第十二話
「うわぁあー!!!逃げろ!!」
帝都は、時折、悲鳴を響かせるようになっていた。
いままでと比べ物にならないほど、魔物が帝都に侵攻するケースが増えていた。
「おい!そっち!羽生えた魔物が南の方向かったぞ!」
「くそ!そっちは射程が届かねえよ!」
「そっちは私が追うわ!レンダはそのまま今のところやっつけて!」
「ああ!頼んだ!」
…リクがパーティーを抜けてから、2ヶ月くらい経った。俺たちはその後も、洞窟に潜る日々を続けていた。しかし、魔害?とかなんとかで、街に魔物が急増した。そのせいで毎日、雑魚魔物の討伐に追われている。
討伐が終わる頃には、すっかり空も暗くなり始めてきた。その頃にはいつもヘトヘトになっているが、帝都近郊からギルドのある中心街まで、毎日歩いて報告しにいく。
「はぁー。今日も朝から晩まで働かされたぜ。」
「まじ疲れたんだけど!早く帰ろーよ!」
「その前に、ギルドに報告…しないと。」
「えーー!めんどくさいー!早くお家帰りたい!帰っちゃダメなの!?」
「あーもううるせえなあ。リピチェーノ、規則だからしょうがねえって、何回も言われてんだろ。」
「はー?んなの分かってるけど、全員で行く必要ある?ってこと言ってんの!ギルド長に無事ですって言うだけでしょー!?」
「うるさい…。」
ふと、遠くに何やら見慣れた姿が見えた。何やら有名な道場の中から出てきたのは、かつてのメンバーの、リクだった。
「なあ、あれ、リクじゃね?」
「えー。どーでもいー。」
「本当だ…。リクかも…。」
「おーい!リク!」
レンダがそう呼び掛けると、びっくりしたようにその人物はこちらを向いた。その目鼻立ちからして、確かに、リクだった。
「お、おう。レンダたちか。久しぶりだな。どうしたんだよ、こんなところで…」
「こっちのセリフだぜ!お前、道場通ってんのか?しかもここって、なんか有名な人の道場なんだろ?」
「ああ、まあ、ちょっとおれも、鍛えなきゃと思ってさ…。」
「ふーん。あんた、まだパーティーとか組めてないんだ。」
「!…何で、分かったんだ?」
「今、魔物が大量発生してることくらい、お前も知ってるだろ?どこのパーティーも毎日引っ張りだこで、道場なんか行ってる暇ねーんだよ。」
「…その通りだ。まだ、パーティーを組んでくれる人、探してすらないんだよな…。はは…」
「……なあ、この魔害の期間だけ、俺たちのパーティーに戻ってこねえか?」
「!? は?ちょっとレンダ!何言ってんの!」
「毎日毎日、3人だけで何匹も魔物相手するのは大変だって、リピチェーノだって分かってるだろ?」
「だけど!こいつ、私たちのこと置いて勝手に逃げたのよ!嫌に決まってんでしょ!?」
「あの時は確かにムカついちまったし、今でもお前にリーダーは無理だったと思ってる。でも、置いて逃げたとか、そんなことは水に流そうぜ。それに、道場通いなんて、頑張ってるみたいじゃないか。どうだ?俺たちと、また組んでくれるか?」
……レンダたちは、俺がいなくても、多少大変くらいで、変わらずやれているんだ。スーさん達は、スーさんが休んでから、ほぼ活動していないと言っていたのに。
本当におれは、このパーティーにとって不要な存在だったんだな。
「悪い。今は、ほかにしなきゃいけないことがあるんだ。……それに、まだ、おれはお前達に顔向けできるほど立派になれちゃいない。」
「……どーせ、そーゆーと思った。ほんと、変にバカ真面目だよね。あんた。」
「……お前達なら、俺がいなくても、十分だろ。今は誰がリーダーやってるんだ?」
「俺だよ。お前がいなくても十分なのは、分かってんだよ。こっちは魔物退治ばっかで、いい加減、疲れてんだよ。毎日毎日、おんなじ様な魔物ばっか…。」
「でも、洞窟に潜ってるより、良いじゃないか。」
「お前に…何が分かる…?」
「お前らはまだ分かんないかもしれないけど、おれ、洞窟に潜るより、人のために戦う方が、気持ちいいってこと、教えてもらって、ようやく気づけたんだ。」
「言うだけなら簡単だよねー。いい?何もしてない人間に、講釈垂れる資格、ないから。ほら、もう行こーよ。」
……難しいな。やっぱり。おれには、人の心を動かす言葉は吐けないみたいだ。
「威厳」なんて、夢のまた夢かもな…。
「帰りましたー。」
家に帰ると、晩御飯を待ち焦がれているのであろうスーさんが、リビングのソファで干からびていた。
