか!」
「私のギルドに行くだけだから。そこなら多分アチャさん達もいるし。大丈夫だろ?」
「…でも、道中に魔物が発生してるかもしれないですし、やっぱりついていきますよ!そうだ、おれ、ハピちゃんのところに忘れ物しちゃって、それ取りに行くんで、一緒にスーさんも行きましょう!」
「…ありがとう。悪いな。気を遣わせちゃって。」
「いえいえ全然!」
翌日…
「スーさんは、ギルドに何の用事があるんですか?」
帝都への徒歩の道中、聞いていなかった今回の目的を聞きたくなった。
「ちょっとアチャさんに聞きたいことがあって。まあ、多分、すぐ終わるけど。」
「なるほど。」
「リクはハピちゃんのとこに何を忘れたんだ?」
「おれ、道着忘れてきちゃって、最近道場も全然開けないみたいなので、一旦持ち帰ろうかなと思って。」
「え゙!それ、もしかして、洗ってないやつか…?」
「洗ってあるに決まってるじゃないですか!道場で洗ってくれてるんですよ!」
「ああ、良かった。臭い道着抱えて帰る想像しちゃったからさ…。」
「失礼な。臭くてもそれは汗と努力の結晶ですよ。」
「はは。確かにな。」
そうこう話しているうちに、道場に着き、誰もいない雰囲気を察して、さっさと道着を取って外へ出る。
「リク、もしかしたら、ちょっと時間かかるかもしれないから、そのまま道場の中で待っててほしい。」
と、スーさんは少し神妙な面持ちでそう言った。
「ええ?俺も一緒に行きますよ。そんなに時間かかりそうなんですか?」
「一応、リクも、外でずっと待ってるよりは、道場で待ってほうがいいかなって。」
そこでふと、ああ、そういうことか。と思った。
ギルドは大抵、帝都の栄えている中心部に建っている。だから、周りに時間を潰せるカフェや酒場があることが多い。
だが、少し帝都に近づいただけでも、異様な雰囲気を纏っていることは分かった。
明らかに人気が少なくなっている。街に明かりが少ないんだ。
たぶん、開いてる店もほとんどないのだろう。だから、スーさんは道場にいるように言ってくれたんだ。
「でもやっぱり、タブーかもしれませんけど、おれもギルドの中で待ってちゃダメですか?」
「うちのギルドは、人の出入りあんまりないから、リクがいると、やっぱり目立っちゃうと思うからさ。大丈夫、すぐ戻ってくるから。」
「…本当に、気をつけてくださいね。」
「ありがとう。」
ギルドに着き、一度、深呼吸をしてから、扉を開ける。
中に入ると、想像していたような活気は全くなかった。人っこ1人感じられない静けさをもちながら、だがそれ以外はあの頃のまま、スーファンを出迎えた。
何ら変わらない光景、正面のホールには、仰々しい絵画と、来客用の椅子と机。左手には、アチャさんの応接室や、図書室へと続く階段。
……戻って、来たんだ。「あの日」以来、1年ぶりくらいに…。
ほんの少しだけ、目を瞑って。楽しい記憶も、苦い記憶も、全てを包むこの空間に浸る。
「スーファンか?」
左の方から聞き慣れた声が聞こえ、目を開けると、ボスが階段の上から、訝しげな表情でこちらを見ていた。
「アチャさん、すみません、突然来ちゃって。」
「それは別にいいが、何の用だ?今日はみんな出払っているぞ。」
「アチャさんに用があってきました。今、大丈夫ですか?」
……
ギルド長応接室
「誰もいなくて残念だったな。今日は、たまたまみんな任務が入ってたんだ。」
「ボスは任務無いんですか?」
「私は最近、書類仕事が多くてな。任務は受けていない。」
「それって、魔法省のおじさん達が、みんないなくなったからですか?」
「…何だ。知っていたのか。」
「噂で聞きました。でも、失踪って、本当なんですか?」
「そうらしい。会議が終わっても誰も部屋から出てこないから、そいつらの部下が幹部室を覗きに行ったら、誰もいなかったそうだ。」
「それ、転移魔法ですかね。」
「そうだろうな。実際、大型魔法の発動痕が見つかったらしい。」
「まあ、上の人たちならそりゃあ、そういう大掛かりな魔法も使えますよね。」
「……なんだ?そんなことが気になったのか?」
「アチャさん、あの、転移魔法で、失踪なんて、違くて、もしかしたら、アチャさんが、殺したんですか?」
かなりの沈黙が訪れる。その間、スーファンはただ祈る。ただの、自分の考えすぎで終わるようにと。尊敬する上司が、自ら人を手にかけたなんて、そんな事実があってはならない。その一心で。
「どうして、そう思うんだ?」
歯痒い返答が返ってくる。
「だって、上層部の人たちのこと、良く思ってなかったですよね。アチャさんなら、殺せる力はあるし…」
「力があるからって、殺すとは限らないだろ?」
「アチャさん、前に、転移魔法を使える知り合いがいるって話してたから、殺して、死体とか、血の汚れとかをまとめて転移させれば、集団失踪みたいに見せかけられるって、考えたんじゃないかなって……。」
