第九話
第九話
昼過ぎ。書斎にこもっていると、机に面している小窓から、トントン、と誰かがノックする音が聞こえた。
開けてみると、見慣れた伝書鳩が手紙を咥えて待っていた。ギルドで飼っていた伝書鳩だ。
急いで台所へ向かい、褒美の豆を持ってこようとする。途中、台所の角に躓いて転倒し、豆を盛大にぶち撒けたが、なんとかエサを渡すことができた。
幸いだったのは、リクがハピちゃん塾に行っていて、一連の流れを見られずに済んだことだ。あいつはいつも、過剰に心配するからな。
左の脇腹をさすりながら、手紙を受け取った。手紙の差出人はボスだった。恐る恐る手紙を開く。だが、最初の一文を読んだ後、すぐに封筒へ戻した。
『スーファンへ。 家で一人で泣いていないか?いつでも…』
…普通の人間からしたら何気ない一文だが、今の私には、とても直視できないほどに輝いていた。……怒られると思ってたから…。
ボスが怒らないのは勿論分かっている。分かっていても、己が責められることを常に恐れてしまう。視界がほんのりぼやけたので、すかさず拭った。狭くて埃っぽい書斎に長い時間篭っていると、感情がジメジメしてきてしまって良くない。……いや、それは書斎のせいじゃない。
考えが堂々巡りして、その日はすぐに寝た。
それ以上、手紙を読むことはできなかった。
2日目になって、左脇腹の痛みがほんのり和らいだ。
そして2行目を読んでみようと、机の、1番下の引き出しに仕舞った手紙を、取り出した。
『いつでも私たちが行くから、遠慮なく言ってほしい。だが、それが難しいときには、パーティーメンバー全員の写真を入れたので、それを見て、私たちがいることを思い出してくれ。』
昨日見た時には気づかなかったけど、よく封筒の中を見ると、確かに写真が入っていた。写真は、魔王なんて出てくる前の、本当に何気ない時に、たまたま撮った一枚だった。
……
およそ2年前、海辺の洞窟にて
「ふぅー。着いたぞ。ここが最下層だな。意外と浅い洞窟だったな。」
「洞窟って、けっこー涼しいねえ〜。心なしか、磯の香りがしてくるかも!?」
「……ウン。」
「スーちゃん、ずっと元気ないね?大丈夫?」
ハルが尋ねても、スーファンは気まずそうに顔を背けるばかりだ。
「こいつ、狭い所だと役立たずだからイラついてるだけっすよ。早く置いて帰りましょ。」
確かに、スーファンの得意な高火力な技は、仲間に被弾しないようにと、ボスから禁止令が下っていた。そのせいもあってか、今日は少しコンディションが悪いようだ。
「うっせー!別に良いし!私より強い魔法出してみろ!ばーかばーか!」
「ああ!?俺が弱いって意味かそれ!!」
「言ってねーよ!んな事!」
普段からよく喧嘩をするコンビではあるが、こんな洞窟の奥地で死のうものなら、教会まで運ぶのがどれだけ大変か。最悪の想像までしたアチャがすかさず口を開く。
「おいダル、煽るな。スーファンはそんなことでいじけるな。ったく。こんな狭いところでまで喧嘩するなよな…。仲直りしないと置いてくぞ。」
「……悪かったよ、役立たずとか言って…。」
「………バカとか言って、ゴメン…。」
「はい!仲直り!て事でパシャ!」
突如、三脚を取り出しカメラを組み立てたハピが全員を中央に寄せて写真を撮る。
「こーいう珍しいところで写真撮ってみたかったんだよねー!」
皆、あまりない事態に少し困惑していたが、年長者であり、プロフェッサー・カワイイであるハピには逆らえないのであった。
――
そんな何気ない日常を思い出して、心のどこかへ落としてきてしまった宝物を、一つ見つけだせたような気がした。
手紙は、その後に少しだけ続いていた。
『水曜日、16時にオズの酒場。来れたら来い。』
水曜日……。もうそろそろ、1年経つし、行ってみても、良いのかな…?
