第十話
第十話
夕食も終わり、スーさんとリビングで話す。すっかり暗くなった空を見つめて、何か思い出すようにスーさんは喋り出す。
「いやー。こないだのハピちゃんのファン?の群れはびっくりしたな。」
「魔物みたいに言わないでくださいよ。まあ、確かに驚きましたけど。」
「あんな大勢の人間を一度に相手できるのは、やっぱ、近接格闘のプロだからなのかなあ?」
「多分関係ないと思いますよ。」
「私も近接格闘始めてみよっかな〜…。」
「あの…、ずっと思ってたんですけど、もしかしてスーさんって、人見知りなんですか?」
ピシッ!と一瞬、空気が凍りつくのを感じた。炎魔法の使い手からは感じられることのない、絶対零度がそこにあった……。
「……隠せてなかったか?」
「はい。まあ、割と…。」
「そうか…。白状するけど、私は、仲良い人間以外が怖い。怖いので、初対面の人間と話す時は、必ず間に知り合いを挟むことをモットーに生きている!背後に隠れることで、私に話題が振られることがないよう、徹底したディスタンスを計っているのだ!!」
さっきまでの、氷点下の静寂が嘘のように、堂々とした振る舞いだ…。言ってることはただの人見知り対策講座なのに。
「でも、そんなに人見知りなのに、最初おれとたくさん話してくれてたじゃないですか。」
「強盗に人見知りする暇ある訳ねえだろ!」
その通りでございます……。その節は本当に……
「大変申し訳ございませんでした。」
「…でもさ、そのおかげで、ちょっと人見知りの解決策が見つかった気もするんだ。」
「というと?」
「命の危機なら人見知りしない!ってな!」
「はは。実用性が皆無ですね。」
「爽やかな笑顔で言うな。」
「人語を喋る魔物と戦う時なら、使えるかもしれないですね。」
「ああ!確かに!よく考えれば普通に喋ってた気がするなぁ〜」
「じゃあ、人間に対してもそんくらいの気やすさで全然良いと思いますよ。第一、スーさんに横柄な態度で話しかけてくる人とかいないんじゃないですか?」
「んー。それはそうなんだけど、変に敬わられるのも歯痒いっていうか、過剰なんだよな。皆んな。」
「あぁ…。」
何故か、容易く想像できる。市民の方に話しかけられて、無視することもできず、ペコペコお辞儀して足早に去ろうとするスーさんの姿が…。
「なんか、失礼なこと考えてないか?」
「気のせいです。」
「お前も言うようになったなあ。
まさか、パーティーメンバー以外でこんな話せる人間が出てくると思ってなかったな。」
「でも、パーティーの人たちだって、最初は初対面じゃないですか。話せたんですか?」
「最悪だね。この世の苦渋という苦汁を舐めさせられる始まりだった。」
こんな地獄みたいな感想が出てくると言うことは、ただならぬエピソードの予感……!
「聞かせてください。どんな始まりだったんですか?」
「…ちょっと楽しんでるだろ。」
「はい!」
「良い返事で宜しい。火炙りの刑。」
「えー。」
「……別に、大して面白い話じゃない。私が入ったのは一番最初だったんだけど、後から入ってきたハピちゃんも、ダルって奴も、全員年上だから、舐められないように、魔力量を誇示して幅を利かせまくってたんだ。」
初手から最悪だ…。これは期待できるぞ…!