スーファンの祈りが、届くことはなかった。
「……。仲間に、嘘はつけないな。
そうだ。私が殺した。」
「っ!?…な、何で…?」
「その前に、煙草、吸わせてくれ。」
いつも通りの、手慣れた手つきでタバコに火をつける。だが、2人の間の空気は、全くいつも通りではなかった。
ふぅー。と、殺人者は天井を見上げ、煙を飛ばした。
「ちゃんとした理由、教えてください。」
「あいつらが、魔術師贔屓をしていたのは、お前もよく知っているだろう。いい加減、それに腹が立ったんだ。」
「でも、そんな、そんな理由なんて……」
「…そんな、か。お前も、この理由が、しょうもないと思うか?」
「え、あ、違…」
慌てて失言を取り消そうとするが、間髪入れずアチャは続ける。
「不当な扱いを受けるというのは、いつまで経っても慣れないものだな。魔法が使えないというだけで、なぜか冒険者としての地位が低いと言われる。命をかけて戦っているのは、魔法でも物理でも、変わらないはずなのにな。」
「…アチャさんは、本当にそうしたかったんですか?」
「あいつらには、ずっとムカついてたんだ。だから、後悔はない。」
「人を殺めて、アチャさんが、そんなこと言うわけないですよね?」
「……悪い。……人を殺すってのは、やっぱ、気分良くないよな。」
「…無理しないでください。その、あるか分かんないですけど、私にできることあったら、言ってくださいね?いや、多分無いと思いますけど、ほら、ハピちゃんもダルもいない時に、話し相手くらいには、なれると思うので!」
「……ふふ。そうだな。ありがとう。お前も、無理するんじゃないぞ。別に、魔法が使えなくたって、気にするな。これからは、魔術師以外も、大手を振るって歩いて行けるような社会を、私たちでつくっていこうな。」
「……はい!」
その後も、近況や、相変わらず魔物は減らないこと、ハピちゃんとダルの話。たわいもない話を続けた。
いつもしてるような、楽しい話を。さっきまでの会話を、上書きするように。
「…お仕事の邪魔しすぎてもいけないので、そろそろおいとましますね。」
「ああ、もうそんな時間か。今日は、来てくれてありがとう。また、いつでも来い。」
「突然押し掛けちゃってすみませんでした。また、来ます。」
ギルドを後にして、少しずつ暗くなってきた空の下、街を歩く。いつもなら、暗くなると酒場が開いて、賑やかな声が聞こえだす中心街も、今は不気味な暗さを残して、ただそこにあるだけだ。道場までの数分も、いつもなら怖くないのに、今日はやけに不安になる。
不思議と、早足になってしまう。
私は、この街が好きだ。次々に酒場に灯りが灯り始める夕方の景色も、子供達が遊び回る中央広場から聞こえてくる声も好きだった。でも今は、広場には誰もいない。いつも明るく街を照らす灯りも、やり甲斐をなくしたような、寂しげな光を映すだけだった。
好きだった街が、変わっていく。
アチャさん、私怨で人殺しなんてする人じゃない。理由はあまり話してくれなかったけど、多分、私のためにしてくれた部分もあるのかもしれない。魔法を使えない魔術師は、多分、上の人からしたら目障りだろうから。
私が帰ってきやすい場所を、作ってくれたのかな。
好きな人たちが、私のために変わってしまう。
私は、何をしているんだろう。好きだったもの、何も守れてない……。
……おかしい、道場まで、行きはあんなに早かったのに。もう、何十分も歩いてるような……。
堂々巡りを繰り返し、気がつくと、知らない土地に迷い込んでいた。そこまで民家が多くないから、郊外に出てきたであろうことは理解できた。だけど、ここから、どっちにいけば道場に行けるんだろう。リク、待ってるよね。急いで戻らなきゃ…。
なんとなくの勘を頼りに進んでみる。すると、こちらに向かってきている数人組がいた。こんなに人気がないのに、珍しいと思い、目をやると、何やら冒険者たちのパーティーのようだった。
少し顔を伏せてすれ違うと、後ろからなにか大きな声が聞こえてきた。
「あれ、もしかして、スーファンドットさんですか?」
バレた!という気持ちと、突然名前を呼ばれたことに驚いて、振り向く。目が合ってしまう。その瞬間、5、6人ほどの冒険者らしき人たちに囲まれる。
「すごい!!本物のスーファンドットさんですか!?」
「オレ、めっちゃファンなんです!」
「わたしも!あなたに助けられたんです!」
「#2÷々^…-〜〜〜〜」
「☆♪→2¥€%#〜〜〜」
プレゼントをもらった子供みたいなキラキラの瞳をしながら、同時に喋りかけられる。一方私は、雨の日の濡れた子犬の如く縮こまるしかなかった。
知らない人間に囲まれるの、怖すぎ…。
気絶しそうな気持ちを抑えて直立していると、一人の人が喋り出す。