3日後、オズの酒場
「あいつ来ますかねー。」
そこには、パーティーメンバー3人が揃っていた。
「きっと来てくれるよ。最近、少しずつ元気になってきてると思うし。」
木製の門戸を開く音がした。その瞬間、3人は安堵するような顔をして互いを見合った。
「お、お久しぶりです…。」
「スーファン。久しぶりだな。調子はどうだ?」
「最近は、元気だと思います。」
「思いますだあ?どっちなんだよ!おい!」
ダルは今までのように軽口を叩いたが、明らかに嬉しいようで、語尾が少し上がっているようだった。
「うるせえな。べつに、元気だよ。」
スーファンも少しぎこちなく、照れくさそうにしながら席に着いた。
「さ!懐かしの再会もしたところで、注文頼もっか!」
……
最初こそぎこちなかった飲み会も、酒が入れば口も回り出す。
「そういえば、同居人ができたそうだな。」
「あー。たまたま強盗しに来た人が、家事が出来るって言うんで、手伝ってもらってます。」
「「はぁ!?」」
アチャとダルの、勢いのいい驚きが響く。
「あぶねーだろ!なんでそんなやつと同居してんだよ!」
「まあでも、あっちにも色々事情があって、悪いやつではなかったんで。」
「いやいやだとしてもだろ!お前、魔法使えないんだぞ!?一歩間違えたら死んじまうだろ!」
「大丈夫だよ。もう改心してるし。」
「はぁ…。同居が、そんな始まりだったとはな…。」
「ウチもそれ聞いた時ビックリしたけど、確かに真面目そうな子だよね〜。最近は、スーちゃんのこと、守りたいからって、ウチが鍛えてあげてるんだよー!」
「へぇ!それは頼もしいな。そういえば、スーファンのところにも、コカトリスが来ていたんだろ?ハピちゃんから聞いたぞ。」
「ここ一年は、やっぱ増えてる感じしますね。まあ、スルーしとけばいつかどっか行くんで、被害受けたことは無いですけど。」
「スーの家の周りなんて、なんもねーただの森なのに、なんで来るんだろーな。」
「…やっぱり、帝都に来た方がいいんじゃないか?部屋はこちらで手配できるし、いざとなれば私達が駆けつけられるし…。」
「ありがとうございます。でも、リク…同居人も頑張ってくれてるし、私には、人が多い帝都はあんま、向いてないと思うんですよね。」
「……そうか。でも、何かあったらいつでも言えよ。同居人の方も一緒に住めるような部屋も探しておく。」
「ありがとうございます。」
宴もたけなわ。日も落ち、ハピとダルはすっかり酔ってしまったようで、机に突っ伏している。
「久々に、こんな楽しい飲み会をしたよ。」
アチャが煙草をふかしながら、しみじみと話し出す。
「アチャさん、その…、ごめんなさい。」
「? 魔法が出せないことか?」
「それもあるけど、私が、もっと魔法をコントロールできるようになってれば、あんな、あんなことには…」
呼吸が詰まる…。あの時のことは、想像もしたくない…。責められるのが怖い…。
「思い詰めすぎるなよ。私こそ、お前1人に、背負わせすぎてしまった。すまなかった。」
頭を下げられ、急激に胸が苦しくなる。
「謝らないでください!アチャさんは何も悪くないのに!」
「なら、スーファンこそ、謝る必要は全く無いな。」
「でも…。」
「お前があの時、あの選択をしたから、魔王が倒せたんだ。『あいつ』も、それを怒ってなんかないだろう。」
「……。」
言葉が出ない…。私が、あんなことをしてしまったから、凱旋パレードも中止になった。私たちのパーティーが魔王を倒したってことも、公表されなくなって。
…アチャさんは、みんなは、凄く頑張ったのに、得られるはずだった名声が全部消えたんだ。
私が、ハルを殺したから。
―――
魔王との戦いが長引いて、もう、魔力が無かった。息も絶え絶えで、死に物狂いで攻撃を交わすしか無かった。
……私は、魔力がなくなった時、自分の血液と引き換えに、攻撃であちこちに飛び散った飛び火を、爆発させることができる。
魔王の周辺に魔法陣を出現させ、その範囲内にある炎が爆発するという仕組みの魔法だ。
でもこれは、最近できるようになったばかりで、自分で爆発の大きさを調整することができなかった。
結果的に、その魔法を放ったことで魔王の核を露わにさせることができ、みんながとどめをさして、魔王を消滅させることができた。
でも、私が気づかないところに、小さな飛び火があったんだ。近くにいたハルは、一瞬で骸骨になった。
人に放ったことなんて勿論無かった。だから、直撃したら服も皮膚も何もかも溶けて、ほとんど骨だけになるなんて、想像だにしなかった。
「ハ、ハル!!!だれか!人が!溶けてる!だれか!!!」
今更、助けを呼んだって無駄なんてこと、分かっていた。どう見たって即死なんてこと…分かりきっていた。でも、事実を受け止められる訳がなかった。大好きな人が、自分の魔法で死んだなんて事実は。
みんな、魔王が消滅したという安堵もそこそこに、すぐに駆け付けてくれた。誰かも分からないような骸骨を抱いている私を見て、最悪な想像をしたのだろう。
それは、想像で終わってくれなかった。
それ、ハルか?と聞かれても、私は首を縦に触れなかった。ただ、泣きじゃくることしか、出来なかった。
少しだけ残った服の裾から、察したのだろう。
「急げ!まだ教会に行けば間に合うかもしれない!!」
アチャさんが物凄い剣幕で馬車を呼んで運ぼうとしていた。
……私の記憶は、ここで途切れた。血液が急にたくさん抜けたのと、疲労の蓄積で気絶してしまっていた。
次に目覚めたら、病室だった。そこで、ハルは蘇生できなかったと聞いた。即死してしまった人間の蘇生は出来ない。そんなこと、分かっていたんだ…。
みんなから聞いたのは、魔法省の人に凱旋パレードを提案されたアチャさんが、「仲間が大変な状況でする訳がない。」と断った事と、私たちのパーティーが倒した事を、公表しないと決めたことだ。…それはきっと、アチャさんの優しさもあったんだろう。
公表すれば、みんなきっと、たくさん褒めてくれるだろう。でも、ハルを失ったのに、他人の賞賛なんかもらって、何になるんだろう。何が嬉しいんだろう。
そんな賞賛をもらったって、パーティーメンバーは喜ばないと分かっていたから、その選択をしてくれたんだ。
そこから私は、皆んなの得るべき名声を奪って、家に篭って、魔法も使えなくなって、今に至る。
……こんな人前で、情けないのに。思い出してとめどなく涙が流れる。 アチャさんは何も言わず、ただタバコの煙を燻らせていた。
「…今度また、墓参り行かせてくれ。」
「……はい。」
やっぱり、アチャさんは怒らなかった。
……だけど私は、まだ魔法を放つことは出来ない。
これは私が、赦されるまでの物語。