「でも、見かねたボスに、的当てをされて目が覚めたんだ。的当てっていうのは、頭の上にフルーツを乗せて、それをボスが銃で打つっていう罰ゲームで…」
「そんな世紀末みたいな治安なんですか!?」
「いや、むしろそれでかなり気持ちを切り替えられたから、どこのパーティーもそれで統制をとっているもんだと思ってたんだよ。」
荒技すぎる…。相当ブチギレてたんだろうな…。
「あの時のボスが世界で一番怖かったな。炎竜とかなら一発ノックアウトだね。」
「ボスって、確かアチャさん、って言ってましたよね?そんなに怖い人なんですか?」
「怖いなんてもんじゃないね!あの人が怒ったら、海は割れ大地は怒り空は…」
「随分な言いようだな?スーファン。」
…!突如、後ろから声が聞こえた!振り返ると、長髪を高い位置でまとめ、サングラスをかけた綺麗な顔立ちの女性が、覇気を纏い仁王立ちしていた。
「ぼ、ぼぼぼ、ぼぼ、ボス……!」
たちまちスーさんは顔面蒼白気絶寸前半死半生といった様子だった。でも、これはスーさんが悪いと思う。
「ご、ご無沙汰してます!何か今日用事ありましたっけ……?」
「お前の旦那の墓参りに行くと、前回約束を取り付けた筈だが、この分だと、墓前に良い報告ができそうだな。『お前の嫁は、上司の悪口を溌溂に言えるほど回復した』ってな。」
スーさんは音もなく椅子から崩れ落ちた…。情緒が不安定なスーさんはたくさん見てきたつもりだったが、今回のはぶっちぎりだ……。
「…こんな挨拶ですまない。君が、噂に聞いていた同居人か?」
「あ、はい!初めまして!スーさんと同居させてもらってます!冒険者のリクと言います!」
何も言わずただじーっと見つめてきた後、ふっ、と微笑みをこぼして、話し始めた。
「こちらこそ、うちのスーファンがお世話になっています。上司のアチャです。スーファンはこの通り調子に乗ると口が滑り、調子が悪いと隅でいじけるような、大変面倒臭い人間ですが、ご迷惑おかけしていないでしょうか?」
すごく丁寧な口調でスーさんを串刺しにしている…。
当のスーさんは俯いてモノクロの灰と化していた。
「いえいえ!こちらこそ、スーさんから旅の心得でしたり、魔法学についても教えてくださったりして、いつも、凄くタメになっています!」
「ほう。なるほど。ぜひ私もご教授願いたいものだ。」
あれ?なんか、おれ、駄目なこと言ったかな?
「殺してくれー!!」
そう言うと、スーさんは勢いよく寝室へ走って行った。
「あ、ちょっとスーさん!籠城するつもりですか!」
「うるさーーい!」
寝室の奥から微かに声が聞こえてくる…。ったく、アチャさんも暇じゃないだろうに…。
「まあ、いいさ。そのうち出てくるだろう。それより、リクくん。少し私と話をしよう。」
「は、はい。」
なんだろう…。この人の纏う威圧感というか、迫力のようなものが、ちょっと怖いな…。
「スーファンとの同居は、本当に大丈夫か?」
「まあ、最近は扱いにも慣れてきましたし。段々、対処法が分かってきました。」
「本当か?嫌になって、もう出てきたいと思ったことはないか?」
「あくまでも、おれにとっては尊敬する恩人ですし、たとえちょっと子供っぽいところがあっても、出ていきたいとはならないと思います。」
「……それならよかった。スーファンは悪い奴じゃないんだが、コミュニケーションがどうにも苦手みたいでな。…だが、さっきの会話の様子を見ている限り、心を許せているみたいで安心したよ。これからも、振り回されることが多々あると思うが、うちのスーファンを、宜しくお願いします。」
頭を下げられ、思わずこちらも畏まる。
「こちらこそ、宜しくお願いします!……ちなみに、どこら辺から聞いていました?」
「私が的当てをしていたというくだりからかな。」
スーさん…多分一番聞かれたくないところから聞かれてるな……。かわいそ…。
「あの、聞いていいのか分からないですけど、本当に的当て、していたんですか?」
「まあ。最初は私も、パーティーをまとめ上げる方法が分からなくてな。手探りだったんだ。」
手探りの時に出てくる解決策が、恐怖の的当てなんて、おれがパーティーのリーダーをしていた時に思いつけたかな…。多分、おれたちのパーティーには向いていない方法だろうけど…。
「あの、おれも、パーティーのリーダーを一応、やっていたんですけど、パーティーの中で意見がぶつかり合った時って、どうやって全員納得できるようにしていましたか?」