「おい!一気にしゃべったらスーファンドットさんが困っちまうだろ!すみません、スーファンドットさん!俺たち、みんなあなたのファンで、ついテンション上がっちゃって…!」
「あ、いえ、ありがとうございます…。」
「俺、サクマって言います!このパーティーのリーダーやってます!あの、スーファンドットさんに本当に憧れてて、自分も、あなたみたいに、沢山の人を救える魔術師になります!」
「あの!わたし!わたしも!マリーンって言います!5年前、わたしの村がゴブリンの群れに襲われたとき、スーファンさんが、あのおっきな炎で倒してくれて!あのときは本当に…ありがとうございました…。」
マリーンと名乗る少女は、感銘のあまり泣き出してしまった。
だがその後も流れは止まることなく、メンバーが口々にスーファンドットへ称賛をぶつける。
「幻獣侵攻のときも、誰よりも前に立って群れを焼き尽くしてて!」
「間近で見て、これから先どんな魔物が来ても、この人がいればこの国は大丈夫って、思わせてくれたんです!」
「他のパーティーの奴らも、みんなあなたみたいになりたいって言ってますよ!」
スーファンは次第に、承認された嬉しさよりも、胸の苦しみが大きくなっていくのを感じた。
「そんな、私は大した人間じゃないから、そんな言うのは…」
「何を仰るんですか!あなたのおかげで助かった命が、一体どれだけあると思っているんですか!!」
「いや、でもそれは私だけの力じゃなくて……」
「あんなに成果を上げているのに、本当にすごい人っていうのは、謙虚なんだなぁ〜!」
スーファンドットは、もう何も言えなかった。
彼らはきっと、明日も、その次の日も、魔害のために働かされることだろう。
私がぬくぬく家で寝ている時間、彼らは、命をかけて戦っているのだ。
存在しない幻の英雄を見てしまったがために、こんな苦行をさせられているんだ。
こんな醜い私を、これ以上称賛しないで…。
国が、冒険者たちが、ピンチの時に、私は……
…私は、何の為に戦っていたのだろう。魔王を倒すため?人々を安心させるため?
……違う。私は、「認められるため」だけに、魔法を、利用していたんだ。己のちっぽけな承認欲求を、満たすためだけに。
大義名分は増えていった。活躍すればするほど、英雄扱いは加速していく。私は、これに胡座をかいていたんだ。
「……ファン…さん、スーファンドットさん!」
はっ!と気がつき、顔を上げると、光り輝く冒険者たちが私を心配そうに見ていた。
「すみません、こんなに引き留めてしまって!きっと今日も任務帰りで、疲れてますよね?」
「え、あ…。」
「なかなか魔物は減らないですけど、俺たちも、スーファンドットさんを見習って、明日からも、全力で討伐します!お話ししてくださって、ありがとうございました!!」
そこからは、ほとんど記憶がない。
心配になって探しに来てくれたリクと、たまたま合流することができて、無事に家に帰ることはできたらしい。家に着いた時、すっかり空は暗くなっていて、ああ、ようやく1日を終わらせることができるんだ、と思った。
もうこれ以上、醜い自分と向き合うのが嫌になった。
「悪い、もう、寝る。」
「スーさん、何があったんですか?街から家に着くまで、様子がおかしいですよ。」
「私の様子がおかしいのは、いつものことだろ。今日は特別ブルーな日ってだけだ。」
「話してください。解決できるか分からないですけど、悩みは人に話したほうがいいですよ。」
「……なんで、私なんだ。」
「え?」
「愚図で、なんの取り柄もないのに、なんでこんなに褒められるんだよ。今の私の、どこが英雄に見えるんだよ…!」
ああ、だめだ。
「第一、私の何が分かるんだよ!私のクソな部分を見てないから、英雄だなんて無責任に言えるんだろ!」
こんなこと、言いたくない、違う。こんなこと思ってない。
本当は…
「私は、人を助けたくて魔法を使ってるんじゃない!……私は、人に認められたいから、魔法を利用してるだけなんだ…!」
……人に弱さを打ち明けるたび、業を人に擦りつけているような、えも言われぬ不安感・強迫概念に襲われる。
弱みを知られるたび、醜い「私」が、衆人環視の斬首刑のように、コロン…と、太陽の下へ晒される。
人に弱さを隠すたび、希死念慮が強くなる。
私が休んでいることなど知らぬ人々は、今も人を救っているのだと、思い込んでいるのだ。当たり前だ。
そんな賛辞の言葉が、私にとって即死の銃弾たりえるとは、知る由もないだろう。
リクはその後も、もはや何を言っているか分からない私の言葉を、ただ聞いてくれた。
だけど、すぐに私の限界が来た。これ以上己を直視したくなかった。
私は、夢の中へ逃げた。明日になれば、ゴチャゴチャな頭がマシになることを信じて。




