第十一話
第十一話
「ハル。久しぶりだな。元気だったか?」
ボスが墓に手を合わせ、呟く。
今日は日差しが強いけど、爽やかな風が吹いていて、暑さはそこまで感じない。
…ボスは、目を瞑ってまだ手を合わせている。ハルとどんな話をしているんだろう。
「…スーファン。」
「?」
「ちょっと、昔話をしようか。」
ハルの墓の近くに、2人で腰掛ける。ここからは帝都が綺麗に見える。山風に当てられながら、ぼんやり眺めていると、アチャさんが喋りだす。
「スーファンは、あの日、初めて会った日、死ぬつもりであの山に来ていたんだよな?」
あの日、ああ、アチャさんに、パーティーに勧誘された日のことかな。確かにあの時は、魔法も人付き合いも全然ダメで、そのせいで学校も退学になって、自暴自棄だったなあ。もう何年前なんだろ…。
「そうだった気がします。あんまり、覚えてないですけど。」
「…実は私もあの時、死のうと思って山に登ったんだ。」
「え!?」
あまりにも予想外な言葉に、思わず、何と言えば良いか分からなくなってしまった。だけど、そんなことは気にしていないように、アチャさんは話す。
「私は、分不相応だけど、ずっと自分だけのパーティーを持つことが夢だったんだ。」
―――
約7年前…
パーティーを結成するにあたって、最高の難易度を誇るクエストがある。
それが、「仲間集め」である。
魔法学校に落ちた私は、落第者のレッテルを貼られ、友人や親族、果ては集落中から疎まれる存在になった。集落を出て、帝都に来たは良いものの、何のつても、取り沙汰する才能もない。そんな人間が、パーティーを結成するなんて、夢物語にも程がある。それでも毎日、冒険者ギルドを駆け回り、帝都中にメンバー募集のチラシを貼った。地元の人間を見返したい一心だった。だが、結果は言わなくても、…分かるだろ?
苦悶の日々が半年過ぎた頃、貯金が尽きた。
…黒雲が街を覆う時。森の奥を彷徨う。目的はない。あてもない。己のこめかみに銃をあてる。玉は3発入っている。確率は、2分の1。静粛に、トリガーに指をかける。
……遠くで微かに、炎魔法を発動しているような音が聞こえた。こんな森の奥で…?しかも連発しているようで、間隔をおいて何回も聞こえてきている。なんだ?なぜか、胸がザワザワしている。……この感情はなんだ?なにか、この音の主に、希望を見出そうとしている自分がいる。
…馬鹿馬鹿しい。この期に及んで、足掻こうだなんて、醜いにも程がある。
「はぁっ…はぁっ…はぁ…」
気が付けば、汗にまみれながら、音の鳴る方へ走り出していた。
3分ほど走ったところで、魔法の的当て練習場に行き着いた。そこには、まだ学生であろう女の子がいた。
そして、的が見たことがないほど歪んでいた。
なんだ…?てっきり炎魔法かと思ったが、それならこんな歪み方はしないはず。見てみたい…。彼女は何の魔法を使うんだ?
彼女が次の的の前に立ち、魔法を放った瞬間、私の脳みそは処理を放棄したようだった。
確かに、炎魔法の音で、炎魔法を放っていた。だが、明らかに炎の形状がおかしい。歪で、不安定で、あれは、どの炎のフォーマットにも無い。まだパターンを決められていない入学前の子供なのか?いや、それにしては威力が大き過ぎるような…
「おい、何見てんだよ。出てこい。」
…!気づかれたか。
「勝手に見てしまってすまない。聞きたいことがある。君の炎は、なぜそんなに歪なんだ?」
「あ?」
「どう考えたって、定型の魔法を毎回打つ方が楽だろ?」
「うるせえな。なんだっていいだろ!!」
「良かったら、うちのパーティーに入ってほしい。」
「…はあ!?」
「君のような光輝く才能が欲しかったんだ。私は君のことを否定したり無碍にしたりはしない。どうだろうか。」
こんな時間に、わざわざ場末の的当て場に来ていて、そしてあの炎…。何かのっぴきならない事情があることは、火を見るより明らかだ。恐らくパーティーにも所属していないだろう。
「…私の魔法は、なんの役にも立たない。」
「?」
「パターンを作った方がいいって、入学して最初に言われたんだ。でも、私はしたくなかった。それで、魔法学校を退学に…」
「そうだったのか…。」
「だから、私の魔法なんて、その程度だったんだ。」
パーティーに来てほしいなんて、口をついて出ただけだった。だが、この前人未到の試みには、つい誘われてしまう魔力があったのだと、私は解釈した。
「いや、今の魔法界では解明されてないことも沢山ある。君が正しいと、学校の奴らに証明してやろう!私と一緒に来い!」
「! ……いっこ、聞いていい?あんたは、見るからに魔術師じゃ無いけど、何で、私の魔法が普通のと違うって分かったの?」
「私は、元々魔術師志望で、勉強もしていたんだ。…でも、才能が無かった。理由は、それだけだ。」
「……あんたのパーティーに入ったら、魔法の研究はできる?」
「ああ、とことん研究するといい。」
「…なら、そんなに幸せなことない。」
「これからよろしく。名前は?」
「スーファンドット。」
「アチャだ。これから、宜しくな。」