「全員の意見を反映させるのは難しいと思うから、私は生存率を第一、次に成功率という順序で意見を固めることを意識していたな。君のところは、意見が合わないことが多いのか?」
「その、冒険に対する姿勢とか、大切にするものが、皆んなバラバラだったような気がして…。」
「なるほど。それは大変だな。討伐の手順や方法の食い違いなら、是正することも出来るだろうが、根本の部分を合わせるというのはなかなか難しいだろう。それを、解決したいのか?」
「あぁ、いえ。もう解散しちゃってるんで、解決とかではないんですけど、ただ、あの時どうすれば良かったのかな、と…。」
「そうだったか、すまない。デリケートな部分だったな。」
「気にしないでください、むしろこちらこそ、ハルさんのお墓参りなのに、おれの悩みを聞いてもらってすみません。」
「最近、相談に乗れる機会がなかなか無くてな、むしろ興味深い。……難しいことだし、私も出来てはいないと思うが、一番は威厳あるリーダーになる事なんじゃないかと思う。」
「威厳ある…」
「チームメンバーの意見を取捨選択して、決断するというのが、上に立つ者の役目だ。それは、威厳なくして成し得ないだろう。己の人生の深みに自信を持てば、自ずと後からついてくるんじゃないかと、私は思う。」
……この人も、的当て指導をしていた初期から、今はこんなに威厳も風格もあるリーダーになったんだ…。『ボス』の呼び名が、様になるような…。
「良いリーダーというのも千差万別だ。君が、最良のリーダー像を作ることができたら、あとはそれになる努力をするだけなんじゃないかな。」
「…はい。おれは、地道なリーダーになります。やっぱり、おれがアチャさんのように威厳を放つのはなかなか難しいと思うから、威厳はなくとも、メンバーを"最良"へ導けるような、自信あるリーダーになります。」
「…そうか。大変だろうが、がんばれよ。私も身が引き締まる思いだ。」
「はい。貴重なお話をありがとうございます!頑張ります!」
「リクくんは、ハルに似ているな。」
「スーさんの旦那さんの、ハルさんですか?」
「ああ。ひたむきさと言うのかな…。上手く表現できないが、そういうところもあって、スーファンとも、上手くやっていけているのかもな。」
「…おれも、話してみたかったです。ハルさんと。」
「きっと馬が合ったと思うぞ。それだけに、残念だ…。」
パーティーメンバーを失うなんて経験をして、この人も沢山葛藤して、沢山悩んだだろう。アチャさんだけじゃない、ハピちゃんも、ダルさんという人も、きっと。
どれだけ強いパーティーでも起こり得る問題が、おれのパーティーで起こった時、どう責任をとるべきか。おれはそれに直面した時、胸を張って決断できるリーダーになりたいな。
「さて、そろそろスーファンを引っ張り出すか。」
「あぁ、もうかなり長いこと閉じこもってますもんね。」
スタスタと寝室に歩いて行ったアチャさんが、扉の前で何かをぼそっと呟いた。すると、目にも止まらぬ速さで扉が開き、焦った様子でスーさんが出てきた。
「いやー、ボス!ボスがやっぱ世界一ですよ!あー!こんな最高なボスを持てて嬉しいなあー!」
……何を言ったのかは皆目見当もつかないが、これも一種の『威厳』の在り方なのだろう。
「それじゃあ、リクくん。邪魔したな。これからもスーファンと仲良くしてやってくれ。でも、ムカつくことがあったら、気兼ねなく私に言うんだぞ。それ相応の対処をしよう。」
「ははは!それはさておきね!ほら!ボス!早く行きましょう!ハルが待ってますよ!ははは!」
なんだか様子がおかしいスーさんに、半ば強引に連れられ、アチャさん達はあの丘へ向かって行った。
「お気をつけて!」
草木生い茂る、通い慣れたいつもの道。でも、1人で来るより、少しだけ気が楽だ。
「ハルは、やっぱり怒ってると思います。」
「どうして、そう思うんだ?」
「あんな最期…望んでるわけない。」
「魔王に殺されるより、愛する人間の手で眠る方が幸せだったろう。」
「でもっ!魔王に殺されたなら!蘇生できたかもしれないじゃないですか!」
「そんなたらればはやめろ。それに、そんな生ぬるい相手じゃなかったことくらい、お前も分かっているだろう?」
「……。」
「あいつはきっと、スーファンが早く元気になるのを望んでいると思うぞ。」
でも、恨んでなきゃ、説明がつかないよ。
何回も、元気になった、もう平気だって思おうとした。でも、魔法が全く出ないんだ。あいつが好きって言ってくれた、私の魔法が。
分からないよ。ハル。こんな時、ハルがなんて言って、励ましてくれたか。