「スーさん、遅れちゃってすみません。今、ご飯作りますね。」
「みず、みずをくれぇ…」
すごい。本当にミイラになっちゃいそうな乾燥具合だ。
…いや、食べ物はなくても水はどうにかなるでしょ。井戸も溜め水もあるんだから。
「スーさん、何か、ソファに隠してますか?」
ビクッ!と、地上に出た魚のように、あからさまに跳ねた。
「…やっぱり。なんですか?ソファに何を溢したんですか?ちゃんと言わないと、ひっぺがしますよ!」
スーさんの両脇を持ち、ソファから剥がそうとする。すると、
「わ、分かった!言う!言うから!」
「はぁ。それで、どうしたんですか?」
本当に、英雄とまで崇められたスーさんと、目の前の乾燥人類が同一人物だなんて、誰が信じられるだろう。
「あの、実は、リビングで魔法陣を描く練習をしてたんだけど、その、この通り……」
スーさんがゆっくりソファから立ち上がると、見たくもない光景が眼前に晒される。
かなり黒く染まったソファと、ちょっと頑張ったんだろうな、と言うのが窺える、黒くなったタオルの軍団がそこにはいた。
「スーさん…」
「いや、その、本当、ごめん…。」
「おれのソファじゃないんで、良いんですけど、スーさんの大事なソファじゃないですか。いいですか?こういう時は、ソファを擦るんじゃなくて、タオルを水で濡らして、ポンポン、と叩く様に拭くんですよ。まあ、それでも限度はありますけどね。」
「はい…。」
…?なんだ、なんか今日は、イライラするな…。なんでだ?帰りに、あいつらに会ったからか?あいつらが、おれがいなくても平気に過ごしていたのを、見たからか?
「リク、ほんと、ごめん。ダメダメで。」
はっ!と気付いて、急いで弁解しようとする。おれの個人的なイライラを、スーさんにあたってはダメだ!スーさんがミスをするのは、いつものことじゃないか!
「スーさん、ごめんなさい!ちょっとおれ、帰りに、モヤっとすることがあって、ちょっと、スーさんに当たってしまいました。…ごめんなさい。」
「そんな、謝らないでくれよ。私のが、八つ当たりばっかやってるだろ?」
「はい。」
「……。」
スーさん、自分で言ったは良いものの、即肯定されると、ちょっと嫌だな…。って顔してる。
「…また今度、街の家具屋さんに直してもらいましょう。」
「そうするよ。
……ちなみに、モヤっとすることって、何があったんだ?」
「え?ああ、いや。別に大したことじゃないですよ。ちょっと、たまたま前のパーティーメンバーに会っちゃっただけです。」
「…そっか。喧嘩には、ならなかったか?」
「喧嘩はしなかったですけど、やっぱり、相性が悪いんだろうな、って、再認識できたかもしれないです…。」
「じゃあ、もう、未練は捨てられたか?」
「…それは、分からないです。おれ、本当に優柔不断で、もし、おれが、もっと強くなれれば、また一緒にやれるのかな、とか…」
「それは、執着してるのと違うのか?」
「え…」
「お前は、悔しいだけじゃないのか?自分を追い出したメンバーが。追い出されたという事実が。だから、合わないメンバーに固執してるんじゃないのか?」
悔しい…。そうだよ。悔しいよ。なんで、人の上に立つ様な人間になれないんだよ。スーさんみたいな、圧倒的な力が無いんだよ。ずっと、足りてない現実が付き纏ってくるんだよ!
「スーさん、おれ、道場行って、強くなったと勘違いしてたんですかね…。それとも、強くなるだけじゃ、埋まらないなにかがあるのか、おれは、あいつらがまた一緒に冒険したくなるくらい、進めていないんですか…?」
「……リクが何をそんなに急いでいるのか、分から…」
「おれだって!
…分からないですよ……。もし、あの時の洞窟で死んでれば、まだ、あいつらと、今頃、魔物退治してたのかなって。おれには、あいつら以外、仲間がいないから、帰る場所は、あそこしかないんです。」
「だからって、合わない人間とまた冒険するのかよ?帰る場所が無いなら、新しく作ればいいだろ!」
「周りの人に恵まれただけのスーさんに、言われたくないですよ!」
「…はぁ!? 知った様な口聞きやがって!何にも知らねえ癖に!一生そうやって過去の思い出引きずってろよ!!」
「スーさんに言われる筋合い無いですけどね!もう、今日は帰りませんから!」
数刻前、木の軋む音だけを立てて開いた扉は、乱雑に閉められた。
中に、うずくまる少女と、消えないシミだけを残して。