人生で初めて…初めての、当たりくじだった。
それから、遠い親戚で、回復魔法の名家である、バンデッド家の1人娘、ハピ・バンデッドさんが、何故かラブコールに答えてくれたり、たまたまチラシを見たダルが入ってくれたりと、急に運が向いたのか、とんとん拍子で物事が進んでいった。
だが、苦労も絶えなかった。
スーファンの魔法は、正直、未知数で、定型がないことと、魔力量が多いこと以外は、並以下の学校生と変わらない練度だった。それに輪をかけて、初期は人見知りが酷く、ダルやハピちゃんどころか、私とも会話できず塞ぎ込んでしまう事もあった。仲間同士の不和は、隠しきれていなかっただろう。
夢見て、あんなに焦がれていた自分のパーティーを持てたは良いが、こんなに苦行の連続だとは、考えてもいなかった。
それが転換したのは、間違いなく、初めて成果を上げることができた任務だっただろう。
今思えば、弱い魔物を数匹倒すだけの、簡単な任務だった。それに、一度成功したからと言って、その後の任務も簡単にこなせるようになった訳じゃない。だが、あの任務の後は、えもいわれぬ達成感でいっぱいだった。それはきっと、皆んなもそうだっただろう。
何故成功したのかもあやふやだ。あの時は、そんなこと気にしていられないくらい、連携に必死だった。
でも、皆んなで首の皮一枚で連携して、放った攻撃が身を結び、決定打になったあの感動は、死ぬまで忘れることはないだろう。
その時、連携や意思表示の大切さを、痛感することが出来たと思う。
格段に動きが変わった訳じゃなくても、その後も喧嘩は続いても、力を合わせるべき時に、判断が早くなったと感じることが出来た。
しかしその後も、相変わらずスーファンの魔法は謎が多く、本人も、完璧に使いこなせている訳ではないようだった。
私の理想は、勿論スーファンの魔法の解明もそうだが、何よりこれを|当たり前にすることだった。
今までの保守的な魔法界では、不定形炎魔法は認められていなかった。だが、スーファンがパーティーで成果を出し、魔法学的にも有用だと証明することで、より魔法界を進歩させることができると思った。
……今思えば私は、お前に、自分の夢を背負わせようとしていたんだ。
小さい頃から、ハピちゃんが魔術師として活躍している姿を見ていて、私も、将来は当然のように魔術師になれると勘違いしていた。だが、魔法学校にも入れないくらい、魔力が少なかった。他にしたい事もなく、同年代の友達が学校で魔法を鍛える間、私は、街をウロウロし、カジノに入り浸って、ひたすらギャンブルにのめり込んだ。
そんな私の前に、お前は、彗星の如く現れた。ひと目見て分かる、異常性と、膨大な魔力量。
…眩しかった。絶対に逃してはいけない。そう思った。
その後、3年ほど経った頃、知り合いのつてで、魔法研究家のハルと出会った。スーファンの魔法を改名してもらう為に、危ない橋を渡って、パーティーに入ってもらった。
結果的に、穏やかで、人を否定しないハルは、スーファンと相性が良いようだった。最初こそぎこちなかったが、次第に仲を深め、魔法の研究にのめり込んでいった。
そして、パーティーに入ってから2年ほどして…
「報告したいことがあるんですけど、この度、結婚することになりました!」
何気ない朝に、突然、ハルがそう告げた。
仲間の幸せそうな姿を見るのは、いつだって嬉しかった。スーファンも、明らかな人見知りは減っていき、皇帝陛下謁見や、魔法省幹部への報告会なども、何とか乗り越えられるようになっていた。
そんな、一滴の幸せを味わうような日々は、そう長くは続かなかった。
魔王襲来、討伐部隊選抜。からの、あの日。
今までと、時間の流れが違うようだった。みんな大忙しで、メンバー同士で稽古をする時間も少なくなっていたように思う。
…こんな時、上手いこと合間を縫って、パーティーの時間を作るのが、私の仕事なのに。本当に、不甲斐なかった。
もっと上手くやれていれば、あんな結末にはならなかったのに。皆んなは、私を信じて、慕ってくれているのに……。
…いや、最後の方は、スーファンには言わないでおこう。
ボスである私がこんなことを言ったら、きっと困惑してしまうからな。
スーファンは、ただ静かに私の話す昔話を聞いていた。時々、懐かしむような顔も見せながら。
こんなに話して、私は、何が言いたかったのかな。ただ、久々に会えて、この時間を引き延ばしたかっただけかもしれないな。
「スーファン、ありがとう。」
「…え?」
「あんなに落ちぶれていた私を、あの山でお前は、救ってくれたんだ。」
「私こそ、アチャさんに何度救われたか…。」
「…人間は、助け合わなきゃ、いけない生き物らしい。だけど、私たちは、不器用すぎたのかもな。」
「……そうですね。」
ボスのその言葉が、自分でも何故か分からず、心に深く突き刺さった。
「さあ、帰るか。遅くなりすぎても、リクくんが心配してしまうからな。」
「はい。帰りましょう。ハルも、ボスに会えて嬉しかったと思います。」
「ふふ。なら良いがな。また、来るよ。」
「…はい。」




